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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
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意地悪、だよね?

掲載日:2026/09/15

 ぼんやりしながら学校に向かって歩く。のんびりとマイペースに歩く(いのり)を、同じ制服を着た生徒が何人も追い抜いていった。

 祈は人のペースについていけないことが多い。なんとなく前髪をひと筋引っ張ってみる。この黒髪もそうだ。高校の入学式のときは周囲も同じ色をしていたが、日が経つごとに、月が経つごとに、どんどんカラフルになっていった。自由な校風なので、髪の色に対する指定や指導がない。それを気に入ってこの高校にした生徒も多いらしい。祈は単に自宅から近いというだけで決めた学校だ。周囲の生徒との感覚に、距離があるのは当然とも言える。

(まあ、いいんだけど)

 黒髪でこれまで問題は起こっていないし、祈自身も髪を染めたいと思わない。ぼうっとしながら歩き、校門が見えてきた。そのままぼんやりと足を進めていると、どんっと衝撃が起こった。

「うわっ」

「あっ」

 男子の驚きの声に祈も驚く。そのまま身体が傾き、転ぶ、とさらなる衝撃を覚悟して目をつぶった。

「あっぶね」

 でも衝撃は訪れなかった。背後から腹部にまわった腕が、力強く祈を支えている。

「あ、ありがとうござ――」

 相手の顔を見あげたら、勝手に眉が寄ってしまった。

「またぼーっとしてたんだろ」

「……大良(たいら)

「祈のぼんやりは、本当にあぶなっかしいな」

 支えになっていた腕が離れていき、祈は少しふらつきながらも自分で立つ。見あげた先で、明るい茶色の髪が陽射しを受けて光った。

「ぶつかったのが俺でよかったな」

 髪をぐしゃぐしゃにかきまぜられ、されるままになって祈は眉を寄せた。

「よくないよ。大良が相手だってわかってたら、僕はぶつかるのよけたから」

「いつもぼんやりな祈が、ぶつかる相手を確認してよける? 絶対できるわけないだろ」

「……」

 たしかにそのとおりだけれど、はっきり言われるとむっとなる。

「僕だって、いつもぼんやりしてるわけじゃないよ」

「へえ」

 つい言いかえすと、大良は片眉をあげた。

「俺は幼稚園のときから祈を見てるけど、ぼんやりしてなかったところなんて見たことねえぞ」

「……」

 幼馴染のこういうところが苦手なのだ。大良も家から近いことでこの高校を選んだのに、しっかり校風に馴染んで明るい髪色になっている。大良は昔から周囲に順応することが得意で、みんなの空気を明るくすることも得意だ。ぱっと見ただけで目が留まる外見も、人気の理由だろう。大良がいるだけで場の空気が明るくなる。

 でも意地悪だ。

 小学生のときまでは祈も大良と仲良くしていた。中学にあがった頃から、大良ははっきりと意地悪になった。

 祈が授業で当てられて答えられないと、「こんなのもわかんねえのか」と笑って、勝手に家庭教師になって勉強をさせる。走るのが遅くて持久走で周回遅れになっているところを見て笑った挙句に、「明日からトレーニングな」と朝早くに並んで走らされる。祈がジュースを飲んでいると、「そっち飲みたい」と勝手に交換される。

 意地悪にもほどがある。

 そんな大良の意地悪が苦手で、距離を置くようになったのだ。大良は大良で、高校に入ったら新しい友達ができたらしく、いつも男女問わず生徒に囲まれている。月日が経つとともに、自然と距離ができていった。

「ほら、行くぞ」

 驚く間もなく、大良が祈の手を引いて歩き出す。意地悪だし強引だし、とにかく苦手だ。

 昇降口に向かって引っ張られていくあいだ、祈の前を歩く大良はたくさんの生徒から声をかけられている。なにごとかと驚いている男子や、ふざけて遊んでいるのだと勘違いした女子に笑われ、なんとも言えない気持ちのまま手を引かれた。

