表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/53

□50 再会

 「千華・・・・・・」

 あの日、ヨウがこの世界に飛ばされてきたあの日――届かなかった手。いつしか、ヨウの目尻にも光るものがあった。シールドを消し、ヨウが震える指先を伸ばすと、千華が伸ばした指先と触れ合った。千華が驚くほどの腕力で抱きつく。

 「お兄ちゃあん!」

 「千華、お前・・・・・・生きてたのか」あの日、妹は生屍の群れに突っ込んでいった。あの状況からして、妹が無事だなどとは、まず考えられなかった。あの状況から生還するなど、常識的にあり得ない。

 ヨウの胸から顔を上げた千華は、小指で大粒の涙を拭い去って、「お兄ちゃんこそ、よく生きていたわね」と震える声でつぶやいた。昔のままの笑顔がまぶしくて、ヨウは言葉に詰まる。

 千華は首を傾げた。「あれ? そういえばお兄ちゃんもうすぐ還暦でしょ? ずいぶん若いじゃない」

 「いや……お前こそな」

 「わたし? ああそうね。23歳で不老化処置を受けたもの」

 「じゃあ、お前もやっぱり実年齢50代!?」

 妹はヨウのみぞおちを軽くパンチした。「うるさいわね!」

昔のままの妹だった。

 サインが不審そうに表情を曇らせ、千華の後ろに居心地悪そうに立っていた。エリアスとカリカも、身を寄せ合ってヨウを眺めている。

 「ニシミヤ青年? お兄ちゃんって・・・・・・もしかしてお前の――家族なのか?」とサイン。

 「そうよ」とヨウが答える前に、妹が生き生きと輝く顔で答えた。「西宮千華。西宮耀生の妹よ」

 「妹って・・・・・・じゃあ、ヨウの世界からあなたも?」

 エリアスに向かって、千華は遠慮とは無縁の口調で答えた。「もちろん出身は地球よ。でも、この5thE世界には、わたしの故郷から直接来たわけじゃないわ」

 エリアスは少し怯んだようにみじろぎした。「えっと、その、5thEというのは……」

 「はあ? 馬鹿ね。5番目の地球って意味に決まってんじゃない。わたしは故郷から平行世界伝いに4thEから“転移”してきたの」

 どうやらヨウが去ったあとの地球では、色々な変化があったらしい。ヨウは祈るような気持ちで妹に尋ねた。「フィデスどもはどうしたんだ? 地球は――」

 千華は手をぞんざいに振る。「ああ、あの血吸い連中なら、わたしたちの1stEからとっくに叩き出したわよ。その代わり、地球は放射能まみれクソまみれの泥玉になっちゃったけどね」

妹の口の悪さにたじろぐヨウ。それを、恐るべき勘の良さで察知した千華が言う。「今更この口は治らないわよ。それにわたし宇宙軍の異星技術将校だから、しょっぱい宇宙船で平行世界から平行世界へ飛び回ってるうちに、お口も***もすっかりお下品になっちゃたってわけ」

ククク、と笑う千華に、エリアスどころかカリカまでもが閉口していた。

 「あんたたちも悪かったわね。フィデスの航空機かと思って過剰防衛しちゃったみたい」千華は、「てへぺろっ」とアニメキャラじみた恣意的挙動で謝った。

 ヨウは遠くなる気を必死にたぐり寄せて、辛うじてコメントする。「千華、お前キャラ変わったなあ。その態度、適当過ぎだぞ」

 「ごめんお兄。でも、もう直らないと思うよ」と真顔で言い放つ。

 「終わったかー?」退避していた白月の航空機が、頃合良しと判断したのか、地上に舞い降りてくる。

 千華は身振りで降りて来い、と仲間に伝えた。

その隙に、サインはヨウに顔を寄せてたずねた。「お前の世界ではみんなあんなに凶暴なのか? それともお前たち兄妹だけの特質か?」

 千華があっけらかんと語ったところによると、千華は貴秀叔父さんの研究所であっさり生屍になってしまったそうだ。千華はのちに逆ソワー化技術が開発されたことで治療されたわけだが、多くの生屍は取り返しがつかないほど損傷していたために、そのまま廃棄されたという。千華は幸運だったのだ。

人類とフィデスの戦争は、ヨウがこちらの世界に飛ばされてからも激化の一途をたどり、ハイテクを駆使するフィデスに、人類は一時敗北寸前まで追い詰められたらしい。人類滅亡までのカウントダウンが刻まれていたそのとき、貴秀叔父さんもその一端を担っていた研究が実を結んで、2ndEと呼ばれるようになる平行世界に助けを求めたそうだ。そう、助けを求めたのだ。最初は。

 2ndEは、フィデスがいないことを除けば、戦前の地球とほぼ同じ歴史をたどった世界だった。フィデスとの厳しい戦いで傷つき、フィデスから奪ったテクノロジーで武装する残忍なハンターになっていた1stEの人類は、無邪気で温和な文明しか持たない2ndEを同盟相手とは見なさず、ただ相手が“弱い”という理由で侵略した。

首尾よく占領した2ndEの、豊富な資源を湯水のように使い、ついには1stEを完膚なきまでに破壊する形でフィデスを1stEの太陽系から追い払った。

やがて人類は地球連邦を組織し、全人類の統一を成し遂げた。そして極悪宇宙人フィデスとの立場が逆転した。人類は復讐のためにフィデスを追い、戦線を地球近傍から広大無辺の恒星間空間に移した。さらにはフィデスの量子テクノロジーに磨きをかけ、平行世界にまで戦線を拡大したのだった。

 次に訪れた平行世界3rdEでは、魔法のようなテクノロジーの高みで、ただ人類だけが突然死したかのうような無人の世界だった。自然豊かな美しい大地に遺跡が点在するだけの、無人の地球。3rdEに芽生え、滅びた超高度な文明の遺跡は、地球連邦の技術水準を飛躍的に高めてくれた。

4thEは、1stEと瓜二つの歴史を歩んだ世界だったが、西暦1962年に歴史が止まった死の世界だった。4thEでは、ケネディ大統領の命は太平洋戦争中に終わっていた。どうやら、ケネディの不在が巡り巡って、キューバの火薬庫を大爆発させた世界のようだった。

 人類はフィデスや3rdEから得たテクノロジーを素早く吸収し、果てしない宇宙と、それ以上に果てしない平行世界で、存分に暴れられるだけの知識と技術を吸収した。そして豊かな2ndEからは、豊富な資源と労働力をも手に入れたのだ。

今や人類はフィデスを追いつめ、奴らの母星を見つけ出し、大量破壊兵器で“消毒”することだけを生きがいにする復讐者になった。人類にはそれを実現するだけの技と力、そして動機がある。人類にとっての聖戦は、いまこの瞬間もで続いている。フィデスが後悔と恐怖をこめて、人類を“追跡者”と呼ぶようになったのも、故なきことではないのだった。

 こうしてヨウは、破滅に瀕していた故郷が、とっくに自分で自分を救っていたことを知った。ヨウが必死になって元の世界に駆けつける必要など、はじめからなかったのだ。また、ヨウが生まれ育った1stEの、ありとあらゆる価値あるものを捨てることで、フィデスに対して勝利を手にしたことも知った。美しい故郷は、今や記憶の琥珀に閉じ込められた、セピア色の歴史に成り果てているのだった。

 ヨウは喉を詰まらせて言った。「そっかー、僕ら人類が勝手に勝っちゃってたか。あれなんでだろ、はは、涙で前が見えないや」

 「お兄もこんな世界でよく生き抜いてきたわね」千華は望外の幸運に陶然とした表情で、ヨウに語った。「わたし、生屍から人間に戻れたとき、自分の体を見て泣きに泣いたわ。一時は死のうとまでしたのよ。でも、ちょうどその頃に平行世界への扉が開いた。わたし、こう考えたの。どこかの平行世界できっと、お兄は生きていると。そう、信じてた。信じるしかなかった。だからいくつもの世界を超えて、お兄を探し続けたの」

 「千華……」昔の思い出が、場違いにもヨウの脳裏を去来する。「お兄と同じ高校に行く!」と宣言して、受験勉強に打ち込んでいた妹。夜遅くまで、妹の部屋からは明りが漏れていた。

 千華は遠くを見るような目付きで語った。「あの時代は辛かったの。本当に辛かったのよ。食べ物も着る物もなくて――雲に閉ざされた夜空には、星一つ輝いていなかった。真暗な空からドライアイスの雪が降りしきる夜にも、わたしには――そう、お兄ちゃんが残ってた。あの、希望すら凍りつくような夜にも」祈るように両手を組み、千華は切なくヨウをみつめた。「わかっていたの、お兄がわたしを待っているって」

 「僕も、いつもお前のことを考えていたよ。早く助けに行けないのを悔やんでた」

 千華はヨウの目を見て、優しく微笑んだ。そこには、かつての妹の面影が確かに生きていた。千華は自分の頬を両手で叩いて、湿っぽい感傷から身を引き剥がした。「今回のミッションはスリミアのタップをこじあけるまで。あのエネルギーがあれば、5thEの開発もどーんと進むわ。そしたらわたし、まとめて休暇をとるから、わたしの“家族”に会ってよ。きっと驚くわよ」

 「そうか、ひょっとしてお前、結婚したの?」 

 千華は首を振る。「してないわよ」

 「でも“家族”って・・・・・・」

 妹はかわいらしく「秘密(はーと)」とはぐらかした。「2ndEのオーストラリア東海岸に家があるの。いいところよ、あの世界は。まあ、誰も彼も軟弱なのが玉に瑕だけどね。信じられる? わたしたちが2ndEにお邪魔したとき――確か2013年だったかしらね。中国が日本を追い抜いて世界第2位の経済大国になってたのよ。アハハ、冗談ポイですよ。あ、これ最近、艦隊で流行ってる言い回しなの。使ってみて」

 「ふうん、中国がね。おかしな世界もあるもんだな」そのとき、ふと重大な問題を思い出した。「そうだ、お前に知らせておかないと。聖歴3767年に、極月って衛星が地上に落ち――」

 ヨウに全部言わせず、千華は話の腰を折った。「あの衛星なら気にしないで。いまウチの宇宙軍工兵がそいつを修理しているところだから。ニュースによると、あの衛星の不調はタップのせいじゃなくて、衛星内部のワームトランス機構の老朽化が問題らしいわよ」

 まあ、あの準天頂衛星の軌道高度維持機能が修理できそうになければ、公転軌道にポイしちゃえばいいんだから。そう事もなげに言い放つ千華は、そんな些細なことなど、どうでもいいと思っているようだった。

 「そうだったのか? アルトゥリ・ムンディ側の問題じゃなかったんだ・・・・・・じゃあさ、テクサカがこれまで1世紀以上してきたことって・・・・・・」  

 「はい?」首をかしげる千華。

 「ああ、いや、なんでもない」

 千華は何か興味深い諧謔でも発見したかのように笑みをみせた。そして、「何の話だか見えてこないけど、ま人生そんなもんよね」と悟ったような台詞を口にした。その言葉に、ヨウは苦笑いで応じる他ない。

 サインはというと、いまや自らに課してきた過酷な使命から解放されて、ぼんやりと虚ろな表情を浮かべて――頬に涙を流していた。

 「あの衛星の始末がついた後になるけど、わたし来月には2ndE行きの連絡船で家に帰るから、一緒についてきてよ。もしそれに間に合わなくても、これから平行宇宙じゅうから、地球連邦の軍艦が大挙してここにやってくるから、軍の連絡艦で帰る機会はいくらでもあるし。一緒に来てくれるでしょ?」

 ヨウは頬の内側を噛んだ。

千華の表情が若干曇る。「どうしたの?」

 「……これから、この世界はどうなってしまうか知っているのか?」

 「うん、まあ。公式工程表だと、来年早々には5thE艦隊が新たに編成されて、シリウス-くじら座タウ方面に最初の報復艦隊が5thE太陽系から出発するわ。フィデスの痕跡を探しにね。この世界は宇宙軍の寄港地として整備されるでしょうね。このシケた地球にはめぼしい資源もないようだし。タップはそれなりに役立つでしょうけど。ああ、大丈夫心配しないで。汚染が酷い工場なんかは、ほとんど軌道上に建設するから――たぶん」

 「そうか……帝国とテクサカはどうなる?」

 心配顔の兄に、千華はフォロー試みた。「大丈夫だって。地球連邦もローカル国家の文化にまでは手を出さないから。欲しいのは専ら人的資源と軍事協力なの。まあ、連邦税と戦時特別税はもってかれるけど、これからわたしたちが恵んでやるテクノロジーの恩恵に比べたら、屁みたいなもんよ。他には――デメリットといえば、学校で事あるごとに連邦国家を歌わされることくらいね。The Earth Federation which extends over the many world! ってやつ」

 ヨウは呆れた。「徴税権を奪われて、基地を設営されて、人的資源まで好き勝手に利用されるって……これ以上ないくらい完璧属国じゃん」

 サインやエリアスも聞いているというのに、よくも言えたものだった。ヨウの知っている、活発だけど優しかった妹はどこにいってしまったのだろうか。「地球連邦とやらは、血も涙もないように聞こえるな。国も、その国民も――」

 千華は困った表情をする。「あらら。ああ、そうか、お兄はあの地獄ライクな時代を経験してないからね――軟弱にもなるのかな。わかった、兄妹のよしみよ、正直に言うわ。オフレコでお願い。ええとね、惑星ローカルの国家は、いちおう帰属投票をしてから、わたしたち地球連邦に統合するわよ。連邦法によると、建前上は住民投票が必要なんですって。なに、そんなこと気にしてるの、ひょっとして。ついでに言うと、月のいくつかは軍が接収して、デススター級軍艦に改造するはずよ」

 「月を?」

 「そうそう。熱月とか空月とか、現地人が呼んでるアレよ。あんだけの鉄の塊がおあつらえ向きに軌道上にあるんだもの。利用しないとモッタイナァイ!」千華は妙なアクセントで叫んだ。

 エリアスとカリカが腰を浮かした。「ちょっと待ってください! 13の月はエンテレケイアに必要なものなのですよ? そのような無法を働けば、わたしたち魔術師は、もう魔法を使えなくなってしまいます」

 千華は蔑むような視線を彼女たちに向けた。「全ては、地球連邦が聖なる大義を成し遂げるため。フィデスどもを全ての宇宙から抹殺するのを邪魔はさせないわ。嫌なら、あなたたちも滅びなさい」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