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第一話 1 / 3

17日0時 第2話投稿

18日0時 第3話投稿


 大学。

 と聞いて、あなたはどんなイメージをするだろうか。

 教育機関としての一面を? それとも有名大学の名前を思い浮かべるだろうか?

 後者であるならば少々ひねくれていると言わざるおえないが、俺個人に限っては持っているイメージはこんな感じだ。


 大学生になったら彼女ほしいなぁ、とか。

 一人暮らしして、友達と夜遅くまで遊びたい、とか。

 べろんべろんに酔ってみたい、とか。

 サークルはいって遊び呆けたい、とか。


 三カ月後に十九になって、一週間後に入学式を控えた彼女いない歴年齢の男子が持っているイメージなんてこんなものだろう。

 決して世間一般の人がするイメージから、そう外れていないはずだ。というか男ならこんなこと考えなきゃ多分おかしい。

 特に彼女の下りは大切だ。

 いやほんと。

 大学が始まるのは一週間後だが、ぜひとも入学式で女の子の知り合いを作りたいと切に願っている。

 今まではさえない生活だったが、女の子との出会いのためならばリア充ッぽいやつらが集まっているサークルに突撃することも辞さない覚悟である。

 せっかく大学に行くんだから、少しくらい勇気を出して彼女を作りたいと思うのは、多分間違ってない。

 いや、誰でもいいってわけじゃないんだけど。


 なんて考えながら俺は先日契約したばかりのアパートへと、ビニール片手に歩いていた。ビニール袋の中にはたくさんの野菜が入っている。

 なすやらビーマンやらニンジンやら。とにかくいろいろだ。

 その節操なしの選び方はいかにも一人暮らしを始めて、自炊するけどまだ料理に慣れていない感丸出しの買いそろえだ。

 袋の内容を見たら、一人暮らしにありがちな自炊するという薄っぺらな決意を悟られただろう。


 俺は、はぁ、と息を吐いた。別に息切れというわけではない。

 今は毎日料理するぞ、なんて意気込んでるがそのうち料理しなくなるんだろうな、なんて予感を薄々自分でも悟ってしまったが故のため息だった。

 まだ寒い三月の空気に白い息が現れ、消えてゆく。

 かなり寒い。

 大学に入るころには温かくなっているだろうか。なっていればいい。

 家賃3.5万のアパートの階段をエッチらホッチら上りながらそう思う。

 このアパートは先輩からの紹介で見つけて物件で、家賃にしては綺麗だし広い。しかし壁が薄いのか、それともコンクリート作りだからか、夜にかなり冷え込むのだ。はやく温かくならないかな、と思うのは自然の摂理だろう。

 南向きの角部屋203号室。表札には真門マカドカズトと書いてある。なかなかに達筆。名前がカタカナなのは俺個人の趣味だ。

 名前が書かれることで自分の部屋だと自己主張する表札に思わずにんやり。男なら自分の城を持つことがうれしくてたまらないものだ。

 この胸の中のわくわく感はきっとこれからの生活に対する憧れだろう。大学生活への期待に胸を弾ませながら、表情をだらしないものにして、俺は扉をあける。

 そして見た。

 六畳一間の部屋、ど真ん中におかれたこたつの上に――







 全裸の女がレイプ目でぶっ倒れてる。







 ゆっくり音を立てないように、扉を閉めた。

 そして表札を確認。真門カズト……俺ん家だ。

 いや、ないわー。女の人が全裸で倒れてるとかなないわー。きっと新手の蜃気楼。

 といいつつ扉をあける。


 ……今度は落ち着きを持って家の中を確認。

 結果。

 

 こたつの上でこと切れたように四肢を投げ出し、仰向けのまま光のない眼でこっちを見ている全裸の女を確認しました。


 扉は再び閉まる。


「……あれー? 私はいつから火曜サスペンスの登場キャラになったんでしょうかー。

 第一発見者とか科学捜査官に真っ先に疑われる役目じゃないですかー」


 一縷の望みをかけて表札を見る。……真門カズト。

 俺は初めて表札の自分の名前にいらっとした。

 ちょっとまてごらー。

 何あの夢も希望もありませんよ的な眼。レイプ目? 初めてみたよ。というか俺がスーパーにいった10分に何があったよ。え、え、えっ?


