今日から君は僕らの大事な家族だ
そして時は過ぎる。
どれだけ眠っていただろうか。
相馬は一人暗闇の中、手足を縛られ、固い床の上に座らされていた。
「な、なんだここ」
気がつけば、目の前は更に真っ暗だった。
瞼を閉じていた時よりも真っ暗だったので、今も眠りの中にあるのかと勘違いするほどで、相馬は苦々しい面持ちで周囲を見渡す。
気配はない。
眼を閉じ耳を澄ます―――――歩く足音も、何かが風を押す感覚もなく、匂いに至ってはまるで無菌空間にいるかのようだ。
感覚を研ぎ澄ませようと、周囲はまるでなりを潜めたかのように静まり返る。
五感には、何も訴えかけない周囲の暗闇。
だが……。
「これなら……」
―――――ゆっくりと見開く右目。
闇にぎらつく紅い眼光。
そうして見開いた視界は、全てを見通し、周囲の暗闇をうっすらと明るく照らして、視界に映した。
そこは、広々とした空間。
石畳の天井と床、窓が奥に二枚明かりを入れるために配置されている以外は、まるでなく冷たい石の壁が周囲を包み込んでいた。
闇の中、真中に長いレッドカーペットが奥まで伸びている。
その奥には、巨大な椅子が二つ。
座る影が、二つ―――――
「な……!」
――――うごめく巨大な影。
グルルルルルゥ……
ようやく聞こえるのは、唸り声。
長い尻尾はその座から大きく溢れて床を叩き、長い翼は背後の窓を覆うほどに広がり、長い首をもたげて、闇の中巨体が身体をよじっていた。
その姿は、まるで黒い巨竜。
鼻息荒く、真っ赤な瞳がこちらを見つめる。
その目に、惚ける相馬の姿が映し出される。
「な、なんだこいつ……」
「あなた、ライトついてないわよ」
黒き巨竜が座する巨大な玉座の隣。
人相応の小さな玉座に座り、続いて落ち着いた淑女の声が隣から聞こえる。
その声に、長い首をもたげて巨竜は不思議そうに眉をひそめると、クイッと小首をかしげて前のめりにのぞきこんだ。
「ん? 彼の者は見えているように見えるが……」
「アレは彼が無理やり自分の力を引っ張って周囲を警戒しているだけよ。後息臭い」
「ひどい……」
「警戒心で眼が獣みたいになってるじゃない。新しい家族を迎えるんだからちゃんとしなさい。後毎晩牙は磨くように。黄色くなってるわ」
「ま、まじで!? いや、いやいや毎日磨いてるよ母さんッ」
「後、毎晩メイドを連れ込まないように」
「こ、ここで言うことじゃないじゃんッ。いいじゃん暇なんだからゲームの対戦相手頼んだってッ」
「寝不足で彼女たちを過労死させる気? そんなことさせたら貴方のゲーム機と心臓を一つもらうわ。そして地下牢にぶち込んであげる」
「もうしません」
「で?」
「許してください」
「今後は彼に頼みなさい」
「はい」
「いいわね」
「はい」
「ライト」
「はい」
心が鷲掴みになるほど哀しくなってきたころ、突如周囲が明るくなる。
眩さに相馬は眼を細めると、輪郭がくっきりとしていく周囲の景色に顔しかめ、縛られた体をよじって周りを確かめた。
そこは確かに広い空間。
レッドカーペットが背後の巨大な二枚扉から奥の玉座まで伸びたそこは、まるでファンタジーで王様座っている場所のようだった。
「な、なんだここ……」
「よくいらっしゃったわね。玖珂相馬さん」
明るく朗らかな声が聞こえてくる。
相馬は眼を見開くと、そこには確かに黒い鱗で全長約六メートル強、見上げるばかりの巨大の竜が大きな石の玉座の前に座っていた。
「うう……よろしくね相馬君」
「……泣いてます?」
「な、泣いてないッ。我は魔王であるぞッ」
「はい」
「つまり偉いわけッ。わかる?」
「そうなの。こんなさえないドラゴンでもね、元はこのファンドール全域を支配していた偉大なる魔竜の王だったのよ」
「過去形ですかシィルちゃん!?」
「問題ある?」
「そ、それはだな、このアルドレシア城の沽券に」
「問題ある?」
「えっと……」
「三度も聞いてあげる。問題ある?」
「ないです」
「だったら口を閉じて縮こまってなさい」
「はい」
言われるままにしおしおと長い首を丸め、黒き巨竜は巨大な翼を折りたたんで玉座の上に尻尾と身体を丸める。
