第百二十三話 違和感の青年―③
「ビジョンってある?」
「ビジョン?」
青年は確かにそう囁いた。岩崩れに遭い、身体を「く」にした状態で彼はそう囁いたのだ。
「夢だよ。何かなりたい事ないの?」
「夢?」
リボンは少し戸惑った。危機的な状況でどう思って夢を語れるのだろうか。あるとすれば……
「ここから抜け出したい。そしてみんなとまた一緒にいたい、一人になりたくない」
「確かにそうだよな。俺みたいにモラトリアムな人間のままじゃ駄目だよな」
青年は「く」の身体をゆっくりと真っ直ぐにし、身体を動かした。どこか身体を痛めていないか、どこまで身体を動かす事が出来るのか試しているのである。
「そう言えば、君の名前は?」
「僕? 僕の名前は……ケンジ、高校じゃなかった……大学一年生さ。君の名前は?」
「私は玲奈。中学一年生で知人を通じてこの仮面舞踏会に参加したの。君は?」
「ケンジでいいよ。僕は祖母に誘われて参加した。裕福な家庭に育てられて、日々監禁状態。年頃の女性と話す機会が一度もなかった。それを察した祖母が
無理やり連れて来てくれた。いやーこんなにも初めて女性と話すことない。どこの住まい? 趣味は?」
密室の空間でリボンは少し後ずさった。同じ裕福な育ちをした身分として、世間から見られるような社交的な接し方はなかったが、それでも大学に通いながら
女性と接点がなかった点は不審に思う。
「それよりもここを早く抜け出しましょう。いつまた岩が崩れてくるか分からない」
岩崩れが収まってから他の場所でも轟音は聞こえなくなった。城が崩壊した証拠かもしれない。ウルフ達は大丈夫だろうか。静寂が心の不安をより大きくする。息が苦しい。
「逃げ出すか……それもいい方法だね。妙案だよ。でも優れた案とはいえない。ここの城で暮らすっていうのはどうだい? もしかしたら地下もあるかもしれない」
ケンジは背を向けながら少し興奮しながら話した。顔が見えない分純粋に思っているかどうか真意が分からない。
(……どうしよう)




