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魔界の王女様と午後のティータイムを  作者: ef-horizon
そこは異世界ファンドール
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四の五の言わずに掛かって来いよ

 ――――廊下に響くけたたましい爆音。


 はじけ飛ぶ木の二枚扉。


 木片が舞い散り、破れた戸が宙を舞って廊下に石造りの壁へと突き刺さり、内側から押し出されるように扉から砂埃が舞い上がった。


「グゥ!」


「……」


 もみ合い飛び出すのは二つの影。


 紅い絨毯に転がり、砂埃が尾を引き、もみ合う二人を追いかけ、二人の姿を隠す。


「強いなッ」


「戯れるつもりもない……」


「もう余裕がないか!」


「その口をふさいでやろう」

 

 ―――――走る衝撃破。


「【空破】――――いてぇぜ……」


「ごはぁ!」


 内側からはじけ飛ぶように霧散する砂煙。


 床に走るひび割れ。


 晴れる景色の中、そこには銀髪巨躯の男の上に馬乗りになって、拳を分厚い胸板へとめり込ませる黒髪の青年がいた。


 拳は手首まで胸部にめり込み、巨躯の大男フェルトナは絨毯の上にくの字になりながら、顔をしかめて、その拳を身体で受け止めていた。


 その単眼鏡の向こうには、紅い右目の青年。


 冷たく表情も乏しいその顔は、まるで機械のようで、フェルトナは、苦しげに眉をひそめつつ、胸元から拳を引き抜く青年をふりほどいて飛び退いた。


「くそッ!」


「……」


 振りほどかれ、青年、ソウマは絨毯の上を地面に手をつき滑りつつ、フェルトナから距離を離すとその拳を構えて、胸を押さえて上半身を屈めるフェルトナを捉える。


 その双眸は刃の如く鋭く、ソウマは一時たりと相手の挙動を離さない。


 その目は獣のごとく、嶮しかった。


「……アンタ、まだやれるんだろ?」


「ぐぅ……いい拳を貰った」


「怠けてたろう」


「そう……でもないさ」


 そう言いつつ、上体を起こすフェルトナに、ソウマはズッと絨毯の上ですり足気味に一歩を踏み出し拳を僅かに突き出し構える。


 その鋭い殺気はまるで槍のよう。


 一点突破。


 近づけば心臓ごと貫こうとするその気合にフェルトナは、ナイフを構えつつも、一歩も引かず逆に前に足を踏み出す。


「……その拳術、見事なものだ。老練な業、野性味あふれた捌き方。どこで手に入れた」


「半分山がくれた。半分は親父がくれた」


「山?」


「視線をさまよえば、人だって獣になれる。熊やイノシシに喰い殺されそうになる感覚は、今でも忘れられないさ」


「その目もか?」


「―――――この眼は生まれつきだよ。昂ると眼が紅くなる。気道を学んでからは尚更だな」


「……魔眼」


「かもなぁ。この眼で見られると、大概の人間が逃げ出すか、意識を失う。俺もこういうのが嫌いだから、親父の前でしか眼は見せない」


「……生まれつき」


「この眼があんたらと似てるから、俺を呼んだのか?」


「全ては姫様の御意志」


「そこまで一任するなら、俺と戦う必要なんてないだろ?」


「……」


「喋れよ。あんたの拳が弱まるぜ」


 表情に曇りが生まれる。


 表情一つ、変えず更に一歩を踏み出すソウマを睨み、フェルトナは胸板を抑えつつ、僅かに身体をかがめて走る体制を取った。


 距離を詰めてくる。


 張り詰めてくる空気の中、ソウマは息を殺して相手の挙動を中止する。


「結局、私も周りもそうだ」


「……」


「得心が欲しいのだよ」


「得心? 俺がここにいるのが納得しないと?」


「否。お前の強さを知りたいのだ」


「俺はただの高校生だよ」


「それは――――どうかな」


 ――――消えた。

 

 刹那、駆ける黒い風。


 拳を交える距離ではない。


 それでも後ずさる間もなく、約二十メートル近い距離を瞬時に詰め、フェルトナがソウマの眼前へと飛び出し、その大きな拳を振り上げた。


(早すぎるッ)


