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ルームメイト  作者: けせらせら
37/44

6-3

 翌、日曜日――

 涼子は台原駅を出て、美鈴のアパートに向って歩いていた。

 台原にある美鈴が住むアパートには、これまでも何度か遊びに来たことがあった。

 もともと3年前に美鈴が一人暮らしをはじめた時、仕事で忙しい忠志の代わりに美鈴と一緒に部屋捜しをしたのが涼子だった。

 大学からも近く、ある程度人通りがあって、女性一人でも安全に暮らせるところ、というのが部屋を捜す条件だった。そういう意味でも台原は条件にピッタリだった。先に涼子がアパートを見つけ、その翌日に美鈴を連れて行くと、美鈴はすぐに気に入って喜んでくれた。

 商店街を抜け、一本裏道に入るとすぐに美鈴の住むアパートはあった。

 美鈴からのメールがあったのは、仙道たちが帰ってすぐのことだった。

『相談したいことがあるんだけど、お姉さん、時間ある?』

 すぐに折り返してみたものの、美鈴は電話では話してはくれなかった。

(いったいどうしたんだろう?)

 チャイムを押すと、すぐに美鈴は顔を出した。

「ありがとう。来てくれて」

 美鈴は笑顔を見せて涼子を迎えてくれた。

 忠志の葬儀の時、ほんの少し言葉を交わして以来だった。

「久しぶりね」

「うん」

「お父さんたちは?」

「昨日、実家に帰った。本当はお兄ちゃんを殺した犯人が捕まるまでこっちにいたいとは言っていたんだけど……仕事のこともあるし」

 忠志の話になると、やはり美鈴はほんの少し表情を曇らせた。

 1Kのアパートは6畳の部屋にロフトがある程度の小さな部屋だったが、部屋は奇麗に片づけられ、美鈴の性格を現しているようだった。

「そういえばお姉さん、川村さんに会ったんだってね」

 相変わらず美鈴は涼子のことを『お姉さん』と呼んでくれる。

「ええ」

「川村さん、お姉さんにお兄ちゃんが会社継がなきゃいけないこと話したんだってね。びっくりしたでしょ? 私も口止めされてたんだ。ごめんね」

 美鈴は顔の前で小さく手を合わせた。

「いいの。忠志さんも大変だったみたいだし……私、あの人の気持ち考えてあげられなかった」

「お兄ちゃんはお姉さんのこと好きだったから。今更私がこんなこと言うのも変だけど……たぶん、お兄ちゃんは自分のことよりもお姉さんが幸せになることを願ってたんだと思うよ。私もお姉さんがお兄ちゃんと一緒になってくれると嬉しかったんだけどな」

 美鈴の思いが嬉しかった。

「ありがとう……それより相談って何?」

「あ、そうそう」

 そう言って美鈴はA4サイズの茶封筒を鞄から取り出した。「これなんだけど……」

「何?」

「私の先輩にソフト会社に勤めている人がいるんだ。その会社はセキュリティソフト専門の会社なんだけど、前にお兄ちゃんにその話をしたら、相談したいことがあるから紹介してくれって頼まれて、二人を会わせたことがあるの」

「セキュリティソフト?」

「うん、詳しいことは私もよくわからないんだけど、会社のパソコンの操作記録から誰がどのデータにアクセスしたのかを調査してたらしいの」

「それって……いつ頃の話?」

「去年の11月頃かな」

 ちょうど忠志がシステム管理に異動した頃だ。

「昨日、先輩から連絡があって、お兄ちゃんから預かってるものがあるから渡したいって言われたの。コピーは前にお兄ちゃんに渡してあるらしくて、こっちがオリジナルなんだって」

 涼子は、美鈴の差し出した茶封筒を手に取った。

 封筒の下には『エレチェック技研』という会社名が印字されている。その下は小さく会社の住所が書かれている。


『長野県諏訪市』

 

「その会社って長野なの?」

「本社は東京にあるけど、先輩がいる研究所は長野にあるの」

「忠志さんはそこに行ったことあるのかな?」

「うん、先輩から聞いたんだけど、去年の年末に研究所を訪ねたって言ってた」

「年末?」

 仙道がやけに忠志の仕事のことを気にしていたことを思い出す。

「これってお兄ちゃんが殺されたことに関係してると思う?」

「さあ、わからないわ」

 涼子にもどう考えていいかわからなかった。

「そこの研究所には何度も行ってたの?」

「ううん、年末に行ったのが最初で最後だって。そのあとは電話やメールで連絡取り合ってたみたい。あ、でもお兄ちゃんが亡くなる前に一度、先輩が仙台支店に来たときに会ったって言ってたわ。でも、急にお兄ちゃんと連絡取れなくなって、心配してくれてたみたいなんだ」

「ねえ、その先輩って女の人?」

「そうよ。とっても綺麗なの。私、憧れてるんだ」

 以前、庶務の安浦美香から聞いた話を思い出した。美香が忠志と一緒にいる女性を見たというのは、その女性のことかもしれない。

「長野に行った時、何かあったかどうかわかる?」

 涼子の問いかけに美鈴は首を振った。

「何か? さあ……そもそも長野に行ってたなんてこと、先輩に聞くまで知らなかったんだ」

「そう」

「ただ……先輩が事故のことは話してたかな」

 不安そうな表情で美鈴は言った。

「事故?」

「お兄ちゃんが長野に行った日、自動車の玉突き事故があったんだって。地吹雪で先頭を走っていた車が急ブレーキかけたのが原因だったみたい」

 その事故のことは、涼子もニュースで見たような覚えがある。

「あの中に忠志さんがいたの? 大丈夫だったの?」

「お兄ちゃんは事故と全然関係ないの。ただ、お兄ちゃんが事故の起きた場所を通り過ぎたのは事故がおきる前だったみたい。だから、運が悪ければ巻き込まれたって話をしてただけ」

「そう……そんなことがあったの」

「そういえば……昨日の夜、事故について警察の人が電話で聞いてきたよ」

「警察の人って?」

「女の人よ。仙道さんっていう刑事さんだった。お兄ちゃんが殺されたことと何か関係があるのかな?」

「あの人が……」

 仙道がこの件について調べているということは、やはり何か関係があると考えていいのかもしれない。

「お姉さん?」

 考え込む涼子の顔を美鈴が覗き込む。

「ねえ、長野で他に何かトラブルはなかったかどうか聞いてる?」

「トラブル? ううん……べつになかったんじゃないかな。お兄ちゃんは何も言ってなかった」

 やはり仙道が気にしていたのはその事故のことに間違いないだろう。

 事故のこと、そして、忠志が調べていた仕事のこと。この二つはどう関係しているのだろう。

 心のなかにゾワゾワと嫌なものが蠢くような感触が広がる。

「これ、しばらくの間、私に預からせてくれる?」

 何か考えがあるわけではなかった。

 だが、全てのことが今、繋がりつつある気がしていた。


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