第5話 いざ! 富岡氏日向館へ!
次の日、目覚めたら、枕元に妖精がいた。なんと! その妖精が俺を守ってくれるという!!
いや、実は頭を強打して目覚めたら、人のパラメータが数値で見える!! 見えるぞ!!
実は、バッグの中に、スマホがあった! スマホがこの時代でも使えるだとぅ!
いやいや、詳細な戦国時代の歴史書を手に持っているぞ!
AIのアンドロイドが、俺だけに見えて助言をしてくれる!!
実は、戦国時代で俺だけが魔法を使えるんだが!!!
そうだったらいいのに……などと、どうでもいいことを考えている。そこまで考えて、ふと我に返る。
(……ならんな)ならない。知ってたよ。
そもそも、今の年齢だったら、サツマイモと米(籾の状態か、せめて玄米所望)を貰えていたら、チートパワーで食糧増産したのにな。と考える。
とてもじゃないが、零歳児でそんなものを貰っても、宝の持ち腐れだろうよ。と。神様か仏様か知らないけど、早ぇーよ。思い出すだけでも本当に腹が立つ。
と、現実に戻ると、夜の海は黒く、船底を叩く波の音だけが、やけに規則正しく耳に残る。
そんな揺れの中、貴丸は板の上に寝転がりながら、馬鹿な妄想を垂れ流していた。見目はちょっとデブっとして、そんなに麗しくない、戦国不精を目指す貴丸十歳、の春。
――現在、絶賛拉致監禁中である。俺がじゃなく、敦丸と希丸を、ね。
場所は龍長おじさんの船の上。行き先は富岡氏の居城日向館。理由は流言工作。なお本人の俺氏は寝ているだけの予定。
現実に視線を戻すと、隣で敦丸が限界を迎えていた。
「おぇっ……うぷっ…」
すでに吐く物は尽きたらしく、黄色い液体をひねり出している。顔色は青を通り越して土気色だ。(あれ苦いんだよなぁ……)
まさに敦丸は、「おーい、たすけてぇ〜! 土左衛門〜!」というかんじだろうか。
と言うことは、敵の富岡ナンチャラカンチャラは”邪威安”か? 剛田君なのか?
と、他人事の感想である。
一方、希丸はというと。
「うおおおおおおおおおぉ!! 海だ!」
なぜか舳先に立っていた。しかも一番揺れる場所で、風を全身に受けながら何かを何度も叫んでいる。たぶん気持ちいいのだろう。理解不能だが元気なのは良いことだ。
船は静かに進む。――いや、本当は静かに進むはずだった。
「やはり、あの船で来たかったのう……」
龍長おじさんが心底残念そうに呟いた。(出たよ、珍走船厨だよ)
黒塗りの船体に謎の目玉。左右で大きさが違うのがチャーミング。
さらに真っ赤な炎の模様。旗はこれでもかと林立し、太鼓と笛で「ブン、ブン、ブブブン」ならぬ、「ドン、ドン、ドドドン」と鳴らしながら進む、完全に敵に見つかる仕様の”痛船”。
(あれで隠密行動は無理だろ……)
当然却下したら、龍長おじさんはしょんぼりしていた。少しだけ可哀想だが、今回は諦めてもらうしかない。
そもそも今回の外出自体、だいぶ無理を通している。
「輝夜武不にございますよ! 貴丸は西洋の野外宿泊を学びとうございます! おのことは、かくあるべし! ですよ!!」
と、それっぽいことを言って家を出てきたのだ。「今のうちから戦場での野営経験を積みたい」とかいうそれらしい理由を添えたら、親父様の慶久は「ついに目覚めたか!」と、いたく感動していた。
母の琴だけが、妙に細い目でこちらを見ていたが、気づかなかったことにした。
(まあ、龍長おじさんの家の前の砂浜でやるって言ったし、嘘ではない……だろう。砂浜からたまたま船に乗ったら、たまたま流されて富岡に流れ着いたとしよう。と心に誓う)
やがて、闇の向こうにぼんやりと陸影が浮かぶ。
「見えてきたぞ、富岡じゃ」
龍長おじさんの低い声に、希丸がさらにテンションを上げる。敦丸はそれどころではない。完全に戦線離脱である。
船は河口の葦の陰へと滑り込み、静かに身を潜めた。用意していた農民風の着物に着替えさせられ、準備は整う。
「……よし」
貴丸は頷き――そのまま、もう一度横になった。
「まだ早い。も少し寝る」
「は?」
誰かが何か言いかけたが、もう遅い。貴丸の意識は一瞬で落ちた。さすが戦国不精。
――そして、目が覚めた時には、すでに朝日が昇っていた。
富岡川の河口から、葦の間を抜けて川沿いを西へ。
おおよそ百町(約一キロ)ほど進めば、諏訪の社の東に富岡氏の居城である日向館が構えているはずだ。その麓には寺と小さな町。今回の舞台である。
(……この辺、なんか知ってる気がするんだよな)
ふと、妙な既視感がよぎる。道の感じ、川の流れ、地形の起伏。
(常磐道と……国道六号の間……?)
情景と言葉が浮かんで、消える。途中のワイナリーがどうとか、居酒屋の旬感ナントカが美味しかったとか、八幡太郎義家が建立した神社もあったはずだとか、さらに訳の分からない記憶が続く。
(……なんだこれ)
自分の記憶なのに、他人事のように曖昧だ。ただ一つ確かなのは、自分が今の貴丸であり、それ以前にも何かあった、ということくらい。
「兄上……もう無理です……」
後ろから、瀕死の声がした。敦丸である。
「大丈夫だろ。死にはしないからさ。船酔いは飲んでも飲まれるな。だよ」
適当である。
「希丸」
「おう! 俺は大丈夫だぞ!」
無駄に元気な返事が返る。
貴丸はゆっくりと振り返り、口元をわずかに歪めた。
「さて――遊びの時間の始まりだな!」
戦ではない。あくまで“遊び”だ。
だがその実、領と領を揺らす、小さな火種が今まさに放たれようとしていた。