 こんなふうに驚かれたりからかわれたり、笑われたりしても、大良は平然としている。祈のほうが縮こまって、身を小さくして歩いた。

 背が高くて脚が長い大良の歩幅についていくのは大変で、早足でもつまずきそうになる。なんとか転ばないように気をつけて、小走りで追いかけた。

「ほんと、祈は昔からぼーっとしてるよな」

「……」

 こういう、思ったことをまっすぐ言ってくるところも苦手だ。気を遣ってほしいとか優しくしてほしいとかは言わないが、少しくらいは言葉にカバーをしてほしい。

 昇降口につき、ようやく手が解放された。息切れしながら上履きに履き替え、靴箱の蓋を閉じたらため息が落ちた。朝から疲れた。疲労感で背を丸めると、ばしっと背中を叩かれた。

「背中丸めるの、やめたほうがいいぞ」

「痛いよ、大良」

「姿勢よくしてないと顔が見えないだろ」

「別にまわりの顔見て歩かなくてもいいじゃん」

 そもそも周囲の生徒の顔を見て歩いたところで、祈には誰が誰かわからない。友達が多い大良とは違うのだ。

「そういうことじゃねえよ」

 眉をひそめて睨まれ、祈は視線を床に落とす。

 他の生徒はみんな大良を「優しい」と言う。でも祈には意地悪だったり強いことを言ったりするから、どうしても苦手だと思う。

 それに、普段から堂々としている大良と祈は違うのだ。祈は基本的にぼうっとしているし、あまり前にも出たくない。ずっと俯いて、みんなのうしろで小さくなっているくらいが一番楽だ。

 そんな祈の気持ちなどおかまいなしに、大良はまた背中を叩いてきた。文句を言う気もなくなって、仕方なく少しだけ背筋を伸ばした。

「さっさと行くぞ」

 またも手を引かれ、ぐいぐいと引っ張られる。強すぎる力で手を握られて、指先がしびれそうだ。

「ひとりで歩けるって」

「祈のペースだと、放課後になっても教室につかねえよ」

「そんなことないよ」

 話しているだけで気圧される。大良は祈とはまったく違う人間で、とにかくどこを取っても苦手だ。

「……はあ」

 勝手にため息が零れた。

「俺のそばでため息つくの禁止」

「……」

 祈の手を引きながら、めちゃくちゃなことを言う。どうして大良に禁止事項を作られないといけないのか。さすがに反論したくて口を開く。

「そんなの勝手に決めないでよ。僕がどこでため息ついても自由じゃん」

「俺の前では禁止」

「なんで?」

「嫌われてる気がしてくるから」

 少し振り向いた大良が視線を彷徨わせた。祈はなにを言われたのか理解できず、目をまたたく。そんな祈を、大良はきつく睨みつけてきた。

「がさつで強引で悪かったな!」

「意地悪もでしょ」

「そういうこと、つけ足すな!」

 ぶつぶつと文句を言って祈の手を引っ張る。つんのめるように足を進めながら、文句を言いたいのは僕のほうだ、とむっとなる。こんなに性格が合わないのだから、他の友達といればいいのに。幼馴染でも相性が悪いこともある。大良と祈はそれなのだ。

「……」

 手を引っ張っている大良が、なにか言いたげにこちらを向いた。今度はなんだ、と思っていると、大良の頬がほんのりと赤くなる。

「祈の手って小さいな」

「小さくないよ」

 背が高くて全体的にしっかりとした体格の大良と標準体型の祈では、手の大きさも違って当たり前だ。それに祈の手が小さいのではなく、間違いなく大良の手が大きすぎるのだ。

「……?」

 先ほどまでぐいぐいと引っ張ってきたのに、急に力が弱まった。歩く速度もゆっくりになる。手を握ってくる力の強さが緩んでいき、強引に掴んでいた手つきが包み込むようなものに変わった。

「……なんか、壊しそう」

 祈の一歩前を行く大良の耳の縁は真っ赤になっている。見ているうちに、じわじわと赤みが祈にも伝染してきて、頬が熱くなってきた。

「そんな簡単に壊れたりしないよ」

 なんとか答えたけれど、鼓動が激しすぎて心臓は壊れそうだ。どうして自分は、こんなにどきどきしているのだろう。

 優しく手を引かれながら、むずむずとする感覚が胸に広がった。



挿絵(By みてみん)


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