第八十五話 サンクタリーヌの間
「あのおばはん遅いなー」
もうすでに図書館内を何周しただろうか。遅くても三十分以上は経っている。
「もう待たれへん! ショーちょっと聞きに行こうや」
激しく揺さぶる貧乏ゆすりを抑え、二人は受付カウンターへと向かった。
「……そんな人いたかな?」
図書館館長は首を傾げながら目録を眺めている。曇った眼鏡は何年拭いていないだろうか。
「さっきまで対応してた化粧濃いおばはんやって。四番でお呼びしますって言ってたやろ」
「お客様お静かにお願いします。申し訳ございませんがそのような人はいません」
「嘘やろ……なんでやねん」
「なんでやねん」の声が空しく響いた。図書館館長もどう対応したらいいか目が泳いでいる。
「館長さん、もしよかったら地下の書庫を見させて頂いていいですか? 確かに僕たちは女性が書庫へ向かうのを見ました。自分たちの本も兼ねて探したいので……」
「分かりました……普段は一般のお客様は入れないのですが、今回だけ開けましょう。お客様のお探しの本は奥の部屋の二―D-四あります。少し複雑な目録棚になっていますが、順番になっていますので大丈夫かと思います。では行きましょう」
三人は地下書庫の扉へと向かっていった。
「少しジメジメしていますがご勘弁下さい。私は受付カウンターにいますので用が済んだら来て下さい。ご迷惑かけてすいません」
丁重な言葉が終わると共にゆっくりと扉は閉められた。部屋には冷房器具がなくむっとした空気が体中にへばり付いてくる。
「早く本探して出ようや。暑すぎて死ぬわー」
ショーは頷き、本間の後について行った。
地下書庫は天井が低く、電灯は点いていたが所々切れており薄暗くなっていた。本棚と本棚の間の空間は人一人分のスペースしかなく小柄なショーでも歩いていくのに苦労した。
「あのおばはんようここ歩いたな」
ゆっくりと突き進むと突き当りの壁に二―Dと書かれており、左の矢印が紙に書いてある。突き当りの壁まで行き左側を見ると通路に一冊本が落ちているのが見えた。
「あれか?……」
二人は互いに顔を見合わせながらゆっくりと本に近づいていく。本の表紙にタイトルはなく二つの塔が象徴的な古城が描かれていた。
「見つけてどっか行ったんかいな。ますますタチが悪いな」
ショーは同感しながら本を手に取り、一ページ目をめくった。中には何も描かれていず、次のページをめくろうとした瞬間黒い煙が突如として本の中から吹き出し、開かれたページからは「サンクタリーヌ」という文字がゆっくりと浮かび上がる。
「罠や!! 早くその本を閉じ……」
本間が言い終える間に二人は黒い煙に包まれ姿を消してしまった。
「簡単なものよね」
本棚の奥から黒い影がゆっくりと出る。それは図書館員に姿を変えた赤紫の髪の女、マリ姉の姿だった。