「あのー……」


 扉をそっと開けつつ、声をかける。

 自分の城が一瞬で他人の家になった気分だ。

 十分前と比べて……冷蔵庫よし。キッチンよし、こたつ……アウトっ。

 だめだ、部屋のど真ん中にいるのが圧迫感ありすぎて、入るのに十八歳未満立ち入り禁止コーナーに入るくらいの勇気が必要っぽい。入ったことないけど。


 そろり、そろり。

 足音を立てないように忍び足。気がつかれないように静かに女に近づいてゆく。

 途中光の角度によっては彼女の髪が銀色に見えることと顔が整ってることに気がついて、あれ、この子めっちゃ美人じゃね? って思ったけど、全裸でぶっ倒れてるというシチュエーションが半端ないので興奮するとかそんなことはなかった。つーか、血の気が引いた。


「あのー」


 ……相当なことがあったのか、眼はこちらに向いているが何の反応もない。けっこーヤバくね?

 気分は猟奇殺人に出くわした一般人。

 殺人するのはいいけど、いや良くないけど俺の部屋はやめてくれよあばばばば……

 と、ここに至って俺は警察への連絡を思いついた。

 おっそ……と自分でも思うが、文明の利器の存在など突発的ハプニングの前では思い出せるはずもない、などと自己弁護し、慌てて携帯で110番を押す。

 後は通話ボタンを押すだけ……のところでふと思う。 ――この女の人は、これ以上自分の裸を誰かに見られたいだろうか?

 例えばの話――俺は女ではないので男として例えるなら――俺が後ろの穴の貞操を突発的に奪われて全裸で放置されたとしたら、それを誰かに見られたいと思うだろうか。 ……まず思わないな。

 例えがぶっとびすぎててねーよ、と一瞬思ったが、多分彼女も同じ気持ちになるだろう。

 俺は携帯を置くと、押入れの中から大きめのタオルケットを取りだした。……寒いだろうし、見られたくないだろ。


「ごめんな」


 ……別に俺が悪いわけじゃない。けれど自然に出てしまった何に対する謝罪なのかまったくわからない自己満足の言葉を言い放ちながら、俺は彼女にタオルケットをかけた。

 その時、彼女が初めて反応して見せた。

 その反応は――自分でも少々幼稚な表現だと思うが、より直感的に表現するならばこんな感じ。




 くわっと目を見開いて、ふわぁっと宙に浮かんで、ぶわーっと背中に魔法陣が現れた。




 え……?


「Starting. .... The language used is chosen. …………以後主言語を日本語へ変更。……テトラトトロポトトロンへの接続を確認……認証。……一億七千百二十六の情報を受信中……完了」


 え、魔道書?

 まるで親に襟元をつまみあげられたように宙に浮いている彼女の姿に、言葉も出ない。

 混乱する俺をよそに背中の魔法陣?らしきものがぐるぐると高速回転し無感情な声で呟く女。

 自然にはまず存在しないであろう真っ黒な光が溢れだし、物理的な風となって部屋に吹き荒れた。五時間近くかけて設置した内装がぐしゃぐしゃになっていく、がそんなことよりも俺の眼は彼女に釘づけにされていた。


「主との魔力共有を開始……失敗。メディスリー機構を起動……魔力の確保を最優先……ランクF相当の魔力確保に成功。エントロピーの鎧……………………負荷極大につき展開不可。エルネシラの誇り…………魔力不足により展開不可。ボッドガジバの向こう岸を生成……成功。以後優先度を三位とし展開を継続。紅月下の妖姫の生成……必要魔力量を確保できないため、不可」


 それからも次々と溢れる意味のわからない言葉の数々に俺は呆然と見ている。


「――初期起動時自動整備による全八項目の調査を確認。調査を終了します」


 唐突に、彼女の体から光が消えた。

 あの真っ黒な光に何らかの力があったのだろうか。彼女の体が勢いよく床に落ちて転がった。


「これより初期起動によるヘルプ機能を起動します。質問をどうぞ」


 それなりの高さから落ちたというのに痛みはないのだろうか。まったく身動きすることなく彼女は言った。

 ダッチワイフのように横たわる彼女の口元は動いていない。瞬きもない。座りもしない。

 もし彼女に品詞をつけるとしたら人ではなく、人形と言った方がしっくりと来る。そんな様子だった。


「質問をどうぞ。ない場合、ヘルプ機能を終了し「ヘルプっ! ヘルプヘルプっ! ヘルプミーーーーー!」――質問をどうぞ」


 彼女は投げ捨てられた人形のように横たわったまま、もう一度問いかけてきた。慌てて彼女の言葉を遮った。

 こんなところで放置されたらたまったもんじゃない。

 頬が引きつるくらい嫌な予感がバンバンしていたが、今の俺にわかることと言えば厄介事に巻き込まれたということくらいなのだから、彼女のいうヘルプ機能はカンダタの糸のようなものだった。


「質問一! あなたは誰ですか!」

「魔道書です」


 さいですか。

 ……

 ……

 それだけ?