 ソウマはギョッと眼を見開く。


 その砲弾の如く重い拳がゆっくり眼前に振りおろされるのが見える―――――


「――――そうだ」


 絨毯を引き裂き石畳の床を抉る拳。


 振りおろした拳はソウマが立っていた場所を深々と砕いていて、ソウマは数歩後ろに下がった場所で乱れた息遣いで土ぼこりを纏うフェルトナを見つめていた。


「あぶねぇ……距離感を見間違えたぜ」


「その底の知れなさだ。どこまでも私の予想の上を行く。玖珂相馬。お前は心底面白い男だ」


「……」


「聞こう。お前は本当に姫様を守るのか?」


 そう言って床から拳を引き抜くフェルトナに、答えることはなくソウマは表情は硬いまま、再び拳をかざして一歩すり足で前に出た。


「姫様はお前に力を与えた。お前はその力で姫様を守ると誓うのか?」


「答えはないな」


「言葉に意味はないと?」


「何のために喧嘩してんだよ。四の五の言わずに掛かって来いってんだよ」


「ほざいたな」


 ――――再び消える巨躯。


 床に足跡が焦げ付き残るほどに、フェルトナは高速でソウマへとその拳を振り上げようとした。


 そして走る衝撃破。


 付き合わされる拳と拳。


 振りおろした拳をはじき返すようにソウマは身体をひねり拳を突き出すと、僅かにのけぞるフェルトナの割れた腹筋めがけて潜り込むように深く踏み込んだ。


「同じ手は悪手だ……」


「なんと!」


「鎚撃二連……」


 左手と右手。それぞれの掌を間髪いれずフェルトナの腹にめり込ませては、重たく虚空に走る激しい衝撃。


 打ちこんだソウマの足がズシリと絨毯にめり込み、フェルトナの身体が大きくくの字に曲がり、打ちこまれた身体がつま先立ちになって僅かに地面から浮きあがり、後ずさった。


「ぐぉ!」


「氣道……【空滅】」


「ぐ、やらせん!」

 

 振りあげた相馬の拳をつかむ大きな腕。


 そのままソウマは眼を丸くしながら、フェルトナの腕に捕縛され空高く振り投げ飛ばされると、天井に背中を打ちつけた。


 走る痛みに刹那、視界が明滅する。


 一瞬、気絶し、息ができなくなる。


「ぐぅ……」


「魔族を甘く見るなよ! ワシの身体は固い!」


 やがて天井に打ちつけられた身体は、ゆっくりと紅い絨毯の上へと放り出されて落下する。


 フェルトナはそれを捉えて、落下するソウマの首根っこをつかむと、今度は絨毯を破り石畳の床へと思いっきり叩きつけて、めり込ませた。


 城全体を振動させるほどに走る重い衝撃。


 噴きあがる土ぼこりに埋もれてソウマの身体が紅い床に消える。


 ツゥと流血が床に流れて絨毯に紅く消えていく――――


「どうだ……まだ出さんか……!」


 土ぼこりの中、フェルトナは床にソウマの体を叩きつけたまま、大の字になって横たわるソウマの頭を鷲掴みにして、指を頭部にめり込ませる。


 ギシギシと骨がきしむ音が聞こえる。


 微動だにしない、血まみれのソウマの顔が指の間から見える――――


「覚醒せよ……人を超え、人を捨て、魔となりて、姫様の力を受け入れるのだ」


「―――――」


「ソウマ、お前はここで人を超えるのだ……!」


「―――――否」


「!」


「我既に人にあらず」


 ―――――手の中から肉の感触が消える。


 まるでそれは霧霞の如く。


 一瞬にして手の中から消えたソウマに、フェルトナは眼を見開き、スッと立ちあがるとあたりを包む砂埃を払い周囲を見渡した。


 ポタリ……ポタリ……


 匂うのは血の匂い。


 滴る血の滴。


 地面に片手をつき片膝を折りながら、立ちつくすフェルトナの数歩目の前、そこには睨みつけるソウマの紅い瞳があった。


 血に濡れてぎらつく紅き双眸。


 魔族しか持ちえない力の象徴。


 その鋭き眼光に、フェルトナは眼を見開く。


 そして、自然と笑みが口の端から漏れる。


「その力……まだ見せていない力かッ」


「氣道とは鬼道……」


「面白い! その力に姫様がお与えになった【災禍】の源足る力を合わせれば、お前は!」


「……故に我は」


「行くぞ、ソウマ!」


 フェルトナは走り出す。ソウマもその動きに合わせて地面をこすらんばかりに身体を低く、駆けだしていく。


 その二つの視線がまじりあう。


 拳が交差する――――


「やめなさい!」


 ピタリと止まる二つの拳。


 その甲高い怒号に、フェルトナは途端に顔をしかめると、振りあげたこぶしを下ろすままに、ゆっくりと後ろを振り返った。


 そこにはおびえすくむ数人のメイド隊の前に立つ、同じくメイド姿の女性。

 

