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魔界の王女様と午後のティータイムを  作者: ef-horizon
そこは異世界ファンドール
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安心しな、手加減してやったぜ

 学校の帰り際。午後五時半の夕暮れ時。


 電車に揺られて、他のサラリーマンと同じく、一人の高校生が複雑な面持ちを浮かべて立っていた。


「はぁ、今日もテスト、点数芳しくなかったなぁ」


 呟く言葉から出てくるのは、苦い感情。


 周囲のサラリーマンと同じく吊革につかまりながら、青年は苦い面持ちで鞄を手に、寄りかかるようにうなだれた。


(……なんとも、さえないなぁ)


 テスト一つに――――そういう考えが頭に浮かぶものの、どうにも気持ちが晴れず、青年は複雑な表情で窓の向こうに広がる夕焼けに色づいた街を見下ろす。


(ていうか。六時間かけて勉強して赤点取るのは行かんわ。最近試験勉強も捗らないしな)


(明日、担任なんていうかな。親父おこるかなぁ)


 悩ましげに想いを馳せながら、見つめる夕日はどこか苦く、青年は眼をそらした。


 そうして、横を振り返れば―――――


「やぁ、青年」


「……はい?」


「君、何歳だい?」


 唐突だった。


 何の変哲もなく、電車の中でゆられている一人の高校生に、横に立っていた老人が一人話しかけてきたのだ。


 しかもフランクに。


 青年は眉をひそめて、見上げる。


「えと、誰……?」


「見たところ、16歳。まだ若いね、子供のようだ」


「は? はぁ」


「子供?」


「―---数字だけはビンゴです」


「やっぱり」


「……」


「ふぅむ。背は179センチで結構高め。背の割にあまり肉が付いていないな。何か運動はやっていないのかな?」


「……新手のスカウトですか?」


「ノーだ」


「はぁ……」


「うむ。顔立ちは普通。髪の毛はぼさぼさと首から上はマイナスポイントが多い、と」


「いきなり失礼だなあんたッ」


「真実だ」


「ぐ、ぐぬぬ……」


 恰幅のいい老人。


 胸板は厚く、顔の堀は深く、白髪を覗かせベレー帽をかぶったベストと茶色いパンツ姿の老人。胸元には紅いネクタイが見え、それが一層紳士のように青年の眼に映った。


 眼は赤。見慣れない色だが、外国人だと思う。


 手には長い木の杖。使い込んでいて、少し色あせている。


 分厚い口髭の奥には、口を覗かせ、本当に本の中から英国紳士が飛び出したかのようだ。


 その見本のような老人が眼鏡の奥からこちらを見つめていて、青年は先ほどの呟きに恨めしげに顔をしかめながら、首をかしげた。


「あの、それでなんかようですか?」


「いや、失礼。こちらの世界ではこういういきなりのあいさつは戸惑うかな?」


「いや……まぁ知らない人ですし警戒はします」


「連れ去られるとでも?」


「まさか……知らない人だからですよ」


「素直でいい子だ」


「はぁ」


「ところで質問だ」


 電車がガタガタと揺れる。


 突然の問いかけに、吊革に揺さぶられながら戸惑っていると、老人はにこりと微笑んで、彼の肩に手をポンと置いた。


「見たところ、ロリコンのようだが、君ロリコンかい?」


「いきなり社会的に陥しめてなんのつもりですかぁ!?」


 慌てて周りを見る青年。


 その視線は一斉にこちらを見ていた。


 ものすごく冷たい視線。


 その今にも魂が凍りつきそうな雰囲気に、青年は冷や汗をかきながら大声を張り上げる。


「ええええ!? 違います違いますから! 僕ロリコンじゃないですから!」


「ははは、また見抜きやすい嘘を」


「おっさん何言ってるんですかぁ!?」


「いや、ロリコンの匂いがしたんだよ」


「ええ!? 匂い!?」


「そう。ふんわりとかおるこの、幼女スキーの匂い。わかるだろう、兄弟」


「肩を叩くな肩をぉ!」


「ほら幼女のおっぱいペロペロしたいおって顔をしているな」


「やめてよぉ! 根も葉も何にもないところに煙を立てるのはやめてよぉ!」


「お前は必ず二年以内に幼女を襲う」


「えええええ!? なんの根拠もなく僕の犯罪者予告ですかぁ!」


 ピピピッ


 車両内一斉に周りから聞こえてくる、携帯のボタンを押し始める周り社会人たちに青年は眼をむいて慌てて叫んだ


「えええええええ!? やめて! 警察に電話しないで、僕いい子だから、素直でいい子だから!」


「だからわかりやすい嘘をつくんだね、わかる」


「いいから黙って死んでくださいよおじいさぁん!」


「ところで君は幼女は好きかな?」


「どの口開いて言ってるんですかぁ!? いいから黙って遠くに逝ってくださいよぉ!」


「どのあたりが好きかな?」


「話を聞きなさいよぉ!」


「わかった―――――縞パンだね」


「何したり顔で言ってるんですか! 鼻へし折りますよぉ!?」


「ふむ。わかった、やはりペッタン胸とそれにぷっくりとした小さなさくらんぼさんだね。わかる」


「気持ち悪過ぎて鼻血が出そうですよぉ!」


「おお、やっぱり縞パンとつるぺたの鉄板コラボ――――やはり紳士か……」


「やかましいわぁ!」


「いやいや。謙遜することはない。幼女を愛でると言うのはとても重要なことだ。子供はか弱い。だから我々が守らないといけない。外敵、そう外からやってくる害にわれわれは身を呈して守っていかないといけない。そのご褒美に少しペロペロする。悪いことではあるまい。その為に幼女とはこうもか弱く愛らしい格好をしている。


 ほっそりとした手足、くりっとした眼、小さな唇、思わずペロペロしたくなる白い肌。それらすべてが紳士たる我らの為にあると過言ではない。


 そうだ。これらを外敵から守る代わりに我らがほんの少しペロリとする。うむ、実にすばらしい」


「うるさいわぁ! 悪いわぁ! お前が一番危ないわぁ!」


「わかってくれる!? やはり我らが同士か……」


「ええええ!? こんな近くで話してるのにどんな聞き間違いしてるんですかぁ!」


「私は、フェルトナ・シルバーハイン。かの場所で執事をしているものでね」


「誰が自己紹介しろっつったぁ! いいから離れなさいよぉ! ていうか人の話を早々に聞いて離れなさいよぉ!」


「君の方から動きたまえ」


「は!?」


 ―――――脚がピクリともしない。


 なぜ。

 

 まるで石膏で塗り固められたかのように、その膝は硬直し、足は床にひっついたかのように微動だにしない。


「な……なぁ!?」


 あまりの異常事態に「新手の痴漢逮捕術か!?」と頭の中で色々な考えが浮かぶ。


 そんなもどかしく上半身だけを動かす青年に、老人はクイッとメガネをはずすと、紅い目を細めて本当にうれしそうに微笑んだ。


「素直でいい子だ」


「お、おい! あんた何を!」


「突然の事態に暴れられても困るんでね、少しだけ私の【眼】を見てもらった」


「眼?」


「そう。魔族の眼は人間を魅了する。君の場合はそれに対してかなり耐性があるようだ。やはりお嬢様の従者になるにふさわしい生き物だ」


「おい、なんのことだよッ」


「周りを見てみたまえ」


 ―――――そこには倒れる人の群れ。


 ガタンガタンと電車に揺られ、そこにはまるで電池が切れたように崩れ落ちて床に突っ伏す乗客が大勢いた。


「な、なんだこれ!?」


「皆眠っているよ。私の眼は人の魂を呪い、眠りにつかせることができる。


「すげぇ……」


「つくころには終点駅で皆騒いでいるだろうよ」


「ニュースになるレベルだ……」


「これで幼女を襲ってもニュースにならない、やったぜ。」


「ワッパに掛かるのは一緒じゃボケナスがぁ!」


「ハハハ、威勢がいいな」


「何笑ってるんですかぁ!」


「何、それだけ威勢がいいと、同胞としても鼻が高いというものだ、お嬢様も君に目を付けたのがわかる」


「は? お嬢様?」


「見えるかな?」


 立っているの二人だけ。


 青年と老人。


「ん……?」


 ――――否。


 老人の背中に隠れ、その彼の影に重なるように一人の影があって、青年は顔をしかめて目を細めた。


「誰か、いる?」


「ほほ、早速眼をつけたか。ロリコンの血が騒いだか?」


「まだ言いますか!?」


「いやいや、私にとってはそれでいい。君がロリコンでなくては困るのだ」


「はいぃ!?」


「再び自己紹介をしよう。私はフェルトナ・シルバーハイン。ここより異なる世界ででお父上様の下で執事をしているものだ。この方はそのご子息様」


「……どういう設定だよ」


「設定? 面白いこと言う」


「じゃあなんだよ、これ一体なんだよ!」


「今日はこちらの世界へ視察に参ったのです。そのため、お嬢様のお眼鏡にかなった男以外は不要な生き物なのです」


「はぁ!?」


「お嬢様、そろそろ来なさい」


 ―――――恰幅のいい大男の背後から現れる影。


 見下ろせば、そこには本当に小さな女の子が経っていた。


 夕焼けに照らされる真っ白な肌。


 首は長く顔は小さく、背丈は青年の腰ほどという小ささなのに、黒と白のドレスに身に包んだその華奢な体躯はまるで人形のように整っていた。


 サイドにリボンをつけた、腰ほどまである長い金色の髪。


 ジトリ


 こちらを恨めしげに見つめる目は、血のように赤く、鼻立ちは外国人よろしくつんとして、整った幼い顔は少し頬を膨らませていた。


 少し緊張気味な表情。


 小さな肩をこわばらせ、 英国人のような顔立ちの少女がこちらを見上げていた。


 何か言いたげにこちらを上目づかいにのぞいていた。


「……」


「ご紹介しよう。このお方はミィア・フォン・アルドレシア。偉大なるアルドレシア卿の一人娘です」


「……」


 ギュッと胸元に握りしめるのは大きな犬の人形。


 その人形を握る指には、銀色の指輪。


 小さな桃色の唇からは小さな息遣いが漏れ、少し不安げに胸が上下した。


 その口元からはほっそりとした牙が見えた―――――


「……八重歯?」


「可愛いでしょう。お嬢様の数あるチャームポイントの一つです。他にはそのいつも身につけている縞々のパンツがとてもチャーミングでお尻が少しはみ出るのが」


「いいから少し黙りなさいよぉ!」


「可愛くない? ほほぉ」


「いや、だから今度は怒るなよ。なんで拳わななかせてるわけぇ!?」


「ははは、怒る? 面白いことを言う」


「じゃあなんで拳振りあげてるんですかぁ!? 顔面パンチですかぁ!?」


「ノー」


「もしかして、オラオラですかぁ!?」


「イエス!イエス!イエス!」


「ノリがいいなあんたぁ!」


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」


「アバー!」


「オラァアアア! 安心しな手加減してやったぜ……」


「前が見えない……」


「では、お嬢様。この者に一言」


 そう言ってひとしきり動けない青年の顔面を殴り終えると、老人は腰ほどもある少女の背中を軽く押した。


 少女はたどたどしい足取りで、顔中ぼこぼこになった青年の下に向かう。


 そしてたじろぐ青年をジトリと睨む。


 小さな唇が開く。


「……私の……ど」


「ど?」


「ど……奴隷になりなさい」


「……はぁ」


「な……なりなさい」


「……」


「な、なって……」


「……いや」


「―---ひぅ」


「ええええええ!? もう泣くのぉ!」


「えぐ……ひくっ」


「わかったわかった。なりますなりますから泣きやんで、ボク素直でいい子だから君の奴隷でも友達でもなんでもなりますからぁ!」


「―---ほんと?」


「嘘泣きかよぉ!」


 ジトリとなくふりをしていた少女は、慌てて膝を折って覗きこんでは顔を真っ赤にする青年の瞳を覗きこむと、そっと顔を近づけた。


 小さな唇から下がチロリと覗く


 そしてその首筋に唇を近づける―――――


「イデッ!」


「――――これで、君は……」


 一瞬。

 

 少女の歯が青年の首筋に食い込んだ次の瞬間、少女は唇を離して、ゆっくりと老人の下へと後ずさった。


「終わり……」


「ええ。これで終了。お疲れ様です。この男はお嬢様の下僕です」


「て、てめぇ! 何をしたぁ!」


 青年はと言うと、痛む首筋を抑えながら、よろよろと立ちあがる。


 そして、にこやかにほほ笑む老人を睨みつける―――――


「喜びなさい、下賤な血を持つ者よ。お嬢様はお前を気に入り、今日この日より、お前をお嬢様の道具として、城に迎え入れることが決定された」


「はぁ!? 何の話だ!」


「ミィア・アルドレシア――――かの強大な魔王、竜王の娘、貴族たる彼女の決定そのものである」


「竜……?」


「もう一度言おうか?」


「な、なんだよ。何がどうなって」


「では自己紹介だ。私はフェルトナ・シルバーハイン。ここより異なる世界ファンドールより訪れし、ミィア・アルドレシア様を護衛する為にこの世界に来た」


「ファンドール……?」


「目的はただ一つ。お前をファンドールへと連れて行くこと。そしてお前をお嬢様の下僕として、城に迎え入れること」


「な、なぁ……」


 意識がかすんでいく。

 

 青年はゆっくりとその場に崩れ落ちる。


「てめぇ……俺をどこに……!」


「言ったではないか。知らない人に話しかけられると、遠くに連れ去られると」


「くそ……」


「ようこそ、わが世界ファンドール、そして我らが居城アルドレシア城へ」


「うう……」


 青年はやがて床に突っ伏し動かなくなる。そしてそのうつぶせの背中を見つめ、少女はギュッと犬の人形を胸元にだきしめて、ジトリと男を見下ろした。


 その紅い瞳があやしく光り、青年、玖珂相馬を捉える。


「ソウマ……」


「ミィアお嬢様。このような貧弱男でよかったのですか? このような男でなくても屈強でイケメンな男はそろっておりますが」


「ううん……」


「そうですか。では何も申しません。全てはお嬢様の為に」


「……」


「では、帰りましょうか。このように大きなお土産も持って帰れば、ご両親も大喜びでしょう」


「うん……」


 夕焼けの光に指輪が照り返す―――――

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