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蛍樹  作者: AKIRA
3/4

―3楽章― 〜曲そして指輪〜

彼女の誕生日に日付を設定した後、老人が囁く。


「この『時』で間違いないのじゃな?」

「えぇ、今から五年前の1999年11月21日に・・・」

「一度その場に行ってしまったら『過去』の『時』はそれより後に戻すことは出来んからな、設定したその『時』がスタート地点じゃ。その地点から川の流れのように『現在』まで流れ、そして『未来』へと時は流れていく。忘れてはならぬぞ、お主が一度過ぎ去った『時』の中でやらねばならぬことを・・・・」

「それでは、参るぞい、心の準備は良いかな?」そう言ったのち、僕の目の前にいたはずの老人が目の前から突然消え。僕は一瞬の出来事で驚き、左右を見た後、すぐさま後ろを振り返った。

老人は僕の後ろに立っており、右手の手のひらを僕の胸の高さまでゆっくりと持ち上げる。老人の広げた手のひらに僕は目を奪われ、無意識に見つめた。

その瞬間、手のひらから閃光が発せられた。僕はあまりの眩しさに目が眩み、反射的に目を閉じ、閃光の光を手で防ごうとした、まともに光を見てしまい、僕の目の中に白い光の玉が現れ、その玉が消えた後、何度か瞬きを繰り返し、頭を振ったのち、ようやく閉じた目を開けることが出来た。

目を開け、僕の体全身が光に包まれていることに気付く、何処からか「ブーン」という、耳慣れない低音と共に、僕の足の先が消えていく。「あっ」。と声を発する事もないまま、体全てが消えてしまった。

辺りは暗闇で何も無く、声だけが何処からか聞こえる。


「そうじゃ、伝えるのを忘れておった、相手には5年後の『未来』のお主の姿は見えん、

『過去』から『現在』へと時間を早めて進むことは可能じゃが、もう一度言う、一度動き始めた『過去』の『時』は後戻りは出来んからな、相手に何を渡すか?渡すものを今のうち決めておくことじゃ。タイムミリットはおぬしが死ぬ時まで、それと『過』の時計は持っておるな、この世界に来た事で、新たなものが時計に加わっているはずじゃ、それともう一つ、『現在』の時に持って行くものが決まった場合、わしを呼びなさい、その時、現在の『現』と、未来の『未』の時計をお主に渡そう」

そう老人が告げ暗闇が解けたのち、この日が1999年11月21日であり、半信半疑であった自分自身の死というものを、受け入れないといけない場面に出くわすこととなった・・・。



目の前にグランドピアノがあり、たどたどしくも、曲を奏でている一人の女性の姿が見える。

鍵盤の上で細い指が舞う、曲が進んでは止まり、進んでは止まり、つまずいたのち。

教室の扉が開き、『過去』の自分がそこに立っていた。


人は死ぬ時に過去が「ソウマトウ」に流れるという。今がその時であり、空気の匂いや太陽の暖かさまでも、全てがあの時のままであり、今いる場所はやはり一度過ぎ去った『過去』であり、本当に死んだのでは?と自問自答していた。


風が教室に舞い込み風に乗って一枚の楽譜が『過去』の僕の足元に舞い降りた。

「あっ」僕に気づき夏美が、声を漏らした。

若かりし夏美との出会いであり、自分自身との出会いだった。

「すいません、ピアノの音が聞こえたものですから、勝手に入ってしまいました」

答えながら楽譜を渡そうと歩み出す。

「いえ。気にしないで下さい。趣味で弾いているだけですから。私の方こそ、誰かに聴かせたこととか無いものですから、下手ですいません。何か恥ずかしいな」

少しずつ目が慣れて輪郭が浮かび上がる。

「ここ光が強くて眩しいでしょ。ちょっと待ってて下さいね。今カーテンしますから」

そう言ってカーテンを引いてくれた。室内に注がれていた光が一気に遮断され一瞬目が眩んだ。

室内の明かりに目が慣れてくると同時に、彼女に質問を投げかける事にした。

「誰の曲なんですか?」

「今弾いていたのは、歴史上に名前を残すことのなかった人の曲です」

「歴史上に名前を残すことのなかった人・・・・?」

「そう、レラ=シロスです」小さく呟く。


僕は『過去』の自分と夏美とのやり取りの中で、何度も夏美に触れようとしたし、呼びかけもした、けれど夏美にもむろん『過去』の自分にも本当に見えていないらしく、幾度の呼びかけに対し夏美もむろん、『過去』の自分も答えることは無かった。


まるで映画の一部分を観ているよう様な変な感覚にとらわれ、色褪せないあの秋の日が眩しかった。




智一が慌てて後を追いかけてきて途中で見失ったらしく「潤一郎〜」と叫んでいる声が耳に届いたが僕は楽譜が見たく、話を進めることにした。

「楽譜良ければ少し見せて頂いてよろしいですか?」風に舞った一枚の楽譜を手渡すと同時に聞いてみた。


「えぇ、構いませんよ、それじゃぁ、この曲弾いて聴かせて頂けるなら」そう言って笑いながら、全ての楽譜を僕に渡し席を空けてくれた。

たぶん僕の外見から判断して、ピアノを弾くようには見えず、冗談っぽく言ったに違いなかった。


『過去』の僕は椅子に腰掛けたのち、最初から最後までの計7枚の楽譜を目で追い、頭の中にある音程領域を駆使し、頭で音を奏でる。テンポを取り、音の強弱を付け、そして旋律の美しさを崩さない様にも慎重に一枚、二枚と楽譜をめくって行く。


