第九十三話 最低の師匠
本間は尋常でないほどの汗をかいていた。ショーは遠くから見ても目で分かるほどきらめていた。
「やはりな……人を信用しない事と言動が少しばかり似ておる」
「なんで……そいつの……名前を」
本間は声にならないほどの大きさでそう呟き、そのまま地面へと倒れこんでしまった。
「本間さん!!」ショーは急ぎ、本間の元へ向かい、身体を持ち上げた。汗のせいか身体は異常な熱を帯びている。
「リリーって誰なの?」ショーの問いに本間は俯いたままだった。
「……俺に絵を、絵を描く楽しさを教えてくれた師匠や。ただ……」
「自分の彼女を奪い、挙句には死に追いこんだブラック・ⅰ団の精鋭団長」
「えっ!?」ショーはびっくりした顔をして本間を見た。本間は気力が抜けたように顔をかがめている。
「少し昔話をしてやろう。リリーは幼い頃から虚弱で親から虐待を受けていた。特に母親からな。それが心の根になり誰にも心を開かなくなった。人を信用する事もなかった。そんなリリーにも恋をする転機が訪れたのじゃ。その初恋の
人が……そこに座っておる男の彼女じゃ」
「えっ!?」
「リリーは男が絵を描く勉強をしたいと願っている心の隙をつき、何度も男と会い、絵を教え、親しむようになった。男はリリーの家に泊まるまで心開ける友になり、やがて彼女を紹介した。彼女と会っていく内にリリーは彼女とも親しくなろうとしたが、彼女はもうあの人と会いたくないと言った。男にはその理由は分からなかったがな。そしてこれで会うのは最後にしようと言った晩リリーは彼女をさらったのじゃ。男の目の前で堂々とな。その時初めて男が夢に溺れ、彼女の恐怖に気付いてやれなかったと後悔した」
「……」
「そして彼女は殺された。男は絶望に陥り、自分を憎み、人を憎み、人前から消えていったと聞くが……」
「……その通りや、よく知っているなじいさん。この能力に開花したのも師匠のおかげや。まさか今回助けられるとな」
どこからか風が吹いているのだろうか。時折本と本の隙間から風の鳴る声が聞こえてくる。
「もうわしの命も終わりじゃ。君達に会えてよかったよ」
「じいさん、どうすればリリーを打ち負かせる事ができんや。俺は……奴の呪縛から解放されたい!」
「もっと仲間を信じるんだ……いずれお前にもその大切さがわかってくるじゃよ」
「おじいさん、どうしてそこまで僕達に色々教えてくれるんですか?」
ショーは相手を助けるような悲しい目で聞いた。
「わしも以前はヒーローじゃったからよ。この世を、救ってくれ……同志よ」
まばゆい光が部屋全体を包み込んだ。ショー達は光に吸い込まれるようにゆっくりと消えていった。