 青い瞳はキッと吊り上って二人を睨みつけていて、仁王立ちで股を開いて雄々しく立つ姿は男勝りを想わせるものだった。


「フェルトナ様ッ、一体城内で何をしているのですかッ」


 背丈は低く、すたすたと歩み寄る少女はフェルトナを見上げたまま、ビシッと彼を指さして睨みつけた。


「見てください。みんなおびえて仕事もできませんッ。こんな暴れてお城を壊すおつもりですか!?」


「メイアか……」


「誰だよ……」


「ふぅ……。うちのメイド部隊の戦闘部門の隊長だ」


 そう言って拳を下ろすフェルトナに合わせて、ソウマは深く息を吐き出すと、グッと顔や体にべっとりと張り付いた自分の血を拭い落した。


「くっそ……べたべただわ。血はドロドロだし、こんな血まみれになったの親父に殴り殺されかけた時以来だわ」


「盛大に頭カチ割ったからな」


「あんたのせいだろうが……」


「セリスのところに行くか?」


「死んでもやだ」


「クハハハ、嫌われたものだ」


「服もドロドロだし、最悪だ。……これでやりたいことは全部わかったのか?」


「大体な。ありがとう、こんなご老体に付き合ってくれて」


「ったく、何がご老体が。たまったものじゃない」


「だが楽しかったろう? 私は楽しかった」


「くえないおっさん……」


「何二人して和やかに話しているんですか! 無視してないでこっちを向きなさい!」


 地団駄を踏む少女に、ソウマはけだるげな調子で、フェルトナは満足げな表情で見下ろした。


 まだ興奮冷めやらぬ二人の紅い視線に、少女、メイアは「うっ」と声を洩らし気圧されつつも、表情をこわばらせて説教を始めた。


「いいですかッ。一応私はメイド隊の教育部門と戦闘部門を担当していますッ。つまり若い新人メイドの教育をやってるんですッ。それなのにこんなどんちゃんされたら迷惑極まりないんです」


「とりあえず俺今血まみれだから回復オナシャス」


「黙って聞いてる! 死んだら土に埋めてあげるから!」


「ありがてぇ」


「いいですか! とにかく迷惑なんです! 


 特にフェルトナ様! 貴方は私たちメイド部隊の葬式をしている人です。その上ハルトディア様のお世話もしないといけない。なのにこんなところで遊んで何をしているんですか!」


「あ、ワシも肋骨が数本折れているから、セリスのところに」


「後で治してあげるから黙って聞きなさい!」


「結構いたいんだが」


「全く自覚と言うものがなっていないからこんなことに。そこの新人も暴れるだけ暴れて作法のさの字も知りはしない。こんなことでは姫様にどのような」


「でっきたぁ!」


「はい?」


 振り返れば、そこにはスーツを一着両手に抱えて持ってきたメイド服姿の少女がいた。


 その顔はメイアと瓜二つで、メイアは気の抜けた表情でパタパタと駆けてくるメイドを肩を落として見ていた。


「ふ、フィーナ……また気の抜けるような声で」


「えへへぇ、できたできたッ、完璧な採寸と完璧な服飾だよぉッ」


「……。フィーナッ」


「あれ、どうしたのお姉ちゃん?」


 と、傍を通り抜けようとしていたフィーナはきょとんとして眼を丸くする。姉のメイアはキッと目を吊り上げて、その妹が両手に抱えたスーツを睨みつけた。


「それは?」


「あ、えと……ソウマ、さんの制服です。フェルトナ様に頼まれて」


「……」


「えとね、サイズもぴったりなの。伸縮機能抜群で、このワイシャツ一つにも筋力増強の魔術も糸に込めて、後光学屈折機能も服の表面にコーティングして知覚鋭敏機能を付けたネクタイもッ」


「いいからッ。今その二人に説教してるところなのッ」


「でも服できたのッ」


「渡すのは後ッ」


「今ッ、今じゃないとやだッやだやだッ」


「むぅうう……」


「うううう……」


 唸り声を上げ眉をひそめて睨みあう双子を横目に、ボタボタと鮮血を滴らせながら、ソウマは深いため息をと共に踵を返して二人に背中を向けた。


「俺、セリスのところ行くわ。このまま待ってたらほんとに死にそうだ」


「待ちなさい!」


「待ってソウマさん!」


「ぐぎゃッ!」


 飛んでくる二人の手に首根っこをつかまれ、ソウマはそのまま絨毯の上を引きずられ、二人の間に引っ張り出されて、首を絞めつけられる。


「く、苦しい……!」


「ちゃんと説教を聞きなさいッ! 大体外から来た人間の上に新人がここまで暴れるなんて前代未聞です。姫様が起きるまで説教です!」


「ソウマさん、服できましたッ。さっきはごめんなさいッ、でもね私ソウマさんの身体にあうように一生懸命作ったからッ」


「あなたという男は……!」


「だから、きてくださいッ。ぼろぼろになったら私縫いますからッ、それに一杯機能も強化して追加しますからッ」


「死ぬ……」


「――――お前の力、本当によく見せてもらった」


「ふ、フェルトナ……」


「……その力、目覚めれば姫様を守るにふさわしい力となるだろう。何人も遮れぬ力となって」


「う、うぐぅ……」


「姫様を頼む。ソウマ、わが友よ」


 意識が落ちる寸前、霞んだ視界に、満足げに笑うフェルトナの横顔が視界に映って、ソウマはぽっくりと眼をむいて倒れた。




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