表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蛍樹  作者: AKIRA
1/4

一楽章 出会い

〜序楽章〜

人間は、一人では生きて行けない生き物だと誰かが言った。

「生きる」ということそれは、家族であったり、友人であったり、恋人であったり誰かの支えがあってこそ、生きていけるのではないかと思う。そしてもう一つ、その人が持っている才能、もしくは実力などを、引き出す力の根源は「支え」であると信じたい。

「生きる」=「才能を開花させること」なのかもしれない。

僕の昔の考えは、自分の人生だ、生きたい様に生きて悔いがなければそれで構わないのではないか?そう考えていた。

しかし僕は一人の女性と知り合い、その人を取り巻くオーラに魅了され、いつしか恋に落ち、いつしか僕の考えが大きく変わっていった・・・・。




−1楽章− 〜出会い〜

「結婚おめでとう、乾杯――」一斉にグラスを重ねる音が耳に届いた。僕はパーティ会場の入り口に辿り着いたばかりだった。「本日は会費制になっております、台帳に名前と住所をご記入下さい」 僕の前に、2人の女性がいて係りの人の指示通り、順番に記入を行ったのち、一礼し、祝儀袋を手渡している。僕は自分の順番が来るまで、周りを見渡していた。

「須賀君?」後ろから声を掛けられ反射的に振り向く。

「須賀 潤一郎さん?」声を掛けてきたのは子供を抱えている女性で、僕は瞬間的に眉間にしわをよせる。

眉間にしわをよせるのは、僕の考える時の癖で、癖がでてしまった事に気付き、すぐに元に戻した。「お久しぶり、元気だった? 海外に行ったっきり音沙汰無いんだもん。その様子じゃ私のこと忘れてるな? 私よ私、知美」言われたが瞬間的には、良く思い出せない。

「知美、知美?」名前を何度か口にし、眉間にしわをよせ、記憶を辿る、ふと一つの名前に行き着いた。とっさに名前を口にする。

「菅原 知美!!」。

「ピンポーン、やっと思い出したみたいだね。私を忘れているなんて、このふとどきもの」

そう言いながら微笑む。浮かべた微笑と同時に瞬間的に学生時代の知美と目の前に立っている知美が重なる。

「なに、ボーっとしてるの、潤一郎君。私に子供がいるのにそんなにビックリした?もう少しで1歳の、由佳です」そう言って赤ん坊をこちらに向ける。

「抱いてみる?おとなしいから大丈夫よ」そう言って半ば強制的に子供を渡された。こういう強引さは昔から変わってない所である。「は〜い、潤一郎おじちゃんに抱かれて、よかったでちゅね」

「おじちゃんはよけい」そう笑顔で言いながらも赤ん坊の暖かさと重みに心が落ち着き安らぐ。

「赤ん坊抱いてると、本当のパパみたいよ」そう言いながら、知美も微笑む。

「そうそう、夏美は今日、潤一郎君来るの知ってるの?」

「いや、知らない、智一からメール届いたから、いろいろ考えたけど・・・・、今日は会わずに記帳して会場を後にする予定だったから・・・」

「智一には会ったの?」

「いや、会っていない」そう言って視線を会場の入り口へと移す。

「平田 智一 夏美 夫妻 パーティ会場」その看板の文字のみが華やかに輝いていた・・・・。



月日が経つのは早いもので僕が日本を離れて、あの時より5年の歳月が経っていた。

大学時代、ある時、大学教授に呼ばれた。教授の話によると、「現代における若き才能者を発掘する一環で、3校(本校S校と、隣町のR校とA校)合同のピアノコンクールが開催される、そのコンクールを須賀君受けてみないか?との申し出であった。

各校2名の選抜を行い計6名の中から、実力者1名を決定する。私は推薦枠を持っている権限により、君をぜひとも推薦したい。」との話しだった。

「このコンクールで実績を残せた暁には大学の援助で海外での活動が約束される、須賀君、君の実力を試してみないか?」そう主張するものだった。

その問いかけに僕は、少し考える時間が欲しいと回答をした。

「大学側の主張も分かる、もし仮に、賞を取ることが出来たら大学の名も上がるし、生徒も今より増えると思う、学費免除でピアノに没頭させてくれたことに対しては大学側に本当に感謝してる、でも海外に行くとなると夏美に・・・・」ここまで言って智一が口を挟む。

少し飲み過ぎた様で智一の顔が赤い。相談したいことがあると持ちかけると、「軽く飲みながら話そう」ということになった。最近出来たばかりの店らしく「ラ・ジェルド」と看板が掲げられていた。週末でもあり若者が溢れている。ジャズが心地よく流れており、落ち着ける空間である。「いい店だろ?この前ここがオープンの時、バイトで俺が演奏したんだ」テーブルを鍵盤に見立てて指を軽やかに動かす。「この店での演奏が俺にとっての最後の演奏・・・」。少し寂しげな表情で指を動かす。

就職活動の時期になると、親との約束だと言って音楽から離れることを決心したと言う。いつだったかこんな話を聞いた。

「大学入学の時に約束したんだ、決して実家は金持ちではないし、一度でもコンクールで賞を取ることが出来れば続けてもよい、しかし賞が取れない様ならば、全てを捨てて就職する様にと・・・」。ふと想い返してしているところに、僕の携帯が鳴った。液晶に夏美の文字が浮かぶ。

