第三十二話 アイドルスター☆③
ホール内は人で覆い尽くされており、前の席は満席だった。開演10分前ということもあり、トイレを行くお客様で通路も混雑していた。ショー達はなんとか真ん中より少し前の空いている2席を見つけ、隣同士で座った。
「トイレ行く時間なかったね…」ショーは残念そうに言った。
「いいよ、スター☆アイに会えるならトイレに行きたい事も忘れるさ。喜び過ぎて漏らした時、その時はごめん」
マゴは興奮を抑え、そう言った。
「その時は全力で他人の振りをするよ」苦笑いをしながら、ショーはホール内を見渡した。
やはり若い学生が多く、年配の人たちはいない。スパイダーがいる可能性も高く、陰気でベテランみたいなタイプだと思うが、もしかしてカリスマみたいな奴かもしれない。マゴが興奮している以上、自分が冷静にならないと気を引き締めた。
辺りが薄暗くなっていき、徐々に天井の照明ランプが自然と消えてくる。最後は横の人もしっかりと見ないと見えないくらい暗くなった。
「第45回帝国大学文化祭…進行を務めさせて頂きます竹井と申します。本日は存分に楽しんでください。まずはこちらの方からどうぞ!」
進行役の人が丁寧な挨拶をする。いよいよスター☆アイの登場だ。
「ど~も~」
張った声で出てきたのは二人組の男だった。ショーとマゴは顔を見合す。
「僕ら漫才師をしてまして、『フルボッコ』って言います。名前だけでも…。」
二人は急いでパンフレットを見直した。スター☆アイ他と記載されており、スター☆アイが後で登場することを知った。
「なんだ。」マゴはほっとする。
「このまま会えなかったら壇上へ文句を言いに行く所だったよ」
「楽しみが後になってよかったね」
漫才師の言葉で周りがどっと笑いの歓声を上げる。
「いや、全くだよ。そういえばスター☆アイの名前の由来知ってる?」
「知らないよ。テレビで歌を歌ってるくらいしか…」ショーは首を横に振る。
「じゃあ教えてやるよ。スター☆アイは元々異世界のコリンギ星から来た乙女なんだって。ある日突然人間界に追いやられて、人間界を旅することになる。その道中で出会う人々を笑顔で幸せにしたそうだ。彼女の笑顔を見れば良いことが起こると言われたみたいだよ。最初は『星の子』って呼ばれてたみたいだけど、もっとかわいらしい名前を付けようって事でスター☆アイになったみたい。道中にクマも出てきて、動物も幸せにしたんだって。彼女の自叙伝があるから…。今度貸そうか?」
「いいよ…」
ショーは漫才師のツッコミ担当が時折ツッコンだ時に見せる銀歯を眺めていた。こっちの方がよっぽど面白い。
「マゴはいつからファンになったの?」
「ちょうど今日で二週間くらいかな」
「えっ!? 僕を助けてくれたあの日からなの?」
「そういえばそうだな。家に帰って…たまたまテレビを点けたら彼女がいて…そこから虜になって、そしてサッカーをやめた」
「好きだったサッカーやめたの?」ショーは観客より大きな声を一瞬出した。
「うん。彼女の笑顔が俺に新たな道を与えてくれた。そこから一目惚れさ」
二人が話している間に漫才は終わりを迎えていた。観客が一体となって舞台を見上げ、笑う姿。昔家族といった懐かしのこの光景がいつだったかとショーは思い返していた。
スター☆アイが登場する瞬間が今そこに近づいていた。