第六話 救出-オン・ザ・ベンチ
「すいません、トイレを貸して下さい」
中から出てきた年老いた婦人は少しぽかんと口を開けた。この緊急時に何を…と思っているのだろう。
「緊急です。使わせてください」
緊急の意味を履き違えたか分からないが、ご婦人は廊下の突き当たり左をと言い、中へ入れてくれた。翔太は一礼をし、廊下を駆け巡り、トイレへと入った。
翔太は便器へ座り、ゆっくりと目を閉じた。心を落ち着かせ、移動する場所を懸命に思い描く。最初はぼやけていた便器も、時間が経つにつれ、形がはっきりとしてきた。
「見えた!! オン・ザ・ベンチ!!」
その瞬間翔太は昔のテレビの画面が消えるようにプツリと姿を消した。
目を開けると、トイレの中だったが、煙の臭いと木材が焼ける音が辺りに響き渡る。
「思ったよりも時間がないな」
翔太は勢いよくドアを開け、大きな声を出した。
「助けに来ました~。無事なら返事を下さい~」
言い終えると声が返ってくるか耳を澄ませる。駄目だと思い再度声を出そうとした瞬間、
「こっちです。助けてください」
奥の部屋から元気はないが、必死に叫ぶ声が聞こえる。
翔太は急いで声がする方へ駆けつけた。
駆けつけた部屋は寝室で部屋に火の手はまわっていないが、奥様と娘さんが奥で座ってぐったりしている。
「助けに来ました。もう大丈夫です」
翔太は精一杯励ますように言った。
「ありがとうございます。私は大丈夫ですが、娘が…」
娘のヒロミちゃんを見ると、意識を失っているのか昏睡状態である。おそらく煙を吸い過ぎたのだろう。一刻も早く外に出さなければ…
「わかりました。早くここから逃げないと…立てますか?」
翔太は奥様の手を取り、寝室を出た。