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□13 休息日

 ヒレンブランド城下を走る複雑な路地はたいてい不潔で狭く、空気には悪臭、路肩には塵埃が沈殿していた。それらの小道や川べりには軒の低い店が連なり、屋根板がちぐはぐな長さで道路に突き出している。これらの迷走する路地は、城から放射状に延びた大通りにつながっている。

大通りは、さすがにいくらか見栄えのする石造りの高い建物が連なり、かなりの賑わいをみせていた。ただし、いつもこれほど賑わっているわけではない。もうすぐ“休息日”が訪れるという事実が、賑わいに大きくプラス補正を加えている。

 ここはハム魔術同盟の休憩室。周囲の長椅子に何人かいた先客が、新たに休憩室に入ってきた男女2人組に、無遠慮な視線を向けていた。それは仕方ないだろう。なにしろ、入ってきたのは、城で寝泊りしているという、噂の客人なのだから。その噂の当人は、物々しい格好をした大勢の男女の視線を浴びても、悠然として空いている椅子に腰かけた。

 ヨウの隣にカリカも座る。ちょっとした有名人という面では彼女もヨウにひけをとらない。驚くべき速さで傭兵として頭角を現した、平民出身の魔術師。そのうえ出るところが出たナイス――いやそれでは不足。パーフェクトバディーをお持ちだ。才色兼備の女魔術師とくれば有名でないわけがない。

 ヨウが周りに視線を走らせ、カリカに顔を寄せる。「なんかさ、みんなこっち見てないか?」

 「今頃かよ。ああ、見ているだろうよ。お前、意外と極太の神経をしているな。普通、魔術師か傭兵ギルドのメンバーでなければ、ここには寄り付こうともしないんだぞ。ここにたむろしているのは、あらゆる人物を公平に評価できる気質の人間ばかりじゃないからな」

 「極太って? え、なんで?」ヨウは不思議そうに首をひねった。

 「なんでって……。ここにお揃いの、むくつけき傭兵どもが目に入らないのか? こんな殺気立った場所にひょいひょい付いて来たい素人がいるものか」カリカがひそひそ声で言う。

 誰かがジョッキをテーブルに置く音が、やけに大きく響いた。

 「そう? 大通りの定食屋さんとあまり変わらないくらい平和に思えるけど」

 ほんの短い間だが、自衛軍で生屍の無害化処理――つまり、もともと人間だったはずの蠢く肉体を、深い穴に廃棄処分する作業――に直接携わってきたヨウにとっては、ただの人間が恐いわけはなかった。もし銃弾が飛び交う戦場にいたとして、誰が肌荒れや日焼けの心配をするだろう? 生屍の出現によって、ヨウたちの年代は特に大きな影響を受けていた。

本来、先進国に生きる現代人にとって、「人間の命とは等しく地球と同じほどの重みがある神の宮殿である」という共通認識だったはずだ。少なくとも建前上はそのような教育を受けてきた。なのに、それがゴミのように打ち壊されるのを経験してきた若者たちには、人間に対する醒めた感覚が、心のどこかに石のようにずっしりと沈んでいた。

 カリカはテーブルに肘を乗せ、呆れたようにうなった。「ふーん。ここが平和だと思えるのか。お前の世界って、いったいどうなっていたんだよ?」

 「そりゃあひどいものじゃった……」と懐古調で言ってみるヨウ。

 「パペットみたいのが大量に湧いていたそうだな」

 パペットというのは、アクターボに棲息するモンスターの一種で、人間の死体に悪霊が侵入して起き上がった存在――まあ、ゾンビみたいなもの――と考えられている。

 「そんな感じ」とヨウはあいまいに答える。

 カリカは待合室の壁際で目だけ動かして立っている少年に向かい、片手を挙げた。少年はすかさずカリカの方に近づいてくる。どうやら彼らは飲み物の売り子らしい。少年は僅かな金額を告げ、注文を受けると駆け足で飲み物を取りに走っていった。改めてよく見れば、部屋のあちこちに同様の少年が控えて、注文を見逃さぬよう目を光らせている。

 飲み物は炭酸混じりのレモン水だった。グラスになみなみと注がれた液体に唇をつけると、ひどく温い。

「氷なんかないよね」ヨウがつぶやく。

「氷だって? 冬でもないのに氷があるわけないだろう。お前の世界は年中冬だったのか?」

「いや、そうじゃないけど。ここと同じような気候だったよ」オンザロックのコーラがなつかしかった。でも、このファンタジーな世界では、氷は庶民の手がとどかぬ高級品らしかった。「氷は冷蔵庫って機械で作っていたよ」

 「またその“機械”ってやつか。空を飛んだり、地面を走ったり、なんでもアリだな、機械ってのは」

 皮肉を交えるカリカに、ヨウは苦笑せざるを得ない。この世界の魔術師は、魔法で電撃や炎を放ったり、湖を丸ごと凍らせたりもできるというのに、飲み物の角氷一つ作ることができないのだから。

 ここしばらく、ヨウはこの世界の成り立ちを知るため、精力的に街をうろついていた。だから、このヒレンブランド城下でも一際目立つ魔術同盟の建物に用があると、カリカから聞いたヨウは、「“休息日”の仕事の打ち合わせをしに行くだけだからついてきてもつまらないぞ」というカリカの警告を無視して、一緒に訪れたわけだ。

 「“休息”日なのに仕事するんだね」とヨウ。

 「まあな。休息するからこそ傭兵が必要なのさ。今回は外郭塔の守備にしたよ」

 どういうことだろう、傭兵が必要だとは。移植された記憶を探ってみると、休息日というのは、春分と秋分の日に訪れる年2回の行事らしい。

 「休息日には、超越した場所におわす13の神々は現世に姿を現す。そのために魔術師は力を失う」

 「魔法が使えなくなるの?」

 カリカはうなづく。「1日だけな。困ったことに、モンスターの活動に休息日はないから、アクターボからのモンスターの襲撃に備えて、あちこちの砦や傭兵が多い街に人が集まるんだ。どうせ仕事を放り出して一ヶ所に集まるんだから、ということで、この日と前後数日は休日になっているのさ」

 グレアを引き連れた農民や、手工芸品を山積みにしたフォー車が城壁の外を取り囲んでいるのはそういうことなのだ。

 「なるほど」ヨウの合いの手に、カリカは首肯する。

 「それに、テクサカが妙な動きをしないとも限らないしな。実際、以前休息日に奇襲されたこともある。ええと、3645年と3658年のことだったかな。まず奇襲があったとしても、ここから遠い西部のことだし、あたしたちにはあまり関係ない。明日は神々自身の光臨を見られるぞ。初めて見るだろう? あたしたちには珍しくもないけど」 

 「神を実際に見られる? 本当に?」いくらファンタジーな世界だからって、神が現れるとは。ヨウは半信半疑でカリカの顔をうかがった。その表情にからかいの色はなかった。


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