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□46 工業化

 ヨウたちは、スリミアに至る街道上の街、帝国都市同盟所属ウルビス・フルメントム市に来ていた。

 城下町と違い、シンプルで共通した法律で守られた都市同盟は自由な空気がある。例え怪しげな余所者だろうと、何の文句もなくサービスを提供してくれる自由放任主義の街。

 その自由さ加減は、自己責任の厳しい伝統をも物語っている。街壁を見れば明らかだ。街壁の縁には点々と物干し竿のような鉄の枝が生えて、支払いに窮した者がどのような仕打ちを受けることになるかを暗示していた。

 浅い堀に渡された跳ね上げ橋の脇に、入市税を徴収する関所があった。市内で商品を扱う者は、入市税の支払い領収書が発行される。もし商売をしていて、市 内を巡回する徴税請負人に領収書を提示できなければ、その商人にどのような運命が待ち受けるのかは、知らない方が良いだろう。

 ウルビス・フルメントム市に至る街道にて、シレノス系魔術のアネステジアを罪のない旅人に食らわし、うまい具合に移動許可証をゲットしていた。

 新しい名前と出身領地、そして目的地を答えた三人は市内に足を踏み入れた。

 


 市中心部まで真っ直ぐ続く通りは、雑踏が生み出す土ぼこりで霞んでいた。いや、霞の原因はそれだけではない。市内のあちこちから立ち上る黒煙もその原因だった。

 ヨウは地面に落ちた、黒々とした艶やかな切断面をみせる石に気がついた。

 ――石炭だ。

 帝国内から炭鉱が掘られたのだろうか。広大なアクターボのどこかに、未活用の広大な泥炭層があっても驚くほどのことではない。

 鉄を叩く音、鉄骨を積んだ荷車の行き交う交差点、そして建設中の鉄とレンガの巨大な塔。

 エリアスは、空白の40年で街に生じた大きな変化を察知していた。

 「ガラスがこんなに使われてるなんて信じられない」

 そうだった。街の民家の窓には透明なガラスがはめこまれ、お洒落な感じの店先は大きなショーウィンドウから中が見渡せるようになっている。

 ヨウはガラスに顔を近づけ、板ガラスの内部に気泡があまり含まれていないことを確認した。

 「これは圧延された板ガラスだ」

 蒸気動力の圧延機で量産されたガラスなのだろう。

 変化はそれだけではない。街の板張りの家屋に使われている板材は、人間がかんなで削ったにしては余りに平滑で、その上に純白のペンキが塗られている。

 田舎者のようにキョロキョロしながら通りを進むうち、西の空はすっかり黄金色に染まった。宿屋の入り口に掲げられた大きな炭素灯が、ぶうんと音をたててまばゆい光を放つ頃には、エリアスは屋台で買い込んだ大量の商品を抱えて疲れきっていた。

 「今日はここで休みましょうか」

 「そうですね」

 壁に書かれた宿屋の料金メニューは、40年前には考えられなかったような数字を当然のように記している。

 「6000セツルか。ずいぶん高くなったもんだね」

 カリカが呆れたように言う。

 「さっき屋台で売ってた“季節野菜とチーズのカリカリコーン包みウィズ全部乗せトッピング”なんか2800セツルもしたわよ」

 「あんたなに買ってんだよ」

 「だって物価の調査もしたいから・・・・・・」

 「完全に私欲のままに行動してるようにしか見えないな」

 エリアスは、えへへと笑った。

 なんだか、そうやって若い外見にふさわしい軽薄な行動を楽しんでいるようだった。不死だった頃にできなかったことを、いままとめて取り返そうとでもいうように、エリアスは華やいでいた。

 「まあいいけど。お金はあるし」

 サインから偽造帝国通貨を金貨でたんまり頂いていたから、しばらくお金に困ることはない。

 ヨウはカウンターに近づき、揉み手でニコニコしているオヤジに言った。

 「一番いい部屋を頼む」

 「ありがとうございます! お客様のお美しいお連れ様もご一緒で?」

 「彼女たち二人にもツインの部屋を」

 「承知致しました」

 慇懃に礼を述べ、なんやかやと煩く聞いてくる支配人を追い払うと、宿の部屋を眺めた。

 きれいな壁紙に包まれ、白いシーツに覆われたベッド。

 純白のシーツは苛性ソーダや次亜塩素酸による漂白を、壁紙が貼れるような板材は、機械動力による製材所が消費社会を裏方から支えていることを示していた。

 窓の外には、ヨウが残したメモ書きが変えてしまった世界が広がっていた。

 その変貌の量的規模と裾野の広がりに驚きを覚えた。

 原始的な炭素灯のまばゆい輝きが、夜の通りを明るく照らしている。眼下を行き交う人々が遮った真っ白な光は、人々から伸びる影をくっきりと際立たせていた。

 

 夕食まではまだ間がある。この世界の不満の一つは温泉がないことなのだが、それを補おうとするように、酒場だけは充実している。

 この酒場も40年前とは若干変化が訪れていた。

 透明な酒が増えている。ひと口なめてみて、これら新しい種類の液体が蒸留酒だということははっきりした。

 蒸留酒はアルコール度数は高いが、製造にコストがかかる。金属製の蒸留器や凝縮器はとても

高価だし、熱源も必要だ。だが、ふんだんに鋼鉄を利用できるならどうだろう? アルコール度数が高い酒を庶民が飲めるのは、ベッセマー転炉の遠い波及効果の例だった。

 ヨウたちが上機嫌で妙な雑味のある蒸留酒をたしなんでいると、夜が深まると共に酒場の人も増えてきた。

 何か違和感があるのか、ヨウたち一行はこの空間で浮いていたから三人だけでテーブルを独占していた。が、やがて数人の商人風の男たちが酒場を見回しヨウたちのテーブルに近づいてきた。

 義理で聞いているのは明らかだったが、相席よろしいですかねと一応声をかけて、男たちが席につく。

 「ゴライアスの香味焙煎リッパーひとつ、あとは、とりあえずアグアビット人数分」

 しばらくしてやってきたゴライアスの香味焙煎リッパーとやらは、ケンタッキーフライドチキンのカリッと揚げられた皮の部分だけ集めたような酒のつまみだった。

 それを目撃したカリカが、同じものを注文した。

 これの美味いのなんの。地球に持って帰って売り出したら一財産築けそうな味だった。

 カリカとヨウがつまみをモリモリ食べていると、商人風の男たちが話しかけてきた。

 「両手に花でうらやましいねえ、兄ちゃん。この街に住んでるのかい?」

 ヨウはとりあえずの設定である「北部タイルからスリミア見物の旅の途中」という作り話を男に聞かせた。

 「このキナくさい時期に旅行とはねえ。俺たち商人だって渋々出歩いてるっていうのに。聞いたかい、ウルビス・フルメントムの東方街道で商人が襲われて移動許可証だけ奪われたらしいよ」

 男はヨウたちが年下だと思ったのか、親しげに喋る。

 「ふーん、そうなんですか」

 「このところ街道沿いの兵隊さんがすっかりいなくなったから、君たちも盗賊には気をつけるんだね」

 「兵隊はどうしたんですか?」

 「ええっ、どうしたって、そりゃ天人が帰ってきたから出払ってるに決まってるでしょうが。昔々の神話だと思ってた連中が、今更当然のようにこの地上に降りてくるなんて、まったくこれからどうなっちまうのか」

 三人は目配せし合った。

 「その天人について、みんな何て噂してるか知っていますか?」

 


 「・・・・・・ってなわけで、皇帝陛下が天人の要求を断った腹いせに、連中はでっかい火の玉であの辺りを焼いちまったって寸法なわけ」

 こちらが奢るタダ酒を両手に持ち、商人の男から話を聞きだした。

 男の一人は、エリアスに「罰ゲェェーム! “イケない”って先頭につけて何か言ってみて」などとセクハラの挙に出ている。カリカにつかまった方の商人は、エリアスの方に絡みたいのに絡めずに、うらめしそうな表情だ。

 そんなこんなで聞き出した話によると、帝国では“天人”と呼ばれている白月の連中は、奇妙ないでたちではあるが人間の姿をしていたらしい。そして、空から降り立つと、真っ直ぐ皇帝の居城に侵入したそうだ。恐ろしい魔術を使って衛兵を寄せ付けず、皇帝に直談判した。

 天人と手を結び、帝国に軍事基地を設営させてほしいと。そして、食料や基地労務者の提供を要求した。

 当然ながら、怪しい連中の無礼な要求は拒否されたらしい。

 噂だがね、と前置きして、商人が更に語ったところによると、こんなやりとりがあったようだ。

 「我々の要求を拒否なさるのは、あなた方とは懸絶した力を見てからでも遅くはないでしょう。皇帝、あちらを」

 そのように皇帝に指図した直後、指差した窓の外がパッと輝き、地平線にかかる雲が数秒間、白々と照らされた。

 「回答期限は一週間。その間に意思統一して我々の要求に自ら従うか、強制的に従わされるか決めて頂たい」

 天人たちはそのように言い放つと、来た時と同じように旋風のように去っていった。

 その出来事があったのは、今から6日前のことらしい。

 「つまり、明日が回答期限ですか」

 「そういうことになるね」

 事もなげに核攻撃してくるような敵を相手に、せいぜい19世紀レベルのテクノロジーしか持たない帝国が勝てるはずない。白月の足下にひれ伏すしか道はないだろう。

 それとも・・・・・・。

 考えていたそのとき、テーブルの木目に焦点を合わせていたヨウの視野に着信イメージが点灯した。インターフェース経由で送られてきたメッセージだ。

 サインからだった。

 ヨウは音声モードで通話を選択した。

 サーッというホワイトノイズの奥から、サインのやや低く深みのある声が流れ出た。

 「ニシミヤ青年、聞こえる?」

 地球からファンタジー世界に流されて以来、久しぶりの通話だった。もっとも、携帯電話のような原始的なデバイスを用いない、脳内通話なのだが。

 脳内通話は考えたことが発信されるから、余計な雑念が混ざらないようにするには若干のコツが必要だった。

 「こちらニシミヤ青年です」

 緊張してヨウは返答する。

 「あら、緊張してるの?」

 まるで写真を撮られたら魂を抜かれると思い込む田舎者と皮肉られた気がして、かすかに赤面する。

 「そんなことないですっ」

 「まあいいわ。それより、何かわたしに報告することがあるなら、いまこの場で手短に報告してちょうだい」

 「はい」

 ヨウは、今さっきまで商人から聞きだしていたことをかいつまんでサインに伝えた。

 「・・・・・・なるほど、天人ね。――実は、こっちがちょっと面白いことになってるから連絡しようと思ったのよ」

 サインは効果的に言葉を区切って、ヨウの期待を高めた。

 「――帝国の使者が来ててね、どうも同盟を結びたいんだって」


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