3-1
3
夕食のあとはリビングで過ごすことが多かった。
これは恵美と一緒に住んでいるときからの習慣だった。
とりたてて奈津子と話をするわけではなかったが、誰かと一緒に暮らしているのに、自分の部屋に篭もるということがもったいないようにも思われた。何よりも誰かと一緒にいることで、寂しさを感じなくてすむというのが一番の理由だった。
涼子はソファに座って、帰宅途中にコンビニで買ったファッション雑誌に目を通していた。食事の後片付けでキッチンをパタパタと動き回っていた奈津子が、やっと正面のソファに腰を下ろした。
「お疲れ様でした」
涼子は顔をあげて奈津子に声をかけた。「後片付けくらい私がやってもいいんですよ」
「いえ、料理は私の趣味ですから」
「趣味かぁ。そういうのって良いですね」
「涼子さん、趣味は?」
「今はあんまりそう言えるものはないかな」
昔から趣味は少なかった。好きな人と一緒にいることが何より楽しかった。
「スポーツは?」
「私、鈍いから」
そう言って涼子は笑ってみせた。
「スキーとかはしないんですか?」
「何年も前にちょっとだけ。でも、すっごいヘタでした。恵美と二人で行った時も二人で転んでばっかりでしたから」
「結構、運動神経良さそうに見えるのに」
「全然ですよ。車の免許取るのもすっごい時間かかったんですから」
「免許持ってるんですか? じゃあ車運転したりもするんですか?」
「完全なペーパードライバーです。もう運転するのが怖くって。私も奈津子さんみたいに料理でも頑張ろうかな」
「実は明日、恵美さんのお家に呼ばれてるんです」
「恵美のところ? どうして?」
涼子は少し驚いて訊いた。
「前にここにいらした時に料理教えて欲しいって言ってたでしょ。今日、恵美さんから電話があって、来て教えてくれないかって頼まれたんです」
一緒に住むようになって一ヶ月になるというのに、今でも奈津子の言葉づかいは丁寧だった。もともと礼儀正しい性格なのかもしれない。
「本気だったんだぁ」
恵美が本気で料理を憶えようとしていることに涼子は驚いていた。一緒に暮らしていた頃は、決して涼子に料理を教えて欲しいと言ったことはなかった。『料理なんてしなくたって、世の中、食べることに困らないわ』と言って笑っていたこともある。
「忠志さんのために作ってあげたいって言ってましたよ」
その言葉に胸がきゅんとした。
「そう……」
「好きな人のために作るのって楽しいですもんね」
その気持ちは涼子にも痛いほどよくわかった。
自分がいろんな料理を覚えたのも、忠志に食べさせてあげたいと思ったからだった。週末になるといつも忠志の部屋に行って料理を作った。それを残さず食べてくれる忠志の姿が嬉しくて、また新しい料理を憶えようとした。
料理の一品毎に思い出が詰まっている。
「奈津子さんは……誰のために憶えたの? 以前、奈津子さんも誰か他の人と暮らしていたって言ってたよね」
一瞬、奈津子の表情が固くなった。
(写真の人のため?)
訊いてみたかったが、その奈津子の表情を見て口に出すのは止めた。
「ごめんなさい」
思わず謝った。
「いえ……私も最初は好きな人のためでしたね」
無理に作ったような笑顔で、奈津子は言った。「やっぱり女性って好きな人が出来ると、その人に自分の手料理食べて欲しいって思うようになるんですよね」
「そう……ね」
涼子は頷いた。
もう、自分が忠志のために料理を作ることが出来ないということが寂しかった。