「……あ、あー。できることならプロフィールなんかも付け加えてくれるとうれしいなー、なんておもっちゃったりしなくもないんですけどー。はい」

「プロフィール……っ……っ……魔道書機能の解説ということでよろしいでしょうか」


 魔道書ってなんだよ、サイコさんですか。

 突っ込みたいのを抑えるのに必死でぎこちなく頷くことしかできなかった。

 ちなみにここまでで彼女は一度たりとも動いていない。瞼も開きっぱ。


「本魔道書・正式名称テトラトトロポトトロンの書は作成時点から現時点までに使用されたすべての魔法を記録する目的で作成された魔道書です」

「魔道書……っていっても本なんてどこにもない、けど……」

「本魔道書の形状は保持者が持つもっとも魔道書として適したイメージを所得し、形状を変化させてあります」

「……魔道書といっても名ばかりで、決まった形はなくて……結局のところ持ち主がザ魔道書って思う形になるってこと……なのか? つかなぜに今人型になってんの?」

「正しくはこの魔道書はテトラトトロポトトロンに存在するデータを参照するための端末であり、端末として最低限の機能が確保できるのならば特定の形を取る必要はなく――――」


 と、なにやら詳しいことを説明してくれる魔道書さん?だが、そんなことよりももっと重大なことがあった。

 彼女はいった。『保持者が持つもっとも魔道書として適したイメージ』と。

 そして今、魔道書は人の形をしている。


 ……つまりだ。

 つまりだよ。

 俺は深層心理でこう思っているわけだ。

 魔道書とは……銀髪でっ、ボンキュボンでっ、ちょっとクールな感じだと!


 ……まさか内心で、魔道書って言えば擬人化してマスターなんてかわいく言ってくれて従順だよな、なんて思っていたなんて。それなんてオタクの考え?

 えー。

 知りたくなかったよそんな考え。……立ち直れないほどショックなんですけど、これどうすんの。

 ――俺は心に誓った。

 大学生になるのだから、ああ……これからラノベは毎月三冊までにしよう……と。


「過去には剣や本、黒曜石や鏡のような形状が多く見られます。そのため端末の破壊による魔道書のデータの破損を防ぐため、魔道書本体はこの端末としての魔道書ではなく、テトラトトロポトトロンに保存されたデータであり……また…………」


 青春の暇を共に費やした相棒たちに別れを告げる。

 内心でその別れにさめざめとなく俺をよそに、さっきまで饒舌に話していた魔道書?――もう彼女でいいや――彼女がなにやらビクンッと震えた。


「ん――っん?」


 なんだ、と首をかしげ――彼女を見て、眼を疑った。

 彼女の黒い眼は今にも裏返ってしまいそうで、さらに彼女はまるで呼吸ができないとばかりにえずいていた。


「おい大丈夫かよ!」


 慌てて彼女の体をゆする。

 冗談抜きで苦しそうだった。

 自信満々に説明していた非日常ユフォーキャッチャー(プレイヤー=魔道書)が非日常という商品入れに景品(俺)をボッシューとしておいて、死にそうな感じで悶えている。

 おいおい、急展開にもほどがあるだろう!

 俺の混乱も一気に上限へと飛びあがった。


 ここまで混乱すると巻き込みやがったなこのやろー、と考えることもなく、大丈夫か大丈夫かどこが苦しんだよ、と彼女の肩を揺さぶることしかできない。

 とにかく助けてあげたい小心な俺の想いとは裏腹に、彼女もまた何が何だかわからないような顔をして喉を押さえてガタガタしてい――


 ―――― 何が何だか分からない?


