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□25 開戦前夜

(フェニックス・ブラッド・デラーの描写 中略)


 ヒレンブランド連隊は、中央軍集団の第二軍に配置されている。強力な攻撃力も持つ優秀な連隊だからこそ、攻撃の中核を担う中央軍集団に配置されたのだ。これは名誉なことだった。

 「なあ、エリアス。聞こえるか?」我らがデラー総司令官閣下の有難い説教など、お構いなしでくつろぐカリカ。声には緊張感が欠けていた。

 「いいえ、あまり聞こえませんね」 

 「だよなあ」 

 「でも、いちおう聞いておかないと……」エリアスは眠そうに言った。

 見えないところから、誰かがわざとらしく咳払いする。それはおそらく職業軍人のカリ=アンスロポス男爵だと、カリカは目星をつけた。

 「ふん、どうせクソみたいな演説だ、耳がおかしくなる」

 カリ=アンスロポスが注目していることを確信していたカリカは、卑猥な意味のフィンガーサインを背後につきつけた。

 「はしたない……」と非難めいたジト目をくれるエリアス。

 「いいのいいの、たぶん喜んでいるんじゃないのか。だって、あいつマゾだって噂だもん」

 そのとき、遠くで歓声があがり、次いでモノプティックの炎が天に向け放たれた。その合図ではじめて、遠く離れた聴衆にも、長い演説がついに終わった事が伝わった。

 「お、盛大、盛大。景気良くいこうってことか。あれならオムニの神様にも良く見えるだろうな」

 どこか神に失敬な感じがにじむカリカの話しぶりに、エリアスは怪訝そうな表情をした。

 「まあ、そう怒るなって。早死にするぞ」とカリカ。

 「あなたって人は。でも、やっと死ねるなら、戦争でってのは悪くないかも」

 エリアスの表情は、カリカには見えない角度だった。

「お、おい、もちろん冗談だからな」

 「わかっています。でも、中央軍集団は先鋒ですから、激戦になるでしょう?」

 「ああ、今から楽しみだ。相手は魔王のどちらかだからな」楽しみだ、と断言したのに、カリカの表情が一瞬曇ったのを、エリアスは見逃さなかった。

 半時間後、進発式を終えたヒレンブランド連隊は、ゆっくりと二列縦隊で進軍しはじめた。旗手が先頭を歩き、次いで前衛部隊、その後ろを歩くのがきらびやかなアーマーをまとった魔術兵たちだ。

まだ冷気を残した朝風が渡る草原を、こうして歩いていると、大の大人がこんな良い天気の日になにをやっているのだろうという気分になる。この100年でいくつもの戦闘に参加してきたが、いつもこの考えは離れなかった。エリアスは、そんな想いをカリカにだけはさりげなく伝えてみた。

 「そんなこと考えていたのか」カリカの呆れたような口調は、なにがしかの感嘆も含まれていた。「これから合戦だってのに、よく悠長に構えてられるな。年の功か?」

 「もう、それは言わないって約束したじゃない」かわいらしく怒るエリアス。

 自分でもときどきブラックジョークのネタにしているくせに、とカリカは思ったが、素直に謝罪する。「わかった、悪かったよ。もっとも、あたしだって、こんな日和には木陰で寝転んでいたいね」 

 「あなたはヒレンブランドでも寝てばかりいたじゃない」と苦笑交じりに指摘するエリアス。

 「その表現、少なからず誤解を招く要素を含んでいないか? 色んな意味で」

 エリアスは首をかしげて、カリカの言葉の意味を吟味したが、やがて首をすくめて理解する努力を放棄した。代わりに、エリアスはさきほど引っかかったことを問い質した。

 「凄まじい勘の良さだな。どこから説明するか――そうだな、実は、妙な噂を聞いた」

 「噂?」

 「ポンゴワサー連隊にあたしの仲間がいる。奴がテクサカの斥候を捕まえたらしい」

 「まさか」エリアスは目を見開いた。

 「だろう? あたしもそう思ったよ。で、奴が言うには、斥候は帝国出身のドワーフ族だったそうだ」

 「裏切り者」エリアスの静かな口調には、怒りがこもっていた。

 「そうだ。で、そのクソドワーフは自分で“亡命者”と名乗った。今頃は教兵連隊の審問官が挽肉にしているとは思うけど、そいつ、亡命者がテクサカ軍にたくさんいると口走ったそうだ。そして、“テクサカが帝国軍を粉砕する”とも」

 その不吉な言動が耳に入ったのか、前列の魔術師が帽子をいじるふりをして、カリカたちを盗み見た。

 「ブラフでしょう?」とエリアス。

 「多分な。いや、わからない。実際、そのクソ野郎だが勇敢なドワーフは、トロールやパペットと一緒にいるところをみつかった。低脳のモンスターに斥候なんてつとまるはずがない。常識的にね。でも本当にいたそうだ。そいつらは地図や命令書を見つかったとたんに飲み込んで、歯を全部叩き折っても吐こうとしなかったらしい。そこまでして守りたい秘密があったってことになる」

 この明るい日差しに満ちた草原も、テクサカの斥候に見張られているのだろうか。エリアスは周りを見回したい欲求をこらえた。エリアスも、父のもとに届く機密情報――もっともその多くは政治的なものだった――が記された報告書を、目にする機会はあった。その中に、帝国の保護を離脱した亡命者についての記述も。この10年に限っても1万人、もしかすると2万人もの帝国人民が行方不明になっている。

エリアスは口をつぐんだ。悲観論がクチコミで広がっては士気にも影響するだろう。彼女はむしろ快活な調子を意識して言う。「でも、モンスターは魔王の命にしか従わないわ。トロールに襲われずに一緒に行動できるなんて、聞いたこともない。ですよね? わたしたち中央軍集団が、求められた責任を果たせば勝てるはずよ」

 エリアスはカリカの表情をうかがった。カリカはこう見えて慎重な面もある。ヨウと出会うことになる遺跡探検を立案し、カリカを雇ったのはエリアスだった。ハム魔術同盟で有名になりつつあったカリカを選んだのも、彼女の戦歴を確認してのことだ。蛮勇だけでは傭兵の命は短い。カリカが保有する、年齢の割に輝かしい戦歴は、カリカが馬鹿ではないことを示していた。もちろんそうだ。そもそも、魔術を使う上での血統的素質があっても、頭がアレでは魔術師になどなれない。魔術は一つの才能だった。

 「15年前の西方戦役までは、魔王率いる巨大な2個部隊が相手だった。でも違ったら? 魔王エルモとサインが何か新しい邪法を編み出したのかもしれない。まさかとは思うけど」

 記録によれば、時代や場所は違えど、いつも魔王親征の2部隊だけがテクサカ軍と同義だった。平たく言えば、魔王自ら率いる部隊だけしか、テクサカ軍は動かせない。どうやってか、魔王は10万単位のモンスターを、ひとつの部隊として自在に操れるのだった。司令官の手足のように動く10万の軍勢。これは、帝国軍から見れば悪夢のような敵の利点だった。

 しばし沈黙して、エリアスは硬い声でこれだけ言った。「そんなはずないわ。そんなはず」


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