□53 バッドエンド?
第一部 完
空にオレンジの虹がかかっていた。成層圏よりはるかに上空、宇宙に咲いた炎の柱だ。アルトゥリ・ムンディから逆流した恒星プラズマが、調子が悪かった準天頂衛星から吹き出したのだ。その近くに位置していた白い小さな月――つまり地球連邦のエンテレケイアシステムを搭載した巨大な船も、灼熱の電離水素にさらされた。その高温に直面すれば、この世に存在するどのような耐熱素材でも、お湯に触れた角砂糖と変わらない。
唐突に千華のシールドが消滅した。それと時を同じくして、天を覆う白熱の光輝も薄らいで消えた。そこに、ついさっきまであったはずの白月は、影も形もない。その光景を目撃した千華は、崩れ落ちるように、いきなり地面に両手をついた。土に汚れた両手を、はじめて見るかのように眺め、それから目を細めて、天の一角にあいた虚空を睨み――やがてガクガク震えだした。
サインは片手でひさしをつくり、天を仰ぎつつ助言した。「シールドを切れ、ニシミヤ青年。君の妹も聞くといい」
ヨウはうめいた。「いったい、何が――」
「うん? ああ、推測はできる。おそらく、アルトゥリ・ムンディの安全装置が働いたのだろう。でも、完全にじゃなかった。おそらく、故障していた極月のワームトランス・エネルギーのレシーブシステムから、余剰の恒星プラズマの一部が漏れてしまった。“漏れた”とはいえ、何しろ熱源が熱源だからな。修理のために近づいていた白月の軍艦も、巻き添えになってしまった。そんなところだろう。だとすると、白月からエネルギーを得ていた地球連邦軍は――」
サインが言いかけたことが、にわかに現実になった。近くでホバリングしていた地球連邦の白い航空機が石のように落下して、森の向こうで煙が上がった。いまこの瞬間も、5thEに存在する、地球連邦製のあらゆる機械装置が動力を失って、同じ目にあっていることだろう。
地面の草が焼け焦げて灰になっているシールドの境界線をまたいで、ヨウは千華の肩に手をかけた。
千華は肩を震わせて泣いていた。ヨウをふり仰いだ顔は、臆面もなくくしゃくしゃになっていた。「お、おにい、おにいぢゃん。消えちゃった、わたしたちの転移門が――4thEとの通路がなくなっちゃった」
その嘆きぶりには、どこか心を騒がす印象があった。ヨウが強張った顔で聞き返す。「転送門?」
「そう、転送門。ゲートシップ。ここの連中が“白月”って呼んでたデススター級軍艦よ。あれが消えちゃった」
「確かにもういないな。一瞬で蒸発したんでなければ、恒星プラズマを避けて、自分で4thEに脱出したんじゃないか、きっと」
千華は激しく否定した。「違うわよ! 転送門はそういうふうにはできていないんだから。あの門は、一つの平行宇宙に貫通したら、川にかかる橋のように固定されるのよ。もし、それが切断されたのだとしたら――もう行き来できないわ」
「地球連邦軍が4thE側から、またすぐに通路を開くんじゃないのか?」
ゆっくりと首を振る千華。「量子転換装置は、ある確率で他の宇宙と交差する孔を検出して、その孔を目に見える大きさまで拡大する装置なの。4thE 側からもう一度量子転換装置を動かしたとしても、この宇宙とふたたび交差する可能性は――低い」千華の声音が絶望の色を帯びる。
ヨウは鳥肌が立つのを感じた。「低いって、どのくらい低いんだ。なあ、千華」
「口にオートマチック拳銃つっこんで自殺を図ったら、ジャムって命拾いするくらいの確率」そんな微妙な例えでヨウを混乱させた妹は、ヨウの顔を見上げ、ぽろぽろ涙を零し呟いた。
「ねえお兄、どうしよう……わたしたち、この宇宙に島流しになっちゃった」
第一部 完
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