第六十話 アイのアイガトウ
アイはみんなと別れ、一人自宅へと戻った。自宅と云っても実家ではなく、賃貸物件の1LDKのアパートである。売れっ子アイドルとはいってものぼせていたらいつかは蹴り落とされてしまう。芸能界は戦場だ。玄関のドアを開け、照明のスイッチを押す。暗がりの部屋がじわっと明るくなる瞬間、アイはいつも帰ってきたんだと安堵の心になる。冷蔵庫からオレンジジュースを取り上げ、一気に飲み干す。渇いた喉が潤い、今から一曲いけるんじゃないかと思った。
アイは自宅へ帰ると必ず母に電話をする。今日あった事を話したいのだ。
「アイ、帰ったの?おかえり。」
「うん、今家に着いたところ、そっちは変わらず?」
「そうよ、今日は夏なのに大雨でさ。洗濯物が乾かなかったのよ。」
母は笑いながら言った。
「そう…お母さん最近良いことがあってね。私ヒーロー部に入ったのよ!」
「あら!?そう。良かったじゃない。アイ、アイドルヒーローになりたいって子供の頃言ってたもんね。」
「まぁ、そうだけど…。そっちもあるけど、仲間が出来たのよ。信頼できる仲間が。」
「良かったじゃない!ずっと心配してたのよ。あなた頑張りすぎてるんじゃないかって、意地張ってるんじゃないかって。」
「そう、ずっと嫌な背伸びし続けてきた。でも今は違うの。すっごい透明な海みたいに心が澄んで気持がいいの。」
「さすが私の娘ね。りっぱになったね。嬉しさが伝わってくるわ。母さんはもう…。」
「大丈夫よ。母さんの病気も絶対に治るからね。私が有名になって治してあげる。絶対よ。絶対!!」
「ありがとう。アイ。」
「私もよ。お母さん。アイガトウ。」
「ありがとうよ。アイ。」
「違うよ。アイだけにアイガトウよ。たった一つのお母さんに向けて…。」
「わかった。アイガトウ。お休みね。」
「うん、お休み。」
アイは窓の外を見上げた。夜空にはいくつか星が光っていた。私もあそこに見える一番星のように輝き続けていきたい。
ありのままの自分を信じて…。アイは強く誓った。