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魔界の王女様と午後のティータイムを  作者: ef-horizon
そこは異世界ファンドール
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ばか、のろま、へんたい

 薄暗く長い廊下を歩かされること数分。


 相馬は強く手を引く少女に戸惑いを覚えていた。


「お、おいッどこに行くんだよッ」


「……」


「ちょっと待てッ。少しゆっくり歩け。まともに会話もッ」


「……」


 聞く耳持たず、引く手は強く、相馬は薄暗い廊下をひたすらに引っ張られ歩いていく。


 名前は知っている。


 父親であるドラゴンがよくしゃべっていた。

 

 ただ、口に出すには勇気がいる。


 鼓動が少しだけ早くなる。


 相馬は口を開く―――――


「み、ミィアッ」


 ピタリと止まる足。


 自分の腰ほどしかない少女が急に動きを止め、相馬は僅かに息を切らし、その小さな背中を見下ろした。


 ギュゥ……


 手をつかむその指はさらに強くなり、少し丸めた背中を向け俯いたまま、少女は無言のまま、立ち続ける。


 長い無言。


 静寂に聞こえるのは少女の、少し早い息遣い。


 緊張してるのがわかる。


 ギュッと胸元をかきむしる仕草が見える。


 恐る恐る長いウェーブのかかった金髪をなびかせ、振り返るその横顔が見開いた眼に映る。


「……」


「……わ、悪いな。呼び捨てにして。だけどな」


「そ……」


 声がかすれる。


 ため息が唇からこぼれる。


 真っ白な肌が赤らんで、紅い瞳を潤ませ見開き、少女は少しつま先立ちになって背を伸ばして相馬の顔を覗きこむ。


 柔らかな唇が震える―――――


「そ……そ……」


「――――相馬。呼び捨てでいいよ」


「……。ソウマ」


「おう」


「……ソウマ」


「おう」


「……」


「無反応かよ……」


 口をつぐみ再び背中を向けて視線をそらす少女に、相馬は苦い表情と共に項垂れると、もどかしげに髪を掻いた。


(こりゃ……仲良くなるには相当時間がかかるな)


 どうしたものかと、考えていると


「ねぇ、聞いた? 今夜連れてこられたって言う子供」


「ええ。どうもロリコンらしいわねぇ」


「えええッ。キモォい。早く死んだらいいのに」


「きゃはは」


「――――俺も早く死にたいよ……」


 聞こえてくる足音と笑い声に、相馬は力なくうなだれていると、


「……フィオラ・テトラシオ……」


 ――――白い肌に浮かびあがる、紅い文様。


 それはまるで幼い身体を這う蛇のごとく、首筋から指先に至るまで全身に浮かんで、光を放つのが背中越しに相馬の目に見えた。


「な、なんだ……?」


「……時を超え、空を渡るもの。比類なき空の翼を宿す祖は次元の放浪者」


「なッ」


「飛ぶ」


「どこにッ?」


 白い肌を包む光が繋いだ手を伝って相馬の体に広がっていく。


「――――私の部屋」


「はぁ!?」


 薄暗く幅広い廊下に走る閃光。


「え、何なに?」


「転移魔術?」


 その光を、二人のメイドが目撃し、慌てて駆けよるが、そこにはすでに誰もいない。二人がいた足跡で僅かに絨毯が歪んでいるだけだった。


 そしてその足跡を隠すように、白い羽が枚落ちて、薄暗い廊下に光を放つ。


「あ、これ……」


「ミィア様の羽根だ」


「どうしたのかな?」


「もうお眠りになられるのかも」


「じゃあ、フェルトナ様を呼んでこなくちゃね」


 




