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ルームメイト  作者: けせらせら
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2-2

 奈津子と一緒に暮らすようになって一週間が過ぎようとしている。

 涼子にとって、奈津子との暮らしはそう悪いものではなかった。

 恵美と暮らしていたときと考えると、まるで逆の立場になっていた。

 仕事柄かもしれないが、現場の検査担当員である恵美よりも事務職の涼子のほうが帰宅は早く、恵美と暮らしていた間はほとんど涼子が料理を作ることが多かった。時々、恵美のほうが早く帰ることもあったが、その時は決まって宅配のピザやレンジで温めるだけのものがテーブルの上に並んだ。

 奈津子はまるで専業主婦のように、よく家のことをやってくれていた。

 キッチンは常に奇麗に磨かれ、そして、涼子が5時半に仕事が終わって6時半前後に帰り着く頃には、すでに奈津子は夕飯の支度を済ませて待ってくれていた。

「いつもすいません」

 夕食のテーブルにつきながら涼子はお礼を言った。目の前には肉じゃが、カリフラワーのサラダ、焼き魚が並んでいる。

 まるで実家に帰ったときのテーブルのようで、涼子にとってはとても心地良いものだった。つくづく奈津子と一緒に暮らすことにして良かったと思う。

「いえ、こんなもので喜んでもらえるなら、私も嬉しいですよ」

「ホント助かっちゃいますよ。やっぱり結婚するなら奈津子さんみたいな人ですね」

「そんなぁ。私が作れるのはほんの家庭料理程度ですよ」

「これだけのものが作れれば立派ですよ」

 そう言いながら涼子は焼き魚に箸を伸ばした。

「私、お料理は前から好きなんです。涼子さんは料理あまり好きじゃないんですか?」

「料理は嫌いじゃないけど、別段好きってこともないですね。以前一緒に住んでた恵美より私のほうが帰ってくるのが早かったから、私がずっと作ってましたけど……そういえば奈津子さん、やることがあるって言ってましたよね。あれは?」

 涼子は箸を動かしながら言った。

「ええ……そのうちに……」

 奈津子は曖昧に答えた。「私、誰かが喜んで食べてくれるのを見るのが好きなんですよ。だから以前はお友達とか呼んでお食事会とかよくしてたんですよ」

「食事会? そういうことはやったことないなぁ」

 涼子が食事を食べさせたことがあるのは恵美と忠志の二人だけだ。

「今度、お友達呼んだらどうです?」

「え?」

 奈津子の言葉に、涼子は思わず箸を止めた。

「私、お料理作りますから」

「そんな……悪いじゃないですか」

「ううん、ぜひ呼んでください。私も涼子さんのお友達と親しくなりたいし」

 奈津子の目が輝いている。

「はぁ……」

 正直、あまり気乗りはしなかった。

 忠志と交際していた頃は会社の仲間でバーベキューに参加したり、それぞれが気にいったお店で飲み会をすることもあった。それはもともと恵美や忠志がそういうことに参加することが好きだったからだ。自分はいつも二人に誘われるままに連れて行かれていただけだ。だが、ここ一年くらいはそういうこともまったくなくなっている。涼子自身はそう交友関係が広いわけではない。食事会をやってみたいという興味もないこともないが、そうなれば恵美を呼ぶことになるだろう。そして、その時には当然、忠志も来ることになる。

 あの二人が一緒にいるのを前にして、平静を装えるだろうか。

「どうしたの?」

 浮かない顔の涼子に奈津子が声をかけた。

「いえ……なんでも……」

 涼子は言葉を濁した。

 ルームメイトとはいっても、つい先日会ったばかりの奈津子に忠志とのことを話す気にはなれなかった。

 きっと放っておけば忘れてしまうだろう。

 その程度に考えていた。


   *   *   *


 翌日になって、自分の考えが間違っていたことに涼子は気づかされた。

 仕事を終えて帰宅した時、リビングのテーブルの上に置かれていたのは綺麗なレターセットの束だった。

「奈津子さん……これ何?」

 夕食の支度をしている奈津子に、涼子は訊いた。

「招待状を作ろうと思って」

 奈津子は手を止めて振り返った。

「招待状って?」

 思わず涼子は眉をひそめた。

「昨日、お話しましたよね。お友達を呼んでお食事会やりましょうよ。お料理は私が作りますから。涼子さん、あとで人数決めて招待状の宛先のリスト出してくれませんか」

「本当にやるんですか?」

「きっと楽しいですよ」

 奈津子は無邪気に笑顔で答えた。どうやら奈津子は、涼子が食事会などやりたくないと思っていることに気づいていないようだ。

「でも、最近は皆、忙しいみたいだから」

 参加人数が少なければ、奈津子も諦めるだろうと涼子は思った。

「恵美さんは大丈夫だそうです。楽しみにしてるって言ってくれました」

「どうして恵美が?」

 奈津子の言葉に涼子は動揺した。

「昼間、恵美さんに電話してみたんです」

「あの……奈津子さん、恵美のこと知ってるんですか?」

「涼子さんに初めて会った時、恵美さんとも少しだけ話ししたんですよ。もちろん彼女のほうは私のことなんて忘れちゃっていましたけどね」

 そう言って奈津子は笑った。

「そんなにやりたいんですか?」

 自分の気持ちだけで行動する奈津子に対して、涼子はほんの少しむっとして言った。その涼子の口調に奈津子は少し驚いたようたような表情をした。

「あ……いけなかったですか? 私、久しぶりだったからちょっと勝手にはしゃいじゃって……ごめんなさい」

 すぐに奈津子は素直に謝った。

 涼子にとってその勝手な行動は面白くなかったが、素直に謝られると駄目とは言いづらくなった。

 もともと奈津子は、自分と恵美たちの関係を知らないのだ。

「いえ……そんなことないですけど」

 どう繕おうかと言葉を捜した。「何人くらい呼びます?」

 その涼子の言葉に奈津子の顔に明るさが戻る。

「本当は多ければ多いほど楽しいんですけどね……ここでやるとしたら6人くらいでしょうか……」

 ほんの少し遠慮がちに奈津子は言った。

「奈津子さんの友達は?」

「いえ、今回は涼子さんのお友達だけにしてください。実は私、あまり仙台には友達がいないんです。友達は皆田舎の友達ばっかなんです」

 仕方なく涼子はメンバーを考えた。

 やはりまっさきに頭に浮かぶのは恵美と忠志の二人だった。あとは浦沢加奈子……。女ばかりになってしまうので、もう一人くらい男性をいれたほうが良いかもしれない。そうなると忠志と比較的親しい設計一課の誰かだろうか。

「それじゃ、みんなの予定を訊いておきますよ」

 涼子の言葉に、奈津子は素直に嬉しそうな顔をした。


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