そして聞こえてくるかすかなすすり泣き。
丸めた背中を震わせびくびくとする巨竜に意を介さず、女性は立ち上がると、レッドカーペットの上に流れるような仕草で降り立った。
「申し遅れましたわ。巨竜王ハルト・ゲヘナ・アルドレシアの妻であります、私、シィル・ナハト・アルドレシアと申します」
「あ、ああ……」
「以後よろしくお願いしますね。玖珂相馬さん」
「なんでもいいけど旦那さん身体丸めて泣いてるぜ?」
「いいの」
「いいのかよ?」
「ペットに必要なものは慰めじゃなくて餌よ」
「あっそう……」
「悪かったわね。こんな手荒なまねをしてここまで来てもらって」
そう言いながら近づいてくる女性は、妻と言うには、若々しいものであった。
外見からして年は相馬と変わらず、ほっそりとした手足は包んだ黒と白のドレスからつつましく覗かせ、開いた胸元には青いペンダントが飾られていた。
ただ首元には、黒いあざが首輪のように首筋全体を覆っていた。
ウェーブのかかった長い髪には綺麗な髪留め。
歩くたびに肩まで掛かった金髪が揺れ、おっとりとした顔立ちに微笑みを浮かべ、ゆっくりと女性、シィルが胸に手を当て相馬に近づいてくる。
「ちょっと手荒過ぎたものでね、フェルトナには少しきつく言っておくわ」
「いえ……」
「落ち着いているわね」
「何もできませんから、生殺与奪権は貴方にあります」
「うそ」
「動物は喉首を晒す時は、殺さないでと更に腹を晒すものよ」
「……」
「あなたにはまだ牙がある。それも特大のね」
コツリ……
高めのヒールが音を鳴らす。
焦りに顔をしかめる相馬を見つめる表情は変わらず、柔和な顔立ちのまま、シィルは白い素肌を光の下にさらした。
そして影を相馬にかぶせるように前に立ち、しげしげと覗きこむ。
「……ふぅん」
「な、なんですか?」
「強い目をしている。どこで手に入れたの?」
「……」
「フェルトナの秘術が効かないわけね。ここまで強力な眼があるもの。足止めしかできないっていうのも頷けるわ」
「……」
「それに――――何か特殊な秘術を持っているわね、あなた」
「そんな事をいいに俺を呼んだんですか……?」
「勿体ない」
「……」
「ミィアにあげちゃうくらいなら、この場で奪ってあげてもいいのに」
そう言って、嶮しい表情の相馬の首筋に手を伸ばす。
「つッ……」
刹那、首筋から発せられる黒い電撃。
その衝撃は彼女の手を大きくひかせるほどで、相馬はその眩さに目を見開いて自分の肩を見下ろした。
「な、なんだ?」
「もう、用心深いんだからミィアちゃんも。やけどしちゃった……」
「?」
「いいえ。なんでもないわ。まずどこから説明したらいいかしらねぇ」
「ここどこですか?」
「ファンドール。貴方達にとっては異世界と呼ばれる場所よ。遠き次元渡りの術を用いて、私たちは貴方をこの世界に呼び寄せました」
「何のために?」
「ミィアちゃんにはあったかしら?」
―――――思い出すのは、少し強張った少女のジト目。
相馬は目を丸くすると、記憶の中で思い返す金髪の幼女と目の前の女性を見比べて、声をあげた。
「あ、あんた……」
「娘がお世話になりましたね。本当にありがとう」
「何のつもりだ、あんたが俺をここに連れてきたのか、目的はッ。理由は。俺を元の場所に戻しやがれッ」」
「いい目をするわね。その強く鋭い、獣のような目。今にも主すら喰い殺そうという激しい憎悪」
「話を利かない女だ……!」
「だけど、その奥には強い力が眠っている」
「……」
「その力、その目、どこで手に入れたの?」
「教えないね……」
「強情ね」
そう言って女、シィルはゆっくりと相馬に近付き、その細めた赤い瞳をゆっくりと開く――――
「シィルちゃん」
バシンッ
玉座の間全体に響き渡る大きな音。
それは諌めるように床に尻尾を叩きつける竜の声。
シィルは不満げにその整った顔立ちをこわばらせると、振り返るままに、玉座の間で蹲っていた黒き巨竜を見上げて口を尖らせた。
「何かしら? あなたは黙ってそこに座ってくれるかしら?」
「強引なやり方は僕もミィアも好きじゃない。別に僕は彼を僕らの配下にするためにこの玉座の間に呼んだんじゃない」