「くはぁ!」


 地面に腰をぶつけ、痛みが頭を走る。


 空中から放り投げ出されて、相馬はよろよろと立ち上がれば、そこはまた薄暗い空間。


 紅い目を見開けば、そこは広い寝室のような空間。


 部屋の中央にはベッドがあり、広大なテラスを映し出す窓にはレースのカーテンがかかっていて、僅かに開いた窓から風が漏れて揺れていた。


 こぼれおちるのは二つの月。


 赤い月は城の周囲の森や山を赤く滲ませ、闇をあやしく照らす。


 青い月は闇を仄かに色づかせ、城の前に広がる湖上をより一層美しく輝かせ、水面に姿を映しださせる。


 広がる宵の月明かり。


 辺り一帯は森に山に湖。


 そこは日本とは全く別の景色。


 異世界ファンドール。


 レースのカーテンから広がる山と森の景色、されど異世界を見つめながら、相馬は茫然とした表情で紅と青の月を見上げていた。


「……ここ、別世界なんだな」


「――――帰りたい?」


 突如、聞こえるか細い声。


 振り返れば、闇の中にジトリと見つめる紅い瞳。


 青い月明かりに金色の髪に雪のような白い肌がより一層映え、リボンで結った髪をなびかせながら、そこにはドレス姿の少女が立っていた。


「お前……」


「……ミィア」


「……ミィア」


 その目はどこか恨めしげで、不満と緊張と、後警戒心に幼い顔をしかめながら、少女、ミィアは胸に犬の人形を抱えたまま棒立ちで相馬を見つめる。


 なんとも居づらい雰囲気。


 月明かりを背に、見つめられながら相馬は手持無沙汰に髪を掻くと、彼女に近寄った。


「いやぁ、まぁ……帰りたい、わな」


「……」


「向こうには妹もいるし、おふくろもいる。それに殺したいほどムカツク親父もいるし。やり残したことも多くある」


「……そう」


「だから、ここにずっといる、ってわけにはいかないな」


「……」


「睨むなよ。お前も事情があって俺を呼んだんだろ」


 その視線は鋭く、相馬は気まずそうに首をすぼめると、じっと見つめるミィアに呟いた。


「何かあるんだろうけど、明日にしようぜ。今日はもう遅い」


「……ソウマ」


「あいよ」


 少女は一歩踏み出す。


 そして月明かりの下に出てきて、相馬を上目づかいに見つめる。


 小さな唇を開き、八重歯を覗かせ息を吐き出す―――――


「……ぐず」


「はい?」


「のろま。ばか。童顔。くそむし。役立たず。脳なし。へたれ。みじんこ」


「ええええ!? いきなり罵り始めたの!? え、何みじんこ!? 俺ミジンコ扱いですか!?」


「……へんたい、ろりこん。えっち」


「ちょっと待って! やめて社会的に殺しにかかるのはダメ! 僕死んじゃうから死んじゃいますから!」


「……だいきらい」


「ま、まってまって! なんでだよ、ていうかそんなに嫌いならなんで俺を呼んだの!? ていうかなんで!?」


「……来て」


 戸惑う相馬の手を引っ張り、ミィアは金色の髪をなびかせ踵を返す。相馬はそのままよろよろと引っ張られるままに歩かされる。


 歩かされるその先にはベッド。


「……」


「どわっ……ぐほっ」


 怪力で投げ飛ばされ、相馬はそのままベッドに顔をうずめる。


「お、おいッ。何のつもりだよ、ここで寝ろって事か!?」


 起き上がるままに慌てて振り返れば、そこにはヒールを脱いで巨大なベッドへとよじ登るミィアのジトリと睨む紅い目が見えた。


 コクリ


 小さく頷くままに、ミィアは四つん這いになってべっどの上を這う。


 身体をよじり後ずさる相馬を捉えて睨む―――――


「……」


「おおぉいッ、何その目ッ。俺を取って食べるのか!? ていうか何この状況何!? 俺幼女に襲われるの!?」


「ソウマ……」


「な、なんだよ! どうなってるんだよ、お前は俺に何をさせたいんだよッ」


「……お願い」


「はいッ!?」


「……私を……私を……」


「お、おいッ」


 戸惑う相馬の腹の上に馬乗りになり、ミィアはジトリとその戸惑いに満ちた紅い瞳を覗きこむ。その真剣な顔に相馬は仰向けのままさらに戸惑う。


 ゆっくりと小さな躯体が相馬の顔に近づく。

 

 じっとミィアは相馬を見つめたまま、顔を近づける――――


「お願い……」


 ボフッ……


 胸倉に吸い込まれる柔らかな頬。


 眠るように混乱する相馬の胸に顔を埋めると、ミィアはギュッと相馬の制服に指を食い込ませ、背中を苦しげに丸めた。


 その泣きすがるような仕草に相馬は戸惑いながら顔を上げる。


「お、おい……ミィア?」


「……お願い、私を……守って」


 ようやく出てくるかすれた声。


 今にも消え入りそうな言葉で、ミィアはささやく。


「お願い……私をいじめないで……私を……殺さないで……傍にいて」


「……」


「お願い……守って」


「――――おう……」


「お願い……」


 摩る背中は小さく、とても暖かく、相馬はその熱っぽい少女の体をなだめるように優しく撫でて、あやした。


 暖かいその華奢な身体は、生きている、相馬はそう感じた。


 魔族と言われようと、王女と言われようと、彼女は同じ生き物であると――――相馬は安堵の溜息とともに表情をこわばらせ胸元に身体を寄せるミィアを撫でた。


「……お前に何があったのかは知らないけどよ、頼まれたとあったら……」


「お願い……私を」


「……」


「おねがい……にゅぅ……」


「寝てんのかよ……」


 聞こえてくるのは寝息と寝言。


 顔を覗きこめば、少女は背中を丸めて眠っていた。


 その唐突の変化に相馬は気が抜けてがっくりと背中をシーツに埋めると、金髪の少女を上に載せたままベッドに大の字になった。


 そうして天井を見つめながら、ふと視界に入るのは青い月の光。


 そして、森あやしく彩る紅い月明かり。


 相馬はその深い夜の仄かな明かりを見つめ、眼を細めた。


(……もう、深夜、か。もしかして、眠たいのを無理して)


 レースのカーテンから見える昇った月を見つめ、相馬は夜も深いことを感じて、苦い表情を浮かべた。


(なんだよ、夜更かしできないのかよ。まったく魔族とか魔王とか聞いたけどそれでいいのかよ……)


 だけど、悪い気はしなかった。


 頼られる感覚は、相馬にとって心地よかった。


(……まったくこんなわけの分かんないところに来てよ……名前もよくわからないガキ護れなんざ)


 そう考えていたら、相馬にも眠気がやってきて、相馬はうつらうつらとしながら、胸元で体を横にするミィアの髪をそっと撫でては指で梳いた。


(……もう寝る時間なのに……ったく)


 瞼が重たい。


 それでも相馬はそっと眠るミィアの髪を撫でる。


「……くそ、やればいいんだろ。守ってやるよ」


「……うん……」


「ったく……」


 苦言を噛み殺し、相馬は眼を強く閉じた。


 明日はどんな日になるだろう。


 不安と緊張と、僅かな期待を胸に、眠りに身体を預け、相馬は寝息をこぼした。




 


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