「もしもし、潤一郎。今、何処にいるの?」

「智一と一緒に飲んでる「ラ・ジェルド」って言う店」

「そうなんだ、ちょっと話したかったんだけど、今から会えないかな?」

「別にいいけど、なんなら、今から夏美ここに来る?」

「いや、バイト終わったばっかしで、ちょっと疲れてるから、30分後ぐらいに家に行っていいかな? そっちの方が落ち着くし」

「分かった、じゃぁ30分後に」そう言って電話を切った。

「夏美ちゃん何て?」。

「話があるんだって、そんで家に来るらしい」。

結局続きを啓一に話す前に本人に会わなくてはならなくなった。



智一と別れの間際「まずは、良く考えて自分自身の気持ちを正直に話すことが大切なんじゃない?夏美ちゃんなら理解してくれると思うよ」その言葉が今でも心に引っかかっている。どうして、あの時、僕は正直に気持ちを伝えずに、自分一人で答えを出してしまったのだろう・・・。


家へと着くと夏美は玄関先に座り込んでいた。

「ただいま、ごめん待った?」

「今さっき着いたとこ、とりあえず中に入っていい?」

「あぁ、散らかってるけど」そう言って夏美を招き入れた。

「コーヒー入れるからそこら辺、座っといて」台所へ立ってコーヒーを入れる準備をしながら、台所から声を掛ける。

「話したい事って何?」

「後で話す〜」嬉しそうな声が耳に届いて来た。

「はい、お待ちどうさま、今日はご機嫌だね。何、早く教えてよ」

「えっと、就職が無事に決まりました〜」

笑顔で微笑むその姿は今でも心に刻まれている。




夏美と出会ったのは、大学2年生の時、学園祭が開催されると聞き、夏美の通う大学に友人数人で出向いたときの事だった。

「知ってた?ここの大学って昔は音大だったんだって、どういういきさつで音大じゃなくなったのは詳しくは分かんないけど、今は福祉学科専門の学校だけどね」構内を歩きながら友人達の話に耳だけを傾けていた。

歩き辛さに気が付き、左足を見ると靴紐がほどけており、その場にしゃがみ込み靴紐を結び直すことにした。

すると何処からか聞きなれないフレーズが僕の耳に届いた。耳を澄まして音に集中する。

勢い良く音符が舞ったと思ったのち、たどたどしく曲が詰まる。

前を歩く友人達は右に曲がるが、気が付くと僕はピアノの音に導かれて友人達とは逆の左へと自然と曲がっていた。

一歩、一歩、進んで行くうち、面白い曲、”不思議な響きのフレーズ“に心を動かされ、自然に曲の続きを確かめたいという衝動が、僕の心の中に沸き起こっていた。


薄暗い場所へ辿り着き、目を凝らして周りを見るが、今は、ほとんど使われていないようである。


―――――音の根源へと歩みを速める。――――――


ドアの上に半分消えかかった文字で「資料室」と書かれている。

音の発生地へと辿り着きドアを右へとスライドさせた。開け放たれた窓からは心地良い風と共に光が差し込んでいる。こちらからは逆光で眩しく、顔がはっきり見えない。息づかい、鍵盤を弾くタッチから演奏者は女性であると思われる。曲に没頭しているのか、僕が入って来たのに気付いてない様子で、演奏を続けている。声を掛け辛くしばらくの間、このままで待つことにした。開け放たれた窓から突如、風が舞い込み風に乗って一枚の楽譜が僕の足元に舞い降りた。

「あっ」その人は僕にやっと気が付き声を漏らした。澄んだ透明感のある声でやはり女性だと分かった。

「すいません、ピアノの音が聞こえたものですから、勝手に入ってしまいました」

答えながら楽譜を渡そうと歩み出す。

「いえ。気にしないで下さい。趣味で弾いているだけですから。私の方こそ、誰かに聴かせたこと無いものですから、下手ですいません。何か恥ずかしいな」

少しずつ目が慣れて輪郭が浮かび上がる。

「ここ光が強くて眩しいでしょ。ちょっと待ってて下さいね。今カーテンしますから」

そう言ってカーテンを引いてくれた。室内に注がれていた光が一気に遮断され一瞬目が眩んだ。

目が室内に慣れ、その人を見ての第一印象は、人を引き込む不思議なオーラを持っている人だと思った。目には見えない不思議なオーラを何人の人が見極めることが出来るのだろう?ふとそんなことが頭に浮かんだ。女性の魅力とはもしかしたら、オーラそのものであり、オーラに魅了されし者が、自然と恋に落ちるのかもしれない・・・。

自然と話している自分にちょっとビックリしたのも事実である(初対面では上手く喋ることが出来ないのだが・・・・)。楽譜を渡そうと譜面に目を落とす。

「誰の曲なんですか?」

「今弾いていたのは、歴史上に名前を残すことのなかった人の曲です」

「歴史上に名前を残すことのなかった人・・・・?」

「そう、レラ=シロスです」小さく呟く。

そしてこの出会いこそが、僕の人生を大きく変えることになる『レラ=シロス』との出会い、『夏美』との出会いだった。




「それじゃ、知美そろそろ空港に向かうよ」そう言って由香ちゃんを優しく手渡す。

「こんな所で会えるとは思ってなかったから会えて、すごく嬉しかったよ。あと皆によろしく伝えといて、すぐに向こうに帰らないといけなくて、ゆっくり出来ない事が残念だけど・・・、夏美と智一に、結婚おめでとうって伝えといて、それじゃいつかまた・・・。」由佳ちゃんの頭を撫でて「それじゃまたね」そういい残し、僕は入り口へと向かって歩きだした。知美とすれ違い様。知美がふと呟く。

「あの時の決断は今でも間違っていないの?」

歩みを止めることなく、振り返ることなく、僕はただ一言。

「あぁ」としか呟くことしか出来なかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