「……」
「僕らは、彼を家族として迎え入れるために、ここに呼んだんだ」
「でもッ」
「はきちがえちゃいけない。シィルちゃん、彼はミィアのものだ。君の嫉妬で娘のものまで奪っちゃいけない」
「むぅ……」
「戻ってきて。ここからは僕から話をするよ。元々これは僕が主導してミィアにやらせたことだからね」
「そう言う透かした態度、私は大嫌いです」
「いい子だね……」
「――――失礼しますわッ」
そう言って不機嫌気味に踵を返すシィルに、巨竜は長い首をもたげたまま、安堵に深い鼻息を洩らした。
その白い息が床全体に広がるころ巨竜は、その巨躯を起こして悠然とその四肢を床におろして、玉座から立ちあがった。
「悪かったね。妻は何分せっかちなもんだから」
ズン……ズン……
歩いて近づくたびに床から突き上げられるような衝撃が走り、相馬は座り込んだまま、首を伸ばして近づいてくる黒い竜に紅い瞳を丸くした。
「で、でけぇ……ホント怪獣映画みたいだ」
「向こうの世界は本当に娯楽が多いねぇ。僕も最近ゲーム機を買ってもらったばっかりだけどさ、本当に遊びは尽きないよ」
「あ、あんたは」
「僕はハルトディア・アルドレシア。ここ魔王城アルドレシアとその周辺地域の山と森と平野を治める城主だよ」
「……魔王」
「次元世界ファンドールはこう言った魔王とか、精霊王とか名乗っている人間以外の異種族が多くてね。まぁ後々勉強してもらうよ」
「……」
「それ何より、君が知りたいことはそんなことじゃないんだろうね」
「―――――なんで、俺は連れてこられた?」
「ごめんね。君が選ばれた理由は、ミィアじゃないとわからない。そこいらの人選は全てフェルトナとミィアに任せちゃったからね」
「……」
「だけど、君を連れ去った理由を説明することはできるよ」
そう言ってその腰を眼前で落とし長いしっぽを丸めると、巨竜ハルトディアはその長い首を伸ばして、優しく目を細めて鼻息を洩らした。
「あの子はね、もうすぐ大人になる」
「はぁ」
「赤飯っていうらしいね。僕はよくわからないけど」
「な!?」
「まぁそんなわけで彼女は身も心も大人になる。長い年月を生きる魔族のしかも魔王の娘だ。事は重大なものさ」
「……」
「僕らアルドレシア一族のしきたりでね、大人になって一応一人前の魔族と認められる為には、さまざまなことを行わないといけない」
「なんだよ」
「一つは勉強。魔王として必要な魔術、秘術、そして知識を全て身につける必要がある」
「……」
「そしてもう一つは、強力な下僕を作ること。一人でいることよしとする魔族もいるけど、基本的に上に立つ魔王の娘なら、それくらいできて当然と思われるらしい。
ま、本当かどうかはわかんないけど」
そう言って少し曖昧な表情を浮かべる巨竜に、相馬は苦い表情を浮かべた。
「俺以外にも人間はいるはず。なんで俺だ?」
「言ったろう。君が選ばれた理由はミィアにしかわからない」
「……」
「とはいえ、これで君は晴れて魔王の娘の僕になった。これからは君がミィアの身の回りの世話を全てしてもらうことになる」
「元の世界の妹、家族が心配だ……」
「大丈夫。フェルトナはそこらへんぬかりないよ。君の関係者全員の記憶から君の存在を消してある。社会的には君は文字通り消失したことになるね」
「ええええ!? それって大丈夫じゃないだろッ」
「なんで?」
「なんでって」
「だって、君はもう僕らの家族だもの」
不思議そうに首をかしげると、巨竜はゆっくりとその長い首をもたげて、相馬の顔をさらに近くで覗きこんで見せた。
「ようこそ、ファンドールへ。そして僕らの家へ。玖珂相馬、これから君は僕らの大切な家族でミィアの大切な執事となる」
「執事……」
「そう。これから君は娘の身の回りの世話を全てしてもらうことになる。
食事、着替え、部屋の掃除、ベッドメイキング。髪を整えたり、化粧を施したり、服を着替えさせたり、トイレに連れて行ったり、一緒に食事してあげたり、一緒に紅茶を飲んであげたり」
「そ、そこまで!?」
「君の時間は全て彼女のものになる。君はいつ何時も彼女のそばにいて、彼女を守り、彼女の為に生きることになる」
「ち、ち、ちょっと待て!」
「なに?」
「いや、部屋の掃除はわかる食事もわかる。ただ化粧とか髪の手入れとか服の着替えは、別の連中にやらせろよッ。さっきメイドがどうのこうのって言ってたろッ」
「うん」
「いるんだろ、流石にそいつらに」
「――――その人たちは、基本的にすべて僕の配下だ」
「な……」
「そう。魔王ハルトディアの僕。ミィアちゃんの使用人はね、一人もいないんだよ。フェルトナもメイドも基本的にすべて、僕の部下だ」
「……」
「なぜなら、彼女はまだ子どもだからだ。だから彼女に何かあった時、君が真っ先に駆けつけないといけない。僕らじゃなくて、君が守るんだ」
「ま、まじかよ……」
「もちろん君が僕らを頼ってもいい。だけど彼女を守るために僕らを使っちゃいけない。君が彼女に前に立つんだ」
「……」
「彼女の執事になるって言う意味、少しは理解してくれたかな?」
「……。強引、すぎるだろ」
「そうなの?」
「だって、俺は無理やりこんなところに連れてこられて、家族のあいさつもなしここにきて、肝心の家族の記憶から俺を消して!」
「でも君ロリコンって聞いたよ」
「誰からですかぁあ!?」
「だからミィアの服とかパンツとか見て興奮するんでしょ? だったらいいじゃん」
「いいじゃんッ」
「よくないよ! ていうか父親のあんたをなんで俺が諌めてるの!? そもそも俺の性癖間違えたまま話進めないで! ていうか誰だよ相の手入れてる奴!」
「私です」
「あんたもかよお母さん!」
「毎日見ると飽きるかな? だったら下着の趣味とか変えるといいよ。どうせ下着類は君がそろえるんだし、ミィアはそこらへん無頓着だから文句言わないよ」
「なんであんたが悪知恵噴きこんでるんだよッ、逆だろ、諌めなさいよ!」
「一緒にお風呂入るのもOKだよ? もちろんお障りOK」
「怪しい風俗か! なんで世間様に見せられないような犯罪を積極的に進めてるんですか!?」
「駄目なの?」
「なんで不思議そうな顔して首かしげてるんだよ、どう考えてもいかんでしょ!」
「いかんのか?」
「ええんやで(ニッコリ」
「うるさいよ! 夫婦ともども口閉じて黙りなさいよぉ!」
「縞パン好きってフェルトナから聞いたんだけどなぁ。縦筋食い込みも好きなタイプってフェルトナも言ってたけど違う?」
「何勝手に嘘吹き込んでるのあのおっさん!? ここに来る前から俺の評価駄々下がりじゃないですかぁ!」
「大丈夫、ド変態のペロペロ大好きロリコンだって来る前から大評判だよ。もう城中どよめきだっててみんな君に注目してるよ」
「ええええええええ!? もうこの城に僕の居場所ないじゃないですかぁああ!」
「よかったね」
「何満足げなんですか!? 牙引っこ抜きますよ!?」
「まぁまぁ。これで納得はいったかな?」
「いきませんよ!」
「――――本音を言うとね、僕らもずっとミィアちゃんを僕らの手で守っていきたいと思ってるんだ」
「……」
「でもね、彼女はもうすぐ大人になる」
ションボリと肩を落とすようなそぶりで、巨竜は項垂れると、フルフルと長いしっぽを振って床を拭きながら、やや沈んだ声で囁いた。
「そうなれば、いずれ僕らの跡を継ぐ、或いは僕らの城から出ていくだろう。どちらにせよ彼女はいずれ、僕らから去っていき、独りになる」
「……」
「だから、そんな彼女の門出の祝いに、僕らは君をつけたいと思ってるんだ。君ならミィアを任せられると思うから」
「――――なんでそう思うんですか?」
「だってミィアちゃんが選んだから」
「……」
「よろしく頼むね。君しか彼女を守れないから」
「一つだけ条件だ」
「何?」
「……。縄外せ」
「うそだ」
「――――――――」
「君は実は最初から自分の力で破れる。シィルちゃんでも見破れたことを僕が見破れないと思わないでしょ」
「……くそ」
「それとも、彼女のしもべとして働くことに踏ん切りがつかないかい?」
「――――ちゃんと給料出せよ」
「もち」
「……」
――――飛び散る縄の破片。
音もなく、まるで内側から破裂する手足の縄に、巨竜ハルトディアは僅かにその紅き双眸を見開いて、手首をさすり立ち上がる青年を見下ろした。
「すごい……僕らが知らない秘術だそれは」
「……」
「やはり、次元宇宙は広い。三千世界をいくら巡り歩いても、自らが無知だと思い知らされるばかりだ」
「なぁ、後首に痛みを感じるんだが、これはなんだ?」
そう言って首をさする相馬に、ハルトディアはにんまりと笑って頷いた。
「それはマーキング。誰かが許可なく君に触れることのないようにとの、ミィアの呪印だよ」
「……」
「いずれわかるさ。君とミィアはすでに切手も切れない関係にある」
「なんだよそれ」
「言ったらミィアに怒られる。まぁ彼女からゆっくり聞きなよ。娘は案外人見知りで、知りたがりで、それでいて寂しがりだからね」
「……」
「ね、ミィアちゃんッ」
そう言って長い首をもたげる巨竜。
その柔らかな視線に導かれるように、相馬は後ろを振り返ると、玉座の間、その三メートル超の巨大な二枚扉が僅かに開いて、隙間ができていた。
その隙間から顔を出すのは、小さな影。
胸に握りしめた犬のぬいぐるみ。
ウェーブのかかった柔らかなツインテールの長い金髪。
ジトリと見つめる目は紅く、幼い顔を少し強張らせ、そこには扉の隙間から、まるで造り込まれた人形のような、顔立ち整った少女が黒と白のドレス姿で覗きこんでいた。
「……お父様」
「あはははは、取って食わないよ。だってこれから大事な家族になるんだもの」
「……」
恨めしげに見つめる視線は鋭く、恐る恐る玉座の間に入ってくる小柄な少女に巨竜は快活に笑って見せた。
少女はと言うと、小走りでスカートをなびかせながら、そそくさと惚けて立ち尽くす相馬の下へと駆け寄っていく。
そして戸惑う青年を上目づかいに見つめる。
緊張気味唇を震わせる。
「……て」
「な、なんだって?」
「き……来て」
「な……」
グイッと制服の袖をつかむ小さな手。
そうして長い髪を翻し踵を返す腰ほどの背丈の幼女に、相馬は目を白黒させながら、戸惑うままに引っ張られて歩きだす。
「……」
「お、おい! どこ行くんだよ、ていうか力強いなッ」
「……私の部屋」
「はぁ!?」
「……」
「お、おい! 娘の奇行を止めろ! 俺じゃ何考えてるのかわかんねぇよ!」
「大丈夫、ぼくらもてんでわかんないから」
「えええええ!?」
「あ、襲ってもいいけど、娘は強いからそれ承知でね。これでも魔王の娘、山一つは小指一つでは消去できるからね」
「ちょっと待てぇええ!」
「じゃあよろしくね相馬君。ぼくらの大切な娘、頼んだよぉ」
「ええええええええええ!?」
声が遠のき、引きずられるままに相馬の背中が、開いた二枚扉の向こうに消えていく。
残ったの巨大な竜。
そしてその傍らに佇む、同じく長い金髪の女性。
去っていく二人の背中を、複雑な表情で見つめながら、母親のシィルは隣に立つ巨竜の父親ハルトディアを見上げた。
「あれでよいのですね」
「寂しい?」
「バカ……」
「僕は寂しいな」
「……でも、仕方のないこと」
「うん。でないと、一生ミィアは僕らが飼い殺してしまう。彼女には力がある。僕らよりも才能も知識も上だ。いずれファンドール全域を支配するだけの器がある」
「ええ……わかります」
「或いは次元宇宙を渡り歩くだけの素質を持つかもしれない」
「ええ……」
「彼女は、魔王になる」
「……」
「或いは、ミィアのそばにいる、あの彼、が」
「確かに不思議な力を持っていましたね」
「フェルトナの報告によると、触らずに魔術の印も呪文もなく、風を操り相手を吹き飛ばす力らしい。それだけ聞くと、不思議な力だ」
「そして、私たちと同じ【魔眼】……」
「ふふっ、面白くなった来てね、シィルちゃん」
「私は不安で仕方がありません」
「僕らができることは、二人を見守ることだけだ。心配な表情を見せることじゃないよ」
「……もどかしい」
「大丈夫ッ。だって僕らの娘だもの。それに彼はとても強い。あの目は僕らに連なる力を持ってる。ミィアのことだって支えられるさ」
「……信じています」
シィルはそう囁いて、胸にぶら下げたロケットを強く握りしめた。