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□44 白月

 ヨウは率直に質問した。「帝国は、もうテクサカに対抗する知識と力を手に入れています。パンドラの箱から飛び出したものは、もう戻りません。サインさん、本当は僕を何のために起こしたんですか?」

 「いい質問だな。実はお前の治療そのものは数年前に終わっていた。今回お前たちを起こしたのは、別の危機が迫っているからだ」サインは指を空に向けた。3人はつられて空を見上げた。

 エリアスとカリカが同時にあえぎ声をもらした。

 ヨウには、かつてと何も変わらない空に見えた。「どこか変わったところがある?」

 カリカは厳しい表情でヨウに向き直った。「月が1個増えてる」

 「月が? そういえば1個多いね」

 ヨウは他人事のように納得した。でも、実際問題、目に見えるくらい大きな衛星がどこからともなく現れるなど、異常事態に違いない。エリアスたちの驚きは当然だろう。それに、新しい小さな月が白く輝くのを仰ぎ見るサインの様子は、どこか哀しげだった。いや、哀しみだけではない。サインの瞳は、羨望するような光を湛えているように思えた。

 「あの白い球状物体が現れたのは、ひと月ほど前のことだ。どうやら、軌道上に――」軌道上と言ったとき、サインの表情が僅かに歪んだ。「お客さんがいるらしい。しかもわたしたちの月にも手出ししてるようだ。セレリタスのセンサーでわかったのはそこまでだ。ああ、セレリタスというのは、わたしたちの船の名前だ」サインは背後でこんもりとした丘になっている地形を指さした。地中に埋もれた、恒星船セレリタス。船体の一部は地上に突き出し、半ば溶け落ちた様子は魔王の住処にぴったりの陰気なたたずまいだ。

 「新しい月を持ってきたのは――神なのでしょうか?」エリアスの問いにサインが答える。

 サインは首を振った。「少なくとも神様ではないだろうな。正体はまだわからん。我々のような遠宇宙探検隊の生き残りならば、何十年も前から逆噴射する恒星船の輝きを観測できただろうが、セレリタスのセンサーは逆噴射炎を探知できなかった」

 「急に天空に現れたのなら、なおさらオムニ神が遣わしたと考えられませんか?」

 ヨウは事もなげに迷信を切り捨てた。「んなわけないですって。帝国人が神と仰いできた月は、どれもただの機械だし。新しい月も機械に違いないですよ」

 サインが首肯する。「そうだな。帝国が恐れる邪神アイは、つまりは、とうに滅びた文明に仕えていた人工知能が伝説になり、やがて寓話化したものに過ぎない」

古代の人類にかしずいていた忠実なAIマシンたち。それらがどうして人類文明を道連れに自殺――アポトーシスしたのかは、サインにも謎だった。「私たちはあの白月の連中が何者なのか、相手の出方を観察していたわけだ。先日、動きがあった」

 「通信があったんですか?」

 「いいや、もっとダイレクトだった。オムニ帝国の首都、スリミアに軌道上から飛行物体が舞い降りた。わたしたちは大気高層からあれを探知し追跡していたが、手出しのしようがなかった」

 「ははあ、ファースト・コンタクトってわけですね」ヨウの記憶にある、フィデスと人類のそれは、地球人類にとって不幸のはじまりでしかなかった。そんな先入観からだろうか、ヨウには、帝国と白月の接触が不吉なことのように感じられた。

 サインは大きな溜息を吐く。「どうやら白月の連中は友好的なビジターではないな。昨日のことになるが、センサーが電磁バーストと地震波を捉えた。おそらく――帝国領内への核攻撃だろう」

 絶句するヨウを、エリアスたちが不思議そうに見ていた。

 「核攻撃? まさか。帝国は白月が何者にせよ、手も足も出ないはずなのに……」

 「わかったのは、連中がおそろしく手荒な連中だってことね」サインの鋭い視線が、ヨウに突き刺さった。「ニシミヤ青年――お前は白月の連中の見当がつかないか?」

 「まさか。そんな凶悪な知り合いなんていませんよ」

 「そうかな? 船の集団知性がおもしろい主張をしているぞ。白月が交わす通信の断片を解析したところ、お前との関連性を指摘してきた。特に、お前の元々の言語との相関性は、集合知性いわく“偶然性の一般的閾値を超えている”そうだ。まあ、わたしもよく意味はわからんのだが」

 「僕の言葉と……どういうことなんでしょうか?」ヨウは首をひねった。

 サインは難しい顔だ。「さあ。情報不足だからね。そこでだ、お前たち3人で帝国の様子を探ってきてもえないか」

 エリアスが最初に賛意を示した。「わたし、帝国がどうなっているか、この目で見てみたい」

 ヨウも大きく変わっただろう帝国の様子が見てみたかった。

 カリカが遠慮がちに参加表明する。「じゃあ、あたしも」

 サインは愁眉を開いた。「承知してくれるな。40年の空白のおかげで、お前たちの顔を覚えている者など、まずいないだろう。理想的な密偵だ」

 「でも、テクサカには亡命者がいるでしょう。彼らの方が安全なんじゃあ・・・・・・」とヨウ。

 「最近少なくてね。それに、亡命者は基本的に、帝国に追われる立場だ。手配書が出回っている可能性もある」とサイン。

 「なるほど」

 「時間が足りない。お前たちは速やかに白月の連中が何者なのか、オムニ帝国に接触した理由は何かを探れ。そして、連中はスリミアにある大神殿――」サインは表情を確認するかのように、ゆっくりとヨウたち全員を見た。「――アルトゥリ・ムンディの機能に気付いているのか。それが問題だ」

 ヨウが咳払いをする。「ところで、何度か聞いた覚えがあるんですが・・・・・・そのアルトゥリ・ムンディってのは何です?」

 「スリミアの地下に眠るポンコツの機械。私たちの悩みの種。ああ、まだそこんとこ教えてなかったな。あんたたちもまだニシミヤ青年に教えてないの?」

 「はい魔王様、その機会に恵まれませんでした」とエリアスが答えた。

 「そう。じゃあ私は教えない。彼女たちに教えてもらいなさいなさいな、ニシミヤ青年」

 「はあ――」とあいまいに返事をするヨウ。

 サインは、用は済んだとばかりにさっさと背中を向けて歩み去る。かと思えばいきなり立ち止まる。「あ、そうだ、ニシミヤ青年。お前の体内にインプラント埋めこでおいたから、使えるようにしといてね」

 「えっ!?」眠っている間になんか変なものを体に埋め込まれたと聞かされるのは、心臓に悪かった。「なんですかそれ、勝手に僕の身体をいじらないでくださいよ」

 「いいじゃない、どうせミンチ状だったんだしさ。わたしのと同じ世代の、ちょっとばかり古いタイプの標準デバイスだけど、十分使える」

 「そんなあ。大丈夫なんですか、僕」ヨウは頭のてっぺんから奇怪なアンテナでも生えているのではないかという、いささか妄想めいた懼れにかられて、自分の頭を撫で回した。

 「大丈夫、見た目は前と変わらないから。まあ、後でじっくり使い方を学びなさい」こう言い放ち、今度は本当に振り返りもせずにサインは去っていった。

 こうしてヨウたちは、帝国首都に赴くことになった。


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