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□6 心地よい夢想

 ヨウは早口で言った。「じゃじゃじゃじゃじゃぁ、証明しますよ。そうだ、僕のバックパックどこいきました」

 足元に転がったバックパックをつかみとり、まだ乾いていないバッグの中ををひっかき回す。歯ブラシ、黒色炭酸飲料のペットボトル、、フィリピン製の9980円(税込み)で買ったグロックもどき、古ぼけた携帯電話、身分証、ハンドライト、サバイバルナイフ、サバの水煮缶詰。異世界から流れ着いてしまったという、(我ながら眉唾物も甚だしい)説明をぶつぶつ呟きながら、ガサガサと荷物を引っ掻き回す。

 「ほらこれ、携帯電話。こんなものこの世界にはないでしょ」それは幸いなことに起動した。内部にまでは浸水しなかったようだ。メモリーに残っていた画像をいくつか示す。

 開いた携帯にトレンチが顔を寄せる。「ふーん。なにこれ」

 「ほらこれ、こいつは自衛軍で一緒だった僕の同僚です。ああ、こっちは高校の同級生です」

 携帯をのぞきこむカリカ。「ずいぶん綺麗な絵だな」

 「本当。写実主義派かしら」とエリアス。

 エリアスがヨウのそばに近寄ると、髪から良い香りがした。頭の芯がクラッとするのを、足に力をこめてこらえる。「ほら、これが僕でしょ。背景が立川駅前のビッグカメラね」去年の立川。平和な最後の日々。学校が3ヶ月前に休校になって、大学進学の野望は強制終了と相成った。そして数えで18歳以上の殆どが、根こそぎ徴兵された。男女ともに見境なく、国家に奉仕する公務員の地位を与えられたわけだ。それゆえ日本の失業率は現状限りなくゼロだ。一千万人も軍隊にとられれば当然の話ではあるが。

 いつから平和は失速してしまったのだろう。この時点から、と明確には言えない。お盆から引っくり返った水が、踏み固められた地面に少しずつ、じわじわと染み込むように、それは失われていったように思う。確信を持ってターニングポイントの一つと言えるのは、十数年前のあの事件だろうか。もっとも、あの極悪宇宙人フィデスが、地球の軌道上に現れたあの頃のことは、幼すぎてほとんど記憶にない。

 ――記憶? 

 ヨウは自分の記憶の不整合を改めて意識した。「ちょっと待って。僕は……。デニス? なんでこんな記憶が」

 トレンチがヨウの背中に触れた。「記憶を転写しただけだ。安静にした方がいいよ」

 ヨウは地面を手探りしながら、腰を下ろした。

 「デニスってのは、さっき使ったトラクトの、元になった人格だろう。現代語が一瞬でできるように作られたトラクトだったんだよ。あれは、エリアス様が遺跡で使うかもしれないってんで、持ってきていたんだぜ」少し声をひそめるようにして、トレンチは続ける。「それにムチャクチャに高価だ。あーもったいない」

 「トラクト?」

 またしてもヨウが知らない単語だった。

 「なんにも知らないのだな。デニス君に尋ねてみなよ」

 ――そんなこと知るわけが……いや、まてよ。

 記憶を探ってみると、その情報はそこにあった。まるで、まるで、そう、意識すれば記憶から引き出すことができる3の平方根1.732……みたいなもの。月についても、理由理屈はまったくナシに、実用的な知識だけ揃っていた。凍月や重月は南の低い空に昇る小月。はるか東の彼方では、凍月と軽月が昇り、逆に重月は見当たらなくなる。西の彼方では凍月が見えなくなるといった具合だ。同じ地点からは、常に天空の同じ位置で輝く小さな銀の円盤だった。

 また、夜空の天頂から地平線へ向けて、オムニ人が“極月”と呼ぶ月が、転がり落ちるように素早く過ぎることがあることも“思い出”した。これはとてもよく動く月で、2日で天を一周するのだった。そして、トラクトについての知識も頭の片隅から流れ出る。それが、帝国貴族たちが使う“魔法”によって作られる素材であることが、漠然と知れた。魔法――。

 「魔法!? この世界にはそんなものがあるんですか? そりゃすごい。すごいですよ!」自分が迷い込んだのは、おそろしくファンタジックな世界らしい。ヨウは、叔父が他の世界についてほのめかしていたことを思い出した。それに叔父は、こう言っていたはずだ。

 ――向こうの力を借りて、この世界を救って欲しい。

 そして、彼がはじめて口にした「愛している」の別れの言葉。あの年代の男が、その言葉を口にしたこと自体が重々しく心にのしかかる。でも、本当に魔法なるものが実在するなら、それが人類を救う鍵になるかもしれない。ヨウは、鼓動が高まるのを感じた。

 エリアスがヨウの目をのぞきこんで、いたわるように微笑んだ。「あなたが取り込んだトラクトが安定するまでしばらくかかるわ。今日はもう休んでちょうだい」

 永久に彼女の瞳の中をのぞいていたいところだったが、エリアスは間もなくトレンチの方に向き直った。

 そのトレンチが不平を言った。「俺も眠いですよ。今夜は3時交代にしましょうよ。ねぇ、カリカ」

 カリカは非情にも、こう宣告した。「決まりは決まりでしょ。あんたは夜明けまで頑張りなさいよ」

 「そんなー」

 「あの、わたしも寝ずの番しましょうか」

 エリアスの遠慮がちな申し出を、カリカが一刀両断した。「あんたも寝る! お嬢様にそんなことさせられないことは、当然ながら彼もわかっています。そうよね」

 「はいはい、そうですよ」トレンチが溜息まじりに答えた。

 ヨウが見ていると、カリカは剣を太腿に挟むようにして横になった。有難いことに、カリカの尋問は明日に延期のようだった。

 疲れきっていたヨウは、走り去る最後の妹の姿を思い出した。そして、魔法の秘密を地球に持ち帰って地球を救う英雄になるなどという心地よい夢想のうちに、いつしか眠りに落ちた。


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