 何かが、引っかかった。

 見逃してはいけない。そんな違和感。まゆがぽん、と跳ね上がるような感覚。

 ―― 形状は保持者が持つもっとも魔道書として適したイメージを所得し――

 たしかそういっていたはずだ。そして彼女はこうも言っていた。

 ―― 過去には剣や本、黒曜石のような形状が多く見られます。


「あ……」


 ということはだ。

 過去の持ち主たちはこの魔道書に対して物というイメージで触れて、扱っていたということだ。

 だが今の姿はなんだ。


「そうか……そうだよな……そういうことかっ!」


 ――彼女は人だ。

 まぎれもなく人だ。

 俺が思った通りの人だ。

 魔道書は願った通りの姿を取る。しかし擬人化とかそんなことを本気で思うやつが過去にいるとは思えない。だとしたら魔道書が人になるのは初めてだろう。


 だとすれば、だ。


 今まで本やら剣やら石やらだったとして、

 そんなものがある日突然人間になったとして、

 そいつは――――呼吸のやり方を知っているのだろうか?


「いいか、今多分鼻に空気が通り抜ける感覚があるだろ! それが呼吸だ! 胸を中から膨らますような感覚で吸ったり吐いたりするんだ! ――って鼻の感覚もわかんねーよなっ、くそっ!」


 擬人化というオタクな主の所為で初めて人の形を取ったであろう彼女が、いきなり呼吸できるわけもない。

 今、彼女は呼吸困難を起こしているのだ。

 俺はすぐさま彼女の鼻をつまんだ。鼻の感触をしって、呼吸する感覚を少しでも覚えてほしいと思ってのことだった。


「ここだここ!」


 すぐに離すが少し力を入れ過ぎたのか、彼女の美麗な鼻が少し赤い。

 いつもであれば裸の女性に触れることにためらいがあったかもしれないが、今ばかりはそんなことも考えられなかった。

 吸ったり吐いたりする感覚が分からないから呼吸できていないのであって、なのに『吸ったり吐いたりするんだ』などと言っている時点で俺の混乱の度合いが測れるだろう。

 俺はそれに気がつかなかったが、すぐにこの方法が駄目だということには気がついた。

 そして彼女の腹に手を触れると強く押しこんで、力を抜いて、押しこんで、抜いて、と繰り返す。

 心臓マッサージにも似ているが、腹式呼吸というのがあるんだし、腹を押せばなんとかなるかもしれないという浅知恵からの行動だった。

 普通なら無理なのだろうが、どういうわけが彼女はほんの少しだけ息をはいて、吸った。呼吸をしたのだ。しかし、状況は良くならない。呼吸した分量があまりにも少なかったのだ。

 そしてようやく、俺の視界にとあるものが眼に入った――唇だ。


 そうだ、その方法があったか。

 一瞬どうかとも思うが、ここにいたって迷いはない。

 俺は大きく息を吸うと、勢いよく彼女に唇を合わせた。

 息を吐く。

 彼女の胸元が膨らんだ。それを横目に唇を離すと膨らんだ肺は自動的に息を外へとはきだした。

 だからもう一度息を送った。膨らんだ。

 何度も繰り返す。


 ……変化は緩慢ともいえるものだったが、俺からすれば劇的なものだった。

 今までの無表情でも、苦しげなものではなく穏やかな表情だった。


「この部分が――」


 人工呼吸の途中で彼女の胸を抑え、


「膨らんで縮む感触、これが呼吸だ。自分でもやってみろって」 


 手助けをするように、彼女に呼吸の仕方を教える。

 すると、数回吸うしかできなかったりもしたが、彼女は呼吸をできるようになった。

 彼女の胸が上下に動くのをみて、当たり前であるはずのその光景に俺は思わずほっと一息つくと同時、俺はしみじみと思った。普通救命講習を受けておいてよかった……と。





 ◇





 ある程度落ち着いてからこの娘が全裸だということに気がついた。この寒さの中で全裸ってどうよ。さすがに何か着せるべきだろ。と思い至った俺は周りを見渡して箪笥の中から服一式を取り出して着せる。下半身に触れるときは賢者で行った。詳しくは語らない。

