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戦国不精で何が悪い〜米作りとか面倒なのでやめました〜 ―神様のチート、無意味でしたよ。人口比10対1の東北なのに、なぜか天下が見えてきたかも―  作者: 犬童好嬉


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第26話 養蜂譜

ある日の午前、陽はすでに高く、館の中庭には乾いた光が落ちていた。


障子越しに差し込む白さは、もはや朝の柔らかさを失い、畳の縁にくっきりと影を落としている。


その明るさの中で、貴丸の部屋だけが妙に人の気配で満ちていた。


床の上には、いつもの三人――三馬鹿……いや、貴丸、敦丸、希丸がだらりと座り込んでいる。


その前には修平が膝を正し、どこか居心地の悪そうな緊張を背負っている。


さらに背後には、腕を組んで静かに控える銀四郎と、興味を隠そうともせず周囲を見回す空然が立っていた。


障子の隙間からは、お佳がそっと様子を窺っていたが、貴丸が気づいて軽く手を振ると、ためらいがちに中へと入ってくる。


貴丸は寝転がったまま、脇に置いていた古びた冊子――養蜂譜をパラパラとめくる。


紙は黄ばみ、端は擦り切れ、ところどころ墨が滲んでいるが、そこに書かれた一行一行からは、長い時間をかけて磨き上げられた知識の重みが伝わってきた。


「よし、じゃあ始めるぞ。修平――お前を“養蜂奉行”に任命する」


「は、はい……え、奉行ですか?」


「気にするな、俺が勝手に言ってるだけだ」


あまりにも軽い。だがその軽さのまま、貴丸の視線はすでに冊子へと落ちていた。修平のことも考えずさっさと説明を始める不精者。


「まずは巣箱だな。”今みたいに”板で箱を組むんじゃない。”この時代”だと、丸太を使う」


ふと口にした「この時代」という言い回しに、空然と銀四郎はわずかに視線を交わしたが、あえて何も言わず流した。


貴丸は指先で畳をとんとんと叩く。


「太い杉か栗の丸太を用意して、長さは二尺から二尺六、七寸(60センチ〜80センチ)あればいいけど、まぁ、そこは任せる。それを――くり抜く」


修平が思わず顔を上げる。


「くり抜く、ですか?」


「そうだ。ノミでも手斧でもいい。中を筒にする。これを“胴”って呼ぶらしいな」


貴丸が見