第4話 悪巧み
今日も縁側に寝転がったまま、貴丸は空を見ていた。相変わらず春の陽は穏やかだ。何をするでもなく、ただ、ぼんやりと――のはずだったが、ふと、脳の奥に沈んでいた何かが浮かび上がる。
(流言でいいか。戦わずに相手を削れるし、俺が動かなくて済むからなぁ)
結論が早い。考えだけは一人前。実に不精者らしい発想だった。
だが一人でやるのは面倒だし、何より味気ない。どうせなら誰かを巻き込もう。
そこで頭に浮かぶのは、いつもの顔ぶれだ。そしてもう一度思う。なにせ面倒だしな。
敦丸。理由は不明だが、やたらと懐いている弟。言えばだいたい頷く便利な存在。
希丸。叔父の倅で、力だけは無駄にある脳筋。考えるより先に動く。つまり扱いやすい。
(よし、こいつらでいいな。なるべく俺は動きたくない)
思考だけはやたらと現代的に合理的である。
去年のことを思い出す。やませが吹き、霧が立ち込め、辺り一帯というか、あとから聞くと陸奥中の米は壊滅的な不作だったようだ。流民や餓死者が多数出たと言う。
あれはもう、農民が悪いわけでも、技術が足りないわけでもない。ただの自然災害だ。にもかかわらず、この地の領主や農民は米にしがみつくのだから笑えない。
そもそも貴丸は幼い頃、五歳くらいだったかな。親父様に米などやめろとしつこく言い続けてきた。
しつこいどころではない。朝昼晩と言い続け、親父様の背中にも紙で書いて貼り付けて、白い褌にも大きく書いた。
夜、父が寝た後に忍び込み、耳元で延々と囁き続けたことすらある。
(人間の記憶はレム睡眠とノンレム睡眠で整理される。浅い眠りの時に繰り返し聞かせれば、潜在意識に刷り込まれる――はず)
子供のやることではない。普段は不精なのにこう言うところだけは真剣に労を厭わない。
なお、翌日は眠気で動けず、昼まで爆睡するのだった。母に「何をしておるのですか」と呆れられたが、本人は「これは睡眠学習でございます」と胸を張っていた。もちろん理解されるはずはなかった。
だが、その執念が効いたのか、あるいは単に親父様が折れただけなのか、大和田領では稗や粟、麦や蕎麦を奨励する流れができ、結果として餓死者は他領と比べても、目に見えて減った。
(流言。もっとも効果があるのは、本当のことに、ちょっとだけ嘘を混ぜればいい。はず…多分……)
そして、敦丸や希丸、この子供に言わせる。これが肝だ。
(子供は嘘をつくつもりで嘘をつかない。だから信用される。はず…多分……)
実にいやらしい理屈だ。
さて、問題はどうやって富岡まで行くかだ。歩き? 論外だ。約二十キロも歩くなど、正気の沙汰ではない。
馬? 揺れるし疲れるし、なにより尻が痛くなる。却下だな。
(船でいいだろ。夜乗って寝てれば朝には着くだろ。完璧じゃないか)
雑である。だが合理的でもある。
そこで貴丸は、のそのそと起き上がると、ふらりと屋敷を出た。
向かう先は、請戸の港のそばにある家。船を預かる親族衆――山田龍長のところだ。母の弟で、いわゆる「強面だけど面白いおじさん」である。
この龍長、戦になれば船大将として出陣するのだが、基本は漁もすれば運搬もするこの領の網元の男だ。
なにより面白く目立つことが大好きで、それでいてノリが軽い。
貴丸が以前、「船を黒く塗って怖い目を描いたら、かっこよくなるんじゃね?」と適当に言ったところ、本当に描いた。
しかも船体の左右に両目。左右で微妙に大きさが違うあたりがまた味わい深い。
さらに「炎の模様とか入れたら格好いいかも」と唆せば、黒い船体に真っ赤な炎――いわゆるファイヤーパターンを描きやがった。戦国時代にあるまじきセンスである。
極めつけは旗だ。大和田と山田の家紋をこれでもかと掲げ、風にバサバサと鳴らす。
ついでに、「大和田上等!」「山田見参!」だの「夜露死苦!」とかの旗もイイねと言ったら、これも無理やり作りやがった。
そして鳴り物。太鼓と笛を積み込み、出港時にドンドコ鳴らす。
そして、暴走族のお決まりのコール「ブン、ブン、ブブブン、ブブブブンブブン!」のリズムを教えて太鼓と笛を鳴らす。
どう見ても静かに移動する気がない。後は船の後ろに、本物の竹槍を刺して、船の帆先に無意味に妙見菩薩を彫って掲げたのだ。罰当たりな。
(これ、完全に暴走族だよな……戦国暴走船?……)
これが歴史に残れば、暴走族の始祖の称号は確実だろう。
本人は「かっこ良いだろう」と満足げだったので良しとする。
そして、今回の富岡流言作戦である。そんな龍長おじさんに話を持ちかけると、案の定、目を輝かせた。
「面白いではないか!」
即答である。理由も単純だ。かつて富岡側に請戸港を焼かれたことがあり、富岡には鬱憤が溜まっているのだという。
「童どもで噂をばら撒くとな。よいな、やってみようではないか!」
話は一瞬でまとまった。
作戦はこうだ。
夜、請戸を出る。
船に乗ったら貴丸は寝る。不精だから。敦丸はきっと酔って寝る。希丸は興奮して多分起きてる。
そのまま船を南へ流し、夜明け前に富岡の人の無人の浜か河口に接岸。
船は葦か岩陰に隠す。龍長おじさんは船で待機。
あとは子供二人で城下に入り、適当に遊びながら、ついでに流言をばら撒く。俺は当然、船でゴロ寝だ。魚を釣っていてもいいかもしれない。
「まこと、童の遊びのごとくにございますなぁ」
貴丸はそう言って、くつくつと笑った。
(しかも俺はほぼ寝てるか遊んでるだけ。完璧だな)
計画はやたらと完成度が高い……のか? しかし、実行者の子供二人はやる気だけが、致命的に低いかもしれない。知らんけど。
風が吹き、この縁側から見える請戸港で波の音がする。
戦の匂いはまだ薄い。だが、誰にも気づかれぬまま、小さな波紋が広がろうとしていた。
…と、思う……。