 最後にちゃんちゃんこを着せてひとまず防寒対策はこれでいいだろう。


「くっそ、巻き込まれ系ラノベかと思ったら介護系ラノベかよ」


 愚痴がもう我慢ならねぇ、と口の外へ飛び出した。

 あれから魔道書はどうにか呼吸の仕方を覚えたのか、今は寝っ転がってぼーっとしている。

 途中目をがりがり手で引っ掻いた時はビビったが、今はまばたきの仕方も覚えさせられたのでようやく一安心という所だった。そーだよね、目が乾くとかゆくなるよね。


 ふと喉が渇いていたことに気がつく。

 ビックリするようなことがいくつも起こっていたからか、当たり前の生理現象すらも忘れていたらしい。

 俺は魔道書の風でぐちゃぐちゃになったキッチンからお茶っぱとコップを一つを取り出し、お茶を作る。

 その時、ちらりと魔道書?のほうを見ると、寝っ転がったままぼーっとしている。俺ははぁー、と溜息を一つはいた後、こめかみに指をあててぐりぐりしてからもうひとつコップを出してお茶を注ぐ。


「飲むか?」


 こたつの上にコップを二つ。

 反応はない。


「そうかい」


 お茶を一口。

 こたつに足を潜らせながら、ついでにミカンを近くの箱から取り出して皮をむく。


「あー、質問があるんだけど」


 ……反応なし。

 彼女はぼーっとしたままだ。

 自分で推測しておいてなんだけれど、今の彼女はまるで赤ちゃんのようだ。

 物が人間になることで、今までになかった感覚を手に入れる。けれどその感覚がなんなのか、物には理解できない。だからああしてぼーっとしているのだろう。

 まったくもって厄介なことだ。

 そのうち生理現象で催してしまったら、俺は彼女にそういうことのやり方なんかも教えないといけないのだろうか、なんて考えると軽く鬱になりそうだ。


「聞いてる? 聞いてますかー? うわ、マジで反応ねーよ」


 何度か呼んで、恐る恐る彼女の肩をゆするも、反応はまるでなし。今のトレンドは無口ッ子より活発系女子ですよ、だから返事してください。などと言いたくなる。無駄だと思うけど。

