1-4
澄み切った青空のもとで暖められた春の空気が、窓を開けた部屋を通り抜けて行く。
これから始まる新しいルームメイトとの生活に、涼子の心のなかには少しの緊張感と嬉しさが同居していた。
(それにしても――)
部屋に運びこまれた荷物の少なさに涼子は驚いていた。先日、引っ越していった恵美の荷物の半分にも満たない。
引越し業者のもっとも小さなトラックで一台。割合大きなものといえば洋服ダンスとベッドのみで、他は段ボール箱が10箱程度しかない。
引越し業者は空いていた部屋に荷物を運び込むと慌しく帰っていった。
「これだけなんですか?」
涼子はそう言って奈津子の顔を見た。
涼子自身あと一年で実家に帰らなければいけないが、それよりも先に奈津子のほうがいなくなってしまうような感じがした。
「もともとそんなに多くの荷物はなかったから」
奈津子は笑ってみせた。「それに冷蔵庫、洗濯機は置く場所もないし……一緒に使わせてもらえますよね?」
「ええ、もちろん」
「テレビもないんですね。もちろんリビングにあるのを使っていただいて構いませんよ」
「私、あんまりテレビって観ないんです。だから、必要なものだけ残してあとはぜんぶ処分したんです」
「そうですか。でも、ここにあるものはいつでも使ってもらって大丈夫ですから」
「ありがとう。あ、それから――」
奈津子はポケットのなかから茶封筒を取り出して、涼子に差し出した。
「これは?」
「家賃です。とりあえず今月分と来月分の2ヶ月分入ってます。間違いがないように翌月の分を払うようにしますね。確認してください」
「あ……すいません」
お金のことでトラブルになるのだけは嫌だっただけに、正直、ホッとして涼子は封筒を受け取って中身を確認した。中には一万円札が12枚確かに入っていた。
「光熱費はあとで計算して言ってくださいね」
「ええ……あの……」
言いにくそうに涼子は奈津子の顔を見た。「奈津子さんって、お仕事は何をされてるんです?」
先日、聞き忘れていてずっと気になっていたことだった。
「実は、今は仕事していないんです」
と奈津子は小さく言った。「以前は建設会社で事務をしていたんですけど、ここ2年はぜんぜん……」
「それじゃ今はどうやって暮らしてるの?」
失礼かと思いつつも涼子は訊いた。これから一緒に暮らしていくためにも、最低限のことは聞いておきたかった。
「実家からの仕送りなんです。いつも実家から早く帰ってくるように言われてるんですよ。もうすぐ私も実家に帰るつもりでいるから今から就職は考えてないんです。バイトくらいはしようかと思うんだけど……こんな歳になって恥ずかしいんですけどね」
「いえ、そんなことないですよ。こんなこと訊いてしまってごめんなさいね」
「でも、ちゃんと家賃と光熱費は前もって払うようにしますから心配しないでくださいね。これからよろしくお願いします」
奈津子は丁寧に頭をさげた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
慌てて涼子も頭を下げる。
「今日はお蕎麦でも食べましょうか」
「お蕎麦?」
「引越し蕎麦ですよ。ご馳走しますから」
ふと恵美と二人でこの部屋に引っ越してきたことを思い出した。あの時も多くのダンボール箱に囲まれて二人で蕎麦の出前を食べた。
つい先日のように感じるが、もう7年も前のことだ。
「それじゃ、私は部屋を片付けるの手伝いますよ」
「嬉しいわ」
奈津子は笑顔で言った。