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□48 ヒューマノイド

 自分がサンドイッチの具になった気分を味わうハメになる日が来るとは夢にも思わなかった。身体に合わせて伸び縮みする座席の隙間から這い出し、ヨウは斜めに傾いた床の上に腰を下ろした。そして、帝国外交官がどうなってしまったのかを確認して――後悔した。後方の壁に広がった赤黒い染みは、強いて見なかったことにする。あんな加速度で壁に叩きつけられたら、瞬間的にジャムになってしまう。

 膝をついて、エリアスたちの方に這い寄る。そしてカリカの振り乱された髪をかきあげ、彼女が無事なことを確認した。とはいえ、外見的に無事でも安心はできない、とヨウは思った。あれほど急激なGがかかった場合、どこで内出血が起きていてもおかしくないからだ。最も恐ろしいのは、その出血が脳血管で生じた場合だ。

 エリアスが意識を回復したのは、彼女を床にそっと寝かせた直後だった。「いたい、首が・・・・・・うう」うなじを押え、エリアスが寝言のような言葉を発した。心配のあまり泣きそうになっていたヨウにとっては、それはどんな言葉よりも甘美なものだった。「まだ動かないでください。じっとして」

 エリアスの視線がヨウの上で定まって、パチパチと瞬きして、不思議そうに周囲を確認した。「あっ」彼女は壁際の床に転がった外交官を発見し、ヨウの腕をとっさにつかんだ。すぐにエリアスの握力が緩み、こう言った。「そうでした。ここは使い龍の中……」

 「よかった、記憶もはっきりしてますね」

 「もう飛んでいないのね」

 「墜落しちゃいましたね」カーゴルームの四隅が割れ、心なしか歪んだ室内を眺めて、ヨウは笑った。死が肌をかすって去っていったときに笑うなどおかしな話だが、抑えられなかった。

 次いで、カリカが小さな叫び声と共に目覚め、ヨウとエリアスが笑っているのに目をとめた。カリカは意味がわからずに首をひねり、首の痛みに悪態をついた。

 そのとき、室内の照明がふっと赤に変わり、人を急き立てるような、緊張を孕んだ人工音声が室内に響いた。

「警告。本機から直ちに離れてください。警告――」機体の壁が軋みながら開き、草と土の香りがどっと機内に流れ込む。漏れ入る陽光は、外がまだ早朝であることを教えていた。大破した機首からも光が漏れている。

 カリカが床を器用に滑り、サインの座席に手をかけて止まった。座席の中をのぞき込み、ヨウに視線で助けを求めた。「気を失っている」そして座席の隙間から滴る赤い液体に目をとめる。「まずいな」

 サインの体内のインターフェースがヨウのと同じものだとしたら、インプラントが速攻で覚醒を促しているはずだ。それなのに目覚めないということは、危険な状態なのかもしれない。

彼女を座席から引きずり出そうにも、どこにもそれらしいレバーがない。しばらく探しまわって、ようやくインターフェースでアエロプのAIに命じることを思いついた。サインの座席が緩むのを見て、ヨウはほっとした。カリカと協力してサインを引っ張る。

 「ううん・・・・・・」サインのうめき。

 いくらかほっとして、カリカと視線を交わす。「せーのっ」

 ずるり、とサインが床に落ちる。アエロプの墜落時に破片がかすったのか、むき出しのふとももに傷を負っていた。

 カリカがサインの傷口に直接触れないように注意しながら、血を流す裂け目を開くようにして探り、傷の奥に破片が突き刺さってないことを見て取った。「何も残ってない」

 ヨウは目を細めた。「破片がかすったのかもしれない。にしても、痛そうだなこれ」

 「警告。本機から直ちに離れてください。警告――」執拗に繰り返される警告。

 「ああうるさい。ヨウ、そっちを持ってもらえる? エリアスは右手ね。外に運び出そう」

 お姫様抱っこなど到底無茶としか思えない、重量たっぷりの体を引きずり、機体の外に運び出した。

 「重っ、超重っ」

 「そう重い重い言うなよ・・・・・・」たしなめるカリカ。

 「まあいいじゃん気を失ってるし。しかし、いくらデカ女だからって重すぎだろ」

 カリカはひきつった苦笑いを浮かべた。因みにカリカも大柄な方だ。

 そのとき、ヨウの手首ががっしりとつかまれた。

 「――重くて悪かったな」

 「ひぃっ」ヨウは青ざめる。「ち、違うんです、誤解です。カリカが――」

 「をい……」とカリカ。

 サインは立ち上がろうとして顔をしかめた。足の傷を軽く点検して大した損傷ではないことを見て取ると、あとは体に備わったリペアー機序に任せてしまう。サインの表情は穏やかだ。インプラントに命じたのだろう、もう痛みを感じていないようだった。

 一通りの手を打つと、サインはヨウと向き合った。「本来ならテクサカ某所の、人間1人がやっと入れる大きさの懲罰房で、伝統の“立刑”を味わってもらいたいところだけど――緊急事態だから後にする。逃げるわよ」

 ヨウはおずおずとたずねた。「立刑ってなんですか……」

 「白月が追ってきている。これはその警報だ。あの森まで走るぞ」とサインが密に茂る森を指差す。

 「あの、立刑って……」

 ヨウの問いを無視し、サインは足が傷ついているとは思えない速さで雑草だらけの荒野を走った。競歩ほどのスピードで森の端にたどり着いた頃、セレリタスのエルモから通信が入った。

 (やっと繋がった。隠れているか? アエロプの着陸地点付近に飛行物体が着陸した。なんだって?)

 (エルモ、正確な位置はわかる?)

 (わからん。降下途中で見失った。集合知性の推定だと、すぐ近くに白月がいる。気をつけてくれ)

 サインの肩に軽く手を置いたのは、ヨウだった。

 「なに? いまエルモと通信――」

 ヨウは黙って人差し指を立て、耳を澄ます素振りをみせた。強く弱く、耳鳴りのように響く音。それは、消音の気遣いをしていないアエロプのエンジンが放つ轟音に似ていた。

 「白月の航空機だ」サインが苦虫を噛み潰した表情で断言した。

 大破したアエロプの方にヨウが視線を向けると、光学迷彩では消せない、エンジンの赤外線をインターフェースが捉えた。白月の航空機が残骸を調べに来たのだ。

サインとヨウは、インターフェースの望遠機能を使って、かなり離れていてもその様子が手に取るようにわかった。

 全員が息をつめて見守るなか、地面の草が焦げ、何か大きな物体が着陸したことが察せられた。やがてアエロプの残骸が滲んだように歪み、そこに人の形が現れた。すぐに2人目も出現する。それは最初のより一回り小柄だった。

 「あれが白月? ずんぐりして、頭がやけに大きいですね」ヨウがささやく。

 「ヘルメットでしょ。与圧服なのよ」とサインが短く返した。 

 白月は、大きな白い頭部を揺らしてアエロプの残骸に足を踏み入れていった。



 アエロプの残骸に白月が侵入した。彼らが機体に残された死体を見れば、すぐにそれが帝国人の骸だと見抜き、他の乗員が逃げたことを悟るだろう。

 ヨウはサインにアエロプを遠隔で爆破できないのか聞いてみた。

 「結論から言うとできるけど――」サインはアエロプとの距離を目測して、「――無理ね」と断る。

 「今なら僕たちを襲った白月に、一泡吹かせられますよ」

 「それはそうだけど、爆発威力が予想以上に大きいかもしれないの。ワームトランス・デバイスを暴走させたら、わたしたちだってタダじゃすまないかもしれないってこと。白月を道連れに蒸発したいの?」

 「・・・・・・じゃあ止めときましょうか」弱気になったヨウが、あっさり穏健策に傾く。

 「でも閉じ込めることはできる」サインがインターフェースに何事か命じた。残骸のような姿になり果てても、アエロプは忠実に命令を受領し、カーゴルーム側面の開口部が速やかに閉じる。

白月の航空機が、驚きの余りかは定かではないが、光学迷彩の隠れ蓑からおもむろに姿を現した。そして、ホバリングしながら、慎重にアエロブからいくらか離れた位置まで移動する。エリアスとカリカがいっそう頭を低くして草木の間に隠れた。ヨウも同様、木漏れ日から離れ、影に潜んで行方を見守る。

その航空機の、白を基調とした清潔感がある色づかいと、流れるように優美なフォルムを、ヨウは美しいと思った。機体のところどころに滲む汚れは、日ごろからの酷使をうかがわせた。

 サインは、一瞬の沈黙の後に、ヨウの心配を煽る事実を披露した。「いま調べたけど、あんな形式の航空機、やっぱり既知のリストにないわね。セレリタスの集合知性も、白月の航空機がわたしたちの文明の産物ではないと結論付けたみたい」

 「ってことは異星人ですか?」

 「いいえ、あの与圧服を見たでしょ? 4本の肢と頭を持つ、わたしたち人間と共通した基本的フォルムを有する点から、奴らが異星人だという可能性は低い。少なくとも、人類の血縁につながる連中のはず。わたしたちはいくつかの恒星系で顕微鏡レベル以上まで進化した生物を発見したけど、一つとして見慣れた形の種はいなかった」

 「じゃああいつらは・・・・・・」

 「たぶん・・・・・・いや、わからない。とりあえず、連中はしばらく外に出てこられない。今のうちに移動しよう」サインが先頭に立ち、森の奥へと進路をとった。

 森の中では下生えが邪魔になっているせいで、驚くほど距離をかせぐことができなかった。歩き続けて3時間あまり、近くで小さな滝が落ちる、川のほとりに到着した。誰も口をきかないが、ここで休憩すべきだということは、暗黙のうちに全員がわかっていた。大きな一枚岩の上に腰掛け、ヨウは高く上った太陽を見上げた。白月に探知される恐れがあるから、魔術の使用は一切厳禁。煮炊きの火を点けることすら満足にできない。川の水で喉を潤し、ヨウはサインに中断した話の続きを求めた。

 「そう、奴らは人間。少なくともヒューマノイドに分類されることは間違いない」サインも疲れているのか、口調はいつも以上にぶっきらぼうだった。「あの連中は、私たちみたいな恒星間探検隊の生き残りかもしれないと思っていた。通信で接触しようともしたのだが、彼らは昔からの決まった符丁に返信してこなかった。ひょっとすると、彼らは私たちの時代よりも後の時代の探検隊なのかもしれないと、淡い期待を抱きもした。それなら、通信方式や符丁が異なってもおかしくは・・・・・・ああ、わかっている、そんなことあり得ないと。数世紀ものスパンで実行される恒星間探検事業において、共通の通信基盤を放棄するなんて考えられないからな」サインは続けた。「じゃあ、連中は何だ? ひょっとすると、母星を見物に来たどこか遠くの植民星の子孫? それならいきなり核攻撃で御先祖様の出身地を爆撃したりするものか? ――いよいよ信じがたいことだけど、セレリタスの集合知性の言うとおりなのかもしれない」

 サインはヨウの目を見つめた。「ヨウ、彼らはお前の――」

 轟ッ。すさまじい衝撃が走り、苦痛をこらえて爆風に叩かれた体を起こすと、頭上を圧するように白い航空機が浮かんでいた。


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