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□11 対決

 人払いの術をかけた魔術師の魔力の痕跡は、かなり離れていてもエリアスたちに感じ取れた。用心深く歩を進めていると、崩れかけた煉瓦が重なる廃墟から、数人の男が現れた。

「お迎えに参上しました、お嬢様。さあ、こちらに」そう渋い声で語るのはコントレーラス。ヒレンブランド家の治療師として長い間勤めてきた専属魔術師の男だった。

 ニヤニヤして傍らに立つトレンチを指差し、エリアスが厳しい声で命じる。「その男を拘束なさい、コントレーラス」

 コントレーラスは無視した。彼は、手がかかる獰猛な動物を言葉で説き伏せるという絶望的な仕事を回された飼育係のように、なかば諦めを含んだ表情だ。「さ、お嬢様、手荒な真似はしたくないのですよ。わたしに協力してはもらえませんか」ここで、コントレーラスは長年にわたり、腹の中で温めてきた皮肉を口に出した。「“お嬢様”と呼ぶのが適切なのかどうかはともかくとして」

 エリアスは顔を真っ赤にして動揺した。「だ、黙りなさい。父に頼んで、あなたなど首にしてもらいますから!」

 そんな脅しにはいっさい動じず、油断なく身構えるカリカとヨウを一瞥して、コントレーラスは軽く溜息をつく。そして、まるで驚いていない様子で、言葉だけで驚いてみせた。「やれやれ、この期に及んであなたに味方する傭兵がいるとは驚きましたな。結構、手短にご説明さしあげよう。あなたのお父上はもう充分に統治に励んでこられた。しかし、1世紀は長すぎる。そう思う者が城内にいた、そういうことです」

 「父の領地を奪おうというの? 教会と帝室の紋章官が飛んでくるわ」

 コントレーラスは大きな笑みを浮かべた。「ヒレンブランド領の継承に問題は起きないのですよ。法に則り、あなたが相続するのですから」

 「わたしが?」

 「ただし実権は頂戴させてもらいますがね」

 「そう、わたしには死んで欲しくないのね。父を殺し、ヒレンブランドを女の私に継承させて、あなたは法に従い後見統治する。しかる後に私も始末する。違う?」

 「よくあるストーリーでしょう。歴史上、繰り返されてきたことです。でも、最後の結末だけは変えても良いのですよ。わたしだとて、女子供を手にかけたくはない」コントレーラスはカリカに視線を転じた。「とはいえ、このことを知られた以上、あなたが傭ったその女性には消えてもらわねばならない。そこの、奇怪な現れ方をしたという少年も」

 カリカが不敵に笑った。「コントレーラスさんとやら。あんたはあたしの傭兵ギルドと、ハム魔術同盟を敵に回すつもり? 友人たちが黙ってないけど、そのことは考慮しているのでしょうね」

 「無論。いずれにせよ黙ることになるのだよ。あの方の力は強大だ」

 「あの方?」

 コントレーラスは、その質問に答える気がないようだ。「お嬢様には、あとで教えて差し上げよう。君たちは死になさい」指を鳴らすと同時に、彼の背後に控えていた数人の剣士が突進してきた。

 カリカが剣を抜きざまに叫ぶ。「こいつらは捨て駒だ。魔術を使うな」

 エリアスも細身の剣を抜く。ヨウもグロックを手に取り、水に濡れてから未だに分解整備もしていない銃に、ちらりと不安げな視線を落とした。こんな事態がある得ることは十分予想できたのに、その備えをしてこなかったことが悔やまれた。

 「さがって。僕がやる」エリアスの前に躍り出ると、ヨウは両足を肩幅程度に開き、左足を一歩前に出した。右手でグリップを握り、下から右手を包むように、左手を重ねる。拳銃は発射時の跳ね上がりのために、簡単には当たらない。たった10メートルしか離れていない人間を撃つときですら、初心者は緊張と焦りで外してしまう。そこらのDQNがよくしていたように、生屍を的にして面白半分に撃つというような遊びをしてこなかったことを、ヨウはいま初めて後悔した。歯を食いしばり、目を細めて重い引き金を引いた。連続して、最も近い敵から順に、彼らにとってはありがたくない贈り物を送り込む。