そして7枚目まで見終わると、静かに目を閉じ意識を集中させる。

辺りが静まりかえる。鍵盤に両手を置き。息を吸いこみ、指先に全神経を集中させる。

最初の音を奏でると同時に、辺りの張り詰めた空気が解けた。


過去の『僕』が演奏を始めたのち、老人の声が耳に響く。

「この曲、あの憎き男の曲がなぜにここにあるのじゃ?あの憎きレラ=シロス。この曲の旋律によりわしの記憶が少しずつ今戻りつつあるようじゃ。頭が酷く割れそうじゃ、頼む『時』を少し早めてくれ『過』の時計の日付を設定したボタンの下に、赤と青の二つのボタンがあるはずじゃ、赤のボタンを押し少し場面を進めて、青のボタンで止めてくれればよい、すまぬが少し進めてくれるか?」

僕は、尋常でない苦しむ声に言われたまま、意を決して赤のボタンを押すことにした。

昔の自分が奏でる曲をもう少し聴きたいと思いつつ・・・。

『過』の時計の赤のボタンを押した瞬間場面がビデオの早送りのように進んでいく。

過去の僕が、ピアノの曲を弾き終わった所で、青のボタンを押した。

すると先ほどの時の流れに戻り、夏美の声が聞こえてきた。



「すごい・・・、一度楽譜見ただけで弾けるなんて」

夏美が言葉の続きを発しようと口を開きかけた時。

「やっと見つけた〜。いきなり居なくなるなっつぅの、ピアノ聞こえたからまさかと思って来てみたらやっぱりだ〜」智一が口を尖らせながら一気に喋る。

僕は頭を少しかきながら、「ごめん」と笑いながら呟く。

「いつもピアノの曲が聞こえたら、ふら〜と居なくなるんだから」言いながら、夏美に気がついたらしく、「誰?」というような視線を僕に向ける。

僕はとっさに、「え〜っと、ここで最初にピアノを弾いてた〜」

「あっ私、高倉 夏美です。ここのT大学の2年です」言いながら微笑む。

「俺らと同じじゃん、なっ、潤一郎、俺ら、S大の同じく2年」そう言ったのち

「俺は平田 智一、そしてこっちが」

「須賀 潤一郎です」

「S大ってたしか音大ですよね? それでピアノお上手なんですね、ビックリしました」

僕は少し照れくさく、頭をかいた。

「潤一郎、みんな待ってる、もう行かないと」智一が切り出す。

「あぁ、そうだった、どうも楽譜ありがとうございました」そう言って椅子から立ち上がり楽譜を手渡した。

「こちらこそ、素晴らしい演奏を聴かせて頂きました」軽く一礼して笑顔で微笑み

彼女は何かに気が付いた表情で、ふと腕時計を見ながら声を発する。

「やば〜い、もうこんな時間、知美に怒られちゃう、早く行かないと、それじゃ〜また校内で会うかもしれないですね、後で帰って来てピアノ片付けますから、このままにしといて下さい」と言ったのちバタバタと足早に教室を立ち去って行った。


僕と智一は教室に残されたまま、「なんか面白い子だなぁ」と僕は智一に言い。

智一は「ピアノ片付けてから行こうか?」とピアノを指差して言った。

「あぁ。あの娘は、このままでもって言ったけれど、このままじゃ帰れないし、そうしよう」そう言い。二人でピアノを片付けて、その場を後にすることにした。ピアノを片付け、最後に僕は開け放たれた窓を閉め、教室の入り口へと歩みだし、ふと足を止めた。床に落ちている光る物が視界に入り、それを拾い上げ手に取った。

「指輪?」一人で呟き、先程の彼女の落し物かもしれないと思い、校内で会った時に手渡そうとズボンのポケットに入れることにした。



「あの指輪はエリスの指輪じゃ。間違いない。曲といい、エリスの指輪まで・・・。まるで導かれるように、おぬしの過去にまとわりついておるのはなぜじゃ?」


懐かしさに浸っているのとは裏腹に老人の声が後ろからが聴こえてきた。


僕は振り返り。

「エリスの指輪?現にあの指輪がそういう名の人の指輪だというのも知らないし、曲といい指輪といい、これは僕の一度過ぎ去った過去であり、どうして曲と指輪がまとわりついている?と言われても分からない、貴方はどうしてそれほどまでに歴史に名も残っていない人の事を詳しいのですか?」声が聞こえる方向に向かい答えを待った。


「全てはあの憎き、レラ=シロスの事・・・なぜに今まで忘れておったのじゃろうか?わしの可愛いエリスの一生を台無しにしたあの男のことを・・・許せぬあの男のことを・・・」



そして老人は静かに語り始めた、指輪そして・・・レラ=シロスの人物のことを・・・・。


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