 しかし無駄だからと言って諦めるわけにもいかない。

 荒らされた部屋の内装の敵、というわけではないがそれなりに説明はほしい。つーか、しろ。


「ヘルプ!」

「ヘルプ機能を起動します」


 打てば響くようにどこからか声が聞こえた。思った通り魔道書はしっかりと反応している。

 しかし本体――と呼んでもいいのかわからないが――は完全に無反応だ。……ということは、


「お前は今なにを考えている?」

「その質問の答えは存在しません」

「……なる」


 これまた思った通りのお返事。

 大体わかったぞ。

 今何処からともなく聞こえるこの声はあくまで魔道書につけられていた機能であって、一種のプログラムのようなものなのだろう。まるでパソコンについているヘルプ機能だ。

 確かに、今まではずっと「もの」であったと言っていたし、人格が必要だとは思わない。ならばこんなヘルプ機能だけで十分だったはず。

 今彼女が無反応なのは俺のイメージによって生まれてしまったばかりの赤ん坊のような存在だからだろう。


「となると、だ……」


 俺は彼女の肩をゆすった。

 当然のごとく無反応だったのでちょっと強めに握ってみる。やわっこい。ちなみに握った部位の具体的名称は伏せさせていただく。


「……ん」


 かすかにうめき声。

 彼女は小さな声で痛みのサインを飛ばしていた。

 やはりか。

 あのとき呼吸をできずに呻いていた時からもしかしたらと思っていたが……あのヘルプとは別に人型は人型として生きているらしい。

 俺は彼女の肩を持って壁を背に座らせた。

 彼女の目の前に座って両手を振ってみる。しかし彼女の視点は全体を見渡すようにぼんやりとしていたままだった。

 少々恥ずかしいが、いないいないばーをしてみるも反応はない。

 人になったばかりで赤ん坊のような状態だというなら、こうして動くものに多少なりとも反応すると思ったのだが当てが外れた。


 んー。

 ためしに物を食べさせてみるか。

 いやいや喉に詰まったら一大事だし。掃除機を彼女の喉に突っ込むのはさすがに気が引ける。

 いろいろ考えてみるが、赤ん坊を育てたことのない――そもそも本当に赤ん坊と同じなのかも不明――俺では考えつくものもたかが知れていた。どうにもうまい案が出てこない。

 ふと、部屋が沈黙していたことに気がついた。

 沈黙と言うのは気がつくまでは気にならないが、気がつくとやたら気になるものだ。少なくとも俺はそうだった。


「テレビテレビ……っと」


 必然、何か音を出そうとリモコンに手が伸びた。

 電源が入ったテレビが部屋の沈黙を吹き飛ばす。美人のお姉さんが三時のニュースを読み上げていた。テレビ越しとはいえ、物音がすることで気まずさは無くなってくれる。

 しかし今の状況の根本的解決にはなっていない。


 さてどうするべきか。

 ……どうすっかなーぁ。

 ……やっぱり話しかけるってのが一番いいんだろうか。


「あー、こんにちは? 俺は真門カズトです。」


 ファーストコンタクトは一方的なインパクトアタックだったので、ここらで一応改めて自己紹介。


「えー、趣味はパソコンいじり。特技は親指の第一関節が反対側に九十度曲がることで、えっと……」


 彼女はぼーっとどこかを見ている。

 やはり反応はなく、無表情だ。


「将来の夢は、えー、まだなくて。あ、でも彼女はほしい。この春から大学生だから大学での出会いに期待してる……他には……」


 ……むなしい。

 彼女の反応がないことも空しさに拍車をかけている一因だが、なによりもこんなことしか話せない自分がむなしかった。

 ずーん、と肩が落ちる。トーク力の無さに思わずやったことだった。思わず視界も落ちる。

 あーあ。

 なんて思った時だった。何かがかすれる音が聞こえた。

 なんだ?

 視界を思わず上げる。俺は大層驚いた。彼女は俺と同じように肩を落としていたのだ。そして俺に合わせて肩を上げた。

 俺はおそるおそる、ゆっくりと右手を挙げて振ってみる。すると何度かびくびくと震えた後に、彼女は左手を持ち上げて振って見せた!


「おおーっ」

「……おおーっ」


 こいつ、真似してる!

 もしかして……

 俺は彼女の掌に人差し指を押しつける。するとなんともまぁ愛らしいことに! 俺の指をぎゅっと握ったじゃないか! 生まれて初めて異性と手をつないだぞ!

 テンションが一瞬で大気圏の上までハイジャンプ。重力加速度を味方に再突入してきた意識は理性を粉々にした。

 だってそうだろ。こんなに可愛い子が今、赤ん坊のように俺の指をにぎっているんだから!


「ちょ、ちょっと待ってろ!」


 同時に天啓がひらめいた。

 ……日本にはある文学作品がある。それはたくさんの人が研究を続けるくらいすばらしい作品なのだが、そのあたりの詳しい事情をばっさりと切り落として、俺の言いたいことをその文学作品の中から俗っぽく抜き出してまとめると、幼い少女を自分好みに育てる! というものである。


 つまり何が言いたいかと言えば、この突然現れた無垢な女の子を自分好みにしちゃいましょうということである。

 この極悪非道! 最低のクズ野郎! などとは責めないでほしい。

 今や消滅してしまった忍者とサムライに並ぶ、日本古来の精神――大和撫子な女の子を手に入れたいと思う想いは、日本男児ならば持っていてしかるべき精神なのだから。


「うはははははっ!」


 目的ができれば動きは早い。

 数分前までどうしようかと悩んでいた俺はさようなら。今の俺の瞼の裏にはほんのりと頬を染めつつ、俺の腕を組む未来の彼女の姿が。

 俺はリモコンを手に取ると、グロテスクな現世の情報を垂れ流すニュースからまっとうな教育番組へとチャンネルを変えた。


 これは第一歩。

 まずは情緒を育て、常識を学ばせなくてはならない。

 いい教育のためには絵本なんかも必要だし、なにより俺に知識が必要だ。後で図書館から教育のための本を借りてこなければいけないだろう。

 鼻歌を歌いながら思う。――俺の未来は明るい、と。

 さすがにいくつもの困難があることは容易に想像できる。しかしそれに見合った成果がこの行いには必ずある! 手塩にかけて育てた野菜を収穫し、調理し、食したときにうまいと感じるように!

 俺は彼女の隣に腰をおろし、彼女と共に教育番組に眼を向ける。


 こうして。

 俺の魔道書教育は始まりの鐘を鳴らしたのだ。

 ……と綺麗に締めくくったが、この時の俺は知らなかった。リモコンを操作した時、彼女の瞳が俺の手に焦点を結んだことを。そして魔道書であった彼女の環境適応能力が非常識なまでに高かったということを。

 そして、後悔する。

 このすぐ後、大学生になるのだからバイトを始めようとし、面接を入れておいたことを。そして面接のために数時間ほど彼女を一人きりにしたことを。





 ◇






「ふーんふふーんふふーん!」


 食材の代わりに両手いっぱいの絵本やら何やらを抱えて機嫌良く歩く。数時間前の俺と今を比べれば、目の前で交通事故が起きても動じない人でも眼を丸くするだろう。

 自分でも前とは違うと思う。

 何せ目標があるのだ。

 今更ながらに俗っぽすぎるだろ、不純だ不純! なんて思いがないわけではないが、それはそれ。これはこれ。

 それにぶっちゃけた話をすると、彼女がよくわからない存在であることには変わりなく、おいそれとどこかの施設に預けるわけにもいかないし、どこかに放っておこうにも、ヘルプ機能で確認してみれば主が俺なのは確定らしく、捨てるわけにもいかない。

 じゃぁ自分の所で世話を……といってもその労力はかなりのものになることはわかりきっている。その労力を労力と思わないように、楽しいことをしているんだ、とでも自分を納得させないと、人一人の世話なんてやってられない……という実にわかりやすい理由もあるのだ。別名現実逃避ともいう。


「さて、おとなしくしてたかなぁー!」


 意気揚々と玄関を開ける。

 わずか数時間とはいえ、心配の種は尽きない。

 これほどまでに早く家に帰りたいと思ったのはスーパー破天荒な元ヤンキー先生のドラマ再放送(五時枠)を見たくてダッシュしたとき以来だ。

 満面の笑みを浮かべながら部屋を見渡す俺。

 内装は魔道書に荒らされたままで変化はなく、テレビも変わりなく映像を映している。当たり前と言っちゃ当たり前のことだ。数時間足らずしか家を空けていなかったのだから。


 しかし。

 俺は眼を疑った。

 なぜならば、部屋のど真ん中、こたつの上に。



 興味深そうにテレビを見る女が、胡坐をかいて座っていたからだ。



 彼女は俺に気がつくと振りかえって、


「お帰り」


 小さな笑みすら浮かべる彼女に言葉もでない。そんな俺の姿に彼女はうっすら訝しげな表情をとり、


「こういうときはただいまというんじゃないのか」


 などと反論のしようがないことを堂々と述べた。思わず、ああ、と頷きを返して、震える声でただいまと言う。彼女は満足したのか、テレビに向き直った。


「面白い。そう、面白いだ。それに……興味深い。この思わず頭を上下に動かす感覚は興味深いという感覚なのだろう」


 再び彼女は俺のほうに向きなおって、そうだろうか? と聞いてくる。

 が、俺は言葉を返すことができない。

 ……おいおい。

 ちょっと待ってくれよ。

 before 無表情で何もできない赤ん坊のような状態だったのに、

 after  なんか素直クール的なはきはきしたお姉さんっぽい感じ。

 一体何があった。

 俺のいない数時間の間になにがあった。光源氏計画はどこで失敗した。計画責任者は是非責任を取るべきだ。断固抗議だ。――あ、俺か。


「どうした?」


 何時の間にか彼女は俺の目の前に立っていた。

 さっきまでは座ることもできなかったというのに。


「いや、お前がどうしたよ」


 私が? と首をかしげる彼女。

 しばらくし、何か閃いた顔でぽんと手をうつと、


「リモコンの使い方は見せてもらったから。チャンネルを回していろいろと学んでみたんだ」


 こともなげに彼女は言う。

 だから納得してしまった。

 魔道書から生まれた彼女は、リモコンの使い方を教えられずとも覚え、テレビのキャスターの言葉と表情から自分の感情を学び、動きから体の動かし方を知る超絶廃スペックの持ち主であり。俺の考えた光源氏計画など彼女の前には脆くも崩れ去る砂上の楼閣に過ぎなかったのだということを。

 さようなら光源氏計画。こんにちは僕の魔道書。

 ははは、と乾いた笑みをこぼす俺をよそに、長い長い俺と魔道書の生活が始まるのだった。





 ◇





「あ、そうだ」


 ようやく綺麗に〆られたぞ、とやけくそに思う俺の内心を知ってか知らずか、彼女は再び何か思いついたような顔をした。そして実におしとやかに腰をおろし、正座をし、深々と頭を下げた。


「ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いします――――我が主」


 そして満面の笑みで俺に微笑んだ。まるで名画に出てくる天使のような純白の微笑みだった……のだが、俺はこう思わずにはいられない。




 ……最近のテレビって、そんなことも放送してんのな、と。





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