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□8 無頭生物

 「ねえ、エリアスさんは偉い人なんでしょ? 馬車とかあるでしょ普通」ぶつぶつ文句を言うヨウの背中には、山のような荷物が乗っかっていた。ヨウの足元はおぼつかない様子だ。

 「馬車ってなんだ。荷役車のことか?」とカリカ。「フォーやターパンといった使役動物ならいるな。このあたりじゃ、主にフォーになる。もっと南の方ではターパンをよく使うそうだ」

 「そのフォーっていうのに車を曳かせればいいでしょう。そういうのがいるなら使ってくださいよ」

 カリカは肩をすくめた。「実はフォーを連れてきていたのだけど、色々あってね。車は途中の村に置かせてもらって、そこからは歩きで移動した」

 「はっはーなるほど。やっぱり車があったんですね。たった一人の人間が持てる荷物の量じゃないと思いましたよ」

 カリカは押し止めるように片手を挙げた。「まあ落ち着け。エリアスはヒレンブランド領主の御息女様だ。お前が背負うしかないだろ?」そして、誘惑するような流し目で、ヨウを眺める。「それに、往々にして女性の旅は大荷物になる。知っているだろ? さあ、その荷物の中に、何が詰まっているのか想像してみろ」

 「想像?」ヨウは、自分の肩にかかっている重みの内容を、連想ゲーム方式で数え上げた。女性、荷物、着替え、下着……下着。肩にかかる重みに変化はなくとも、重みの何かが、質的に変化していた。「まあ、このくらい自衛軍の力仕事に比べれば軽いもんですよ」

 「そうだろう? そういやお前、ビジュアル的には新種の巨大カタツムリ型モンスターみたいだな。あっはっは」とカリカは快活っぽく笑った。そして笑いながら、カリカは横目でエリアスを盗み見る。

エリアスはトボトボと数日前にも通った道を歩いていた。ヒレンブランド城に何の成果もなく帰るのが嬉しいはずもない。領主である彼女の父の命を救うため決行した冒険行は失敗に終わった。護衛はカリカを除いて死ぬか逃亡し、怪我を負い、もう長い間ヒレンブランドに仕えていたトレンチは敵だった。この旅が呪われているのかと思うほど多難だったのも、ヤツの仕業に違いなかった。

 今朝、トレンチの襲撃から数時間後に夜が明けると、カリカが重い口を開いた。「陰謀の匂いがする。ここは城に帰還すべきだ」

 エリアスだって馬鹿じゃない。領主である父の命を救うかもしれないチャンスを潰そうとする者がいることが露見した以上、引き返すべきことはわかっていた。一刻も早く帰らなければ、父親の命が危ないのだから。感情が論理に屈服するまで、エリアスに紆余曲折を強いているのだ。

 「トレンチが……」エリアスが小さく、そう呟く。彼はもう10年近く城の警備主任として働いてきた。彼の裏切りは、にわかには納得できないかった。

 「とにかく急ごう。そら、キリキリ歩けよ」カリカはヨウを肘で小突いた。

エリアスもはっとして、歩みを速めた。

 落ち込んだ時、容易に解決できない悩みがあるとき、単調な作業に没頭するのは効果的な対処だということをカリカは知っていた。試験前なんかに、いつもはしない部屋の掃除をしてしまったりするのも、同じ現実逃避現象だ。

 ヨウも彼女達の微妙な雰囲気を感じ取っていた。今ではこの世界の言葉もわかるし、会話の端々から新しい知識を取り込んでいた。

 人間の適応力とは強力なものだ。魔法などというファンタジックなものが存在する世界も、実際に足で歩いてみると、確固とした現実に感じられた。平野に点在する木々の群落、そして服に引っかかる背の低い雑草だらけの踏み分け道。樹木の葉は、日本における深緑ほどには、色が濃くはないように思えた。

 また、笹やぶはあちこちに見られるが、竹は全くないようだ。全体的に、この世界の景色は似たような植物ばかりで単調だった。

 トレンチの件の後で眠れなかったカリカとエリアスに対し、ヨウはそうでもなかった。絶え間ない生屍の脅威のもとで生きてきた彼は、わずかなチャンスを狙って眠りをむさぼれるという特殊スキルを身につけていた。生屍のストレスがないらしいこの世界は、ヨウには一息つける場所に思えた。

 橋も架かっていない川や、人の手がまだ触れない丘陵を越え、やっと人家が現れたのは夕方だった。家といっても、製材されていない丸太を組み合わせた粗末なものだ。窓もなく、ひっそりと静まり返っている。ヨウは斜めに突き立った杭の向こうに、異様なものを認めた。立ち止まると、エリアスたちも歩を休めた。

 「あれは?」

 エリアスもその動物を認めた。「あれはグレアといいます」

 そのグレアとかいう動物は、全身が黒っぽい色の肌で覆われ、その体表はつるつるとして無毛だった。象のように太い足と、丸々とした胴体。豚に近い要素もあるように思えた。しかし――。

 「頭が……ないですね」それが牛や豚ならば、頭のあるべき部分には、胴体から盛り上がった、なだらかな隆起があるだけ。目や鼻といった感覚器官も、見える範囲にはどこにもなかった。ただ、首の隆起の下には、七面鳥の肉髯のような襞が寄って、小刻みにぷるぷる揺れていた。

 「ええ、もちろん」さも当然のように、エリアスは肯定した。

 「でも、それじゃどうやってエサを食べるんですか?」大きなグレアの足下には、二回り以上も小ぶりだけど、形はそっくりなグレアが数匹、じっと立っていた。柵と表現するにはあまりに粗末な杭は、間隔が開きすぎている。子供のグレアなら簡単にすり抜けられるだろう。

 「グレアは日の光と空気、それに澄んだ水があれば育ちます。あなたの世界では珍しくないのでは?」

 ヨウは驚きのあまり、エリアスが「あなたの世界」とあっさり言い放ったことを聞き流していた。「見たこともありませんよ」

 「ふうん、そうですか。それに、グレアに雄雌はありません。充分な食料があれば、自然に分裂して増えます」

 「分裂……」ヨウは絶句した。

 「神はわたしたちにグレアを与えることで、動物に苦痛や恐怖を与える残酷さから、わたしたちを救ってくれたのです」

 目の前にいる生き物は、動物に見えるけど植物のように成長して、ミミズのように無性生殖するのだろうか? まさか本当にアメーバみたいに分裂するわけではあるまい。それにしても、光と水で勝手に分裂して増えるのなら、どうしてこの惑星の地表全体がグレアで覆われていないのだろう。

 「道草食ってないで早く来いよ」カリカがヨウに向かって手招きする。

 ヨウはカリカの横に小走りで近づいて、質問する。「カリカ、グレアだっけ、あの動物はどうして柵から逃げないんですか?」

 「あいつらは逃げ出したところで生きていけないからな。放って置いたら、地面の溝にはまって干からびるか、モンスターに食われて一巻の終わりだ。あいつらもそのことがわかっているんだよ。さあ、行くぞ」

 この辺りでは、家の納屋や井戸の近くでグレアを飼うのが普通らしい。ある場所では、開けた草原に数百頭ものグレアを飼っていた。グレアたちは傾いた太陽の陽を浴びて、オブジェのように立ち尽くしていた。

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