 甲冑にポツポツと黒い穴があき、先頭の剣士はその場に倒れ伏した。2人目、3人目も同じく糸が切れた操り人形のように、いきなり力を失って転倒する。4人目はもうすぐそこだ。剣士の掲げる剣がとんでもなく大きく、ヨウの目に映った。ちょっと位置が悪い。射点を確保するため、ヨウが移動しようとしたそのとき、4人目が爆発した。

 「あっ」驚愕の声をあげるエリアスに、剣士の腹を突き抜けて現れた光の矢が、もろに命中した。彼女は両手足を広げた格好で、後ろに吹き飛ばされた。エリアスの手から離れた銀色の剣が、カラカラと地面を転がってゆく。

 「エリアス!」地面に叩きつけられた格好のまま、身動きもしないエリアスに、ヨウは駆け寄った。地面に淡い金髪がうち広がり、目は驚いたように見開かれていた。エリアスの腹部全体が、赤黒く変色しているのをヨウは目にした。防御魔法が使える魔術師の場合、甲冑を省いた軽装であることも多い。彼女の腹部は防具に守られていなかった。衣服は焼け焦げ、その断面は燻る木炭のように赤くゆらめいていた。

 「あ、やべ。当たってしまった……」モノプティックを放ったトレンチが、呆然とした面持ちで呟いた。

 「馬鹿者めが」コントレーラスがトレンチを冷たい目で見下ろした。「あの娘は生かすと言っていたであろうが。フレート・ヒレンブランドの次でなければならんのだ」

 「しかし……」

 「もうよい、お前はトラクトを使え」

 トレンチは哀しげな犬そっくりの表情を浮かべて、取り出した緑のトラクトを胸に押し当てた。

 コントレーラスが短くトレンチに告げた。「来る」

 傭兵の厳しい表情をみせるカリカから、強烈な魔力が放出されていた。

コントレーラスは攻撃を予期し、防御魔法の詠唱をはじめた。「デフレクト!」

 暗灰色のフードを被ったコントレーラスの周りに、薄い血の色をした結界が形成される。トレンチはまだ詠唱中だ。

 その瞬間、カリカの攻撃魔法の詠唱が完成した。「トリプティック(三連の碑)!」真っ直ぐ突き出した剣から太い光輝が伸びる。3つのモノプティックの光束が重なり合った、強烈な攻撃魔法だ。

 コントレーラスのデフレクト結界にトリプティックの錐のように鋭いビームが直撃した。それは硬質な音を放ち四散、それたビームの熱い流れがトレンチをかすめた。まるで鳥類のような短い悲鳴があがるのと、トレンチが燃え上がるのは同時だった。遅れて到達した爆風が吹きすさび、トレンチの体から炭のかけらが飛び散る。爆風が収まったときには、彼の体は街道に伸びる黒い染みになっていた。

 無傷のコントレーラスが哄笑した。「トリプティックか。礼を言う。大強度の攻撃魔法に私のデフレクトが耐えられることを、証明できたのだからな」

 ヨウの放った銃弾も、全弾が彼の足下や背後の見当違いな場所で土ぼこりをあげるばかりで効果はなかった。コントレーラスはなお余裕の表情だ。

 「ふむ、お前のそれは何だ。まあいい、あとでゆっくり調べてやろう」コントレーラスのデフレクトが消えた。

 「ヨウ、サンダーだ」カリカの体当たりがいきなりヨウをはじきとばし、息が詰まった。

直後、コントレーラスが掲げた掌から、指向性の電撃のようなものが走った。サンダーだ。一瞬前までヨウがいた場所に着弾する。地面に触れていた腕と尻に、棒切れで叩かれたような痛みが走る。

 「どうした傭兵、お前に人助けしている暇があるかな」とコントレーラス。

 片膝を地についた格好で、カリカは低くうめき、ベルトから最後のトラクトを手に取った。トラクトが彼女の掌の上で震えていた。彼女の指も、体も。

 「自殺行為、無駄なことだ。私に命乞いをした方がまだ生き延びる可能性があるというものだぞ」

 「どうだかな」彼女はトラクトを胸に、いや、もっと上に運び、そして口に含んだ。意を決して飲み込む。太いそれは喉の奥で詰り、気道がふさがる。一瞬、そのまま窒息するのではないかという恐怖が彼女の心臓を締め付けた。だがほどなく、トラクトは体内で溶け、吸収され、小さくなっていった。

 「トラクトを飲むなど、思い切ったことを。無駄だと言っているだろうに」とコントレーラスは苦笑する。

 「黙れ、賢しい蛇め」

もともと小麦色をしていたはずのカリカの顔色は、濡れた蝋のように病的な白さを呈していた。足元もおぼつかない。荒い息遣いで、呪文の詠唱に入る。割れそうに痛む頭で、再びウォルカをブートする。敵の姿が何度も霞み、そのたびに瞬きをして追い払った。

 コントレーラスは、どこからか取り出した、ごく小さな赤いカプセルを素早く飲み下す。そして、「デフレクト」再び、コントレーラスの周囲に淡い赤の結界が生まれる。その滑らかで均一な結界の様子は、コントレーラスの魔力量が充分にあることを物語っている。「受け止めてやろう、お前の最良の攻撃を」余裕がもたらす哄笑の響きが、隠しようもなく声に混じる。 

 あのデフレクトには、トリプティックですらおそらく無駄だ。カリカにもわかっていた。

 ――ヤツのデフレクトは、何か未知の技術で強化されているみたいだ。そんな技術を独りで究める才能があるなら、魔術同盟や魔道教会にいくらでも教授の職があるだろうに。なぜ危険を冒してまで、地方領主の座を狙ったのか。

 わからなかった。乱れる思考と絶望のなかで、トリプティックを放とうとカリカが身構えたそのとき、前方に走り出る者がいた。ヨウだ。彼は手にした物を掲げて、カリカに向かって叫んだ。



 絶望的だった。倒れ伏したエリアスの喉からは、ゴボゴボと湿った音が漏れているし、疲労困憊のカリカは今にも倒れそうだ。そして、まだ余裕ありげな敵。ヨウは、後悔のために自分の顔が青ざめているのを自覚した。さっき陳腐なヒロイズムから、この場を逃げなかったのは、間違った選択だったのだ。こめかみを汗が伝い、心臓がうるさいほどに胸を打ちつける。思わず一歩、後ずさった踵に、何かが当たった。

 ――これは、コーンを焼く器具。

 その形が、ヨウに一つのイメージを訴えかける。ふと、一時期流行した第2次世界大戦が舞台の小説の内容が、ヨウの脳裏に蘇った。そして、すぐに自分の着想を非現実的だ、と否定した。

 ――まさか、不可能だ。しかし……。

 だが、ヨウの目の前で繰り広げられているのは、もっと非現実的かつ非日常的光景だった。魔術師同士の激しい魔術戦、殺し合い。この状況ではどんなに不遜極まる人物でも、自らが人生をかけて築き上げてきた常識を疑うだろう。そして「そんなことありえない」などとは、何に対しても断言できないだろう。

いつしかカリカの体表には、魔術発動の明らかな兆候、熱のゆらめきが現れていた。躊躇している時間はなかった。ヨウはコーンをつかんでダッシュした。カリカを追い抜きざまに叫ぶ。

 「コーンを投げる。これを打ち抜け!」

 大きくスイングして、コーンを宙に放り投げた。ヨウは、自分の「撃て」という絶叫を、全然自分の声のようには思えなかった。引き伸ばされた時間のなかで、ヨウはその場に伏せ、コーンはコントレーラスめがけて開口部を頭にして飛ぶ。コーンがシールドにぶちあたったその瞬間、カリカの放ったトリプティックのビームがコーンを包んだ。刹那、コントレーラスのシールドは内破して、同時に太陽の陰りは消え去った。人払いの術者が消えたのだ。

 トリプティックの遠雷のような残響に驚いた鳥たちが、周囲の森から飛び去った。刹那が積み重なり瞬間を形作り、瞬間はやがて人の感じる時間を織り成した。炎が収まった後には、そこに人がいた証拠は――どこにも残っていなかった。


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