□27 両軍対峙
フェニックス・ブラッド・デラーが総司令官を務めるオムニ氏族連合帝国侵攻軍は、先行する斥候からの報告により、敵軍が迫っていることを知った。フェニックスは全軍を、ゆるやかな丘陵がつらなる平野に集結させ、敵の到着を待った。先例によれば、敵はかならずや正面からの突撃を図るはずだった。
敵の猛烈な突撃の勢いを、少しでも削ぐために防柵や堀の掘削に着手すべきだったが、事はフェニックスの思惑通りには進まなかった。フェニックス子飼いの部下たちは戦功に焦り、独断専行をはじめたのだ。かつての彼がそうであったように。追随者が崇拝者に似るのは当然だろう。そのため、部下たちは防柵造りのような消極策に、僅かの労力も割く気がなかったのだ。
合戦を前にして、一部の将校が羽目を外して酒に酔い、攻撃魔法を使った喧嘩をしたり、勢い余って小部隊を引き連れてテクサカ軍に接近を試みたりする、軍法違反者も続出した。
戦意が高いのは結構だが、そうも言っていられない事態も降って湧いた。かつて勇猛をもって鳴らし、生ける伝説となったはずのフェニックスが、テクサカ軍の接近を座して待つことを批判する若手将校まで現れたのだ。筆頭はスパイスフル伯を中心とした田舎領主だ。そういった血の気の多い者たちは、「フェニックスも年老いて牙を失ったか」と噂した。
漏れ伝わった噂を察知した瞬間、人一倍自尊心が強いフェニックスは、「私が臆したというのか!」と激高した。その後の会議での綱引きの結果、血気盛んな連隊長に率いられた3個連隊を選抜し“神聖威力偵察軍”を編成、フェニックスの本隊から離れて別行動することになった。
たった3個連隊ならば、勝敗を決する決定的な戦力量でもない。つまり使い潰しできる。しかも、「軍事行動に積極的な総司令官である」というフェニックスの体面も保てる。そんな思惑から生み出された政治的な申し子が、神聖威力偵察軍だった。フェニックスはご満悦だった。面倒極まりない、押しは強いが愚かな指揮官どもを厄介払いできる。1粒で3度美味しいとはこのことだった。
ところで、侵攻軍は過去の戦訓に基づいて決定された編成、つまり南・北・中央の3個軍集団より成る。過去の例からも、テクサカ軍は魔王率いる2部隊を中心とした密集突撃戦術をとるはずであった。
戦術というものに重きをおかない傾向があるテクサカ軍は、数に関しては脅威だったが、予測しやすい敵でもあった。今回の戦いでも先の西方戦役時と同様、魔王が直接指揮する2部隊を中心とするテクサカ軍が突撃し、その塊状の2部隊の周りを、はぐれたモンスターどもが散兵のように取り囲む隊形をとるだろう。
少なくとも、フェニックスの周りを雲霞のように取り囲む、大勢の高級将校の想定では、そうなっていた。
よって、戦いが始まれば、もっとも激戦に巻き込まれるのは中央軍集団だとみられている。それゆえ、ここには精強をもって名高い大領主から拠出された連隊が投入されている。中小領主や都市国家出身の連隊の場合、予算不足のためか単にやる気が不足しているためかは本人たちの名誉を重んじ詮索しないとしても、臨時雇いの傭兵どもの質は低く、しかも将校の訓練も行き届いていないことが多いのだ。
この中央軍集団に、総兵力213個連隊のうち約半数の100個連隊が集中している。この精鋭100個連隊が、テクサカ軍の突撃をがっしり受け止めることを期待されている。
中央軍集団のやや後方に、帝国軍の両翼を成す“北方軍集団”及び“南方軍集団”の2つの軍集団が控える。この帝国軍の両翼部分を成す両軍集団は、先の西方戦役時よりも強化されている。これは、フェニックスが強硬に主張した編成上のポイントであった。
フェニックスによると、西方戦役でオムニ帝国がその勝利を手にできなかった理由が、「魔王直隷の部隊を包囲・殲滅する任を負う両翼の兵員不足」であったからだ。その反省を踏まえての編成である。
「私に充分大きな翼が与えられていたならば、テクサカは3682年に滅亡していたであろう」これはフェニックスが西方戦役から帰国したのちに、吹聴した言葉である。それが真実かどうかはともかく、今では誰もが――フェニックス本人ですら――その弱点のせいで、先の西方戦役に失敗したのだと信じていた。
「我に秘策あり。イウビレオ作戦を授け給え」そんなフェニックスの執拗な要求はついに通り、オムニ帝国はそのほぼ全軍を、乾坤一擲のイウビレオ作戦に捧げることになった。
フェニックスの野望が叶うのも、目前かと思われた。