第百十八話 魅惑の訪問者
命果てる瞬間、ショーは最後の力を振り絞って、右ポケットに手を入れ、転生のカルタネットの音を鳴らした。
「タンタン」
音色が鳴り止んだ瞬間、ショーは亮の幼き親友、雫へと姿を変えた。
「亮止めて」透き通った可愛い幼子の声が、亮の攻撃をぴたりと止めた。亮は幻を見たかのように目を点にし、口は開けたままである。
「雫……なのか」言葉にならない想いと感情が波のように押し寄せてくれる。炎はいつしか消え、剣は亮の手を離れていた。
「いつからここへいた?」
「ずっと待っていたのよ。あなたが気付かなかっただけ。私はここにいるよ」
亮は雫の手を握ろうとした。その瞬間雫の手は粘液のように垂れ流れ、顔から皮膚が剥がれ落ち、いつしかショーの姿へと変化した。
「力や想いが強くないとすぐに転生から解けちゃうんだな。やっぱり僕には駄目か」
「しず……ショー、お前は!!」
「スキあり。清流無影拳!!」
ショーは静かに亮の脇腹に拳を入れた。早すぎるスピードではなかったが、球がラケットに当る瞬間に強く力を注ぎこむように静かではあるが生々しい音がした。亮はショーの不意打ちにのろけ、片膝をついた。
「やっぱり雫に何かあったんだね。目を見れば分かる。君はまだ昔の亮のままなんだ」
「不覚……ヒーローとして強くなっていたかと思えば、こんな小細工をしてくるとは。腹ただしいあまりよ。お前にも、俺にもな」
亮は地団駄した。すると地面が裂け、地面の中からマグマの衣を纏った不気味な物体が這い上がってくる。
「火炎入道……黒の召喚士達からそう呼ばれている。こいつでお前の身体と心まで焼きつくしてやる!!」
「亮、話し合おうよ。雫を助けたいのなら僕も手伝うから」
「馴れ馴れしい物言いで呼ぶな。お前にあいつの何が分かる。あいつは俺の人生を奪った悪魔なんだ。でも……」
亮は顔を伏せ、地割れに目を向けた。その眼差しは過去に悔いを思い出す悲しい目だった。
「もうお前には関係ない。関係ないんだー。火炎入道よ、行け」
火炎入道はショーへ向け、全身でダイブをした。ショーは一目散に後方へと退いたが、彼の身体から放たれるマグマの雨に悪戦苦闘した。
「マットを盾にしても、穴が開くのには時間の問題だ。いつまでそうしてやれるかな?」
高さ2Mほどのマットをショーは45度に傾け、マグマの雨を凌いだ。しかしマットからジリジリと焼きつく音がすると共に支える手も熱くなっていくのが分かった。
突然左方向からボールが跳ねる音がした。二人は目を向けるとバスケットゴールは揺れ、ボールがこちらへと向かってくるのが見えた。
「お・ま・た・せ」
魅惑の声がしたかと思うと、前方に赤紫色の髪をした美女が立っていた。
ショーはただただその姿を穴が開いたマットからじっと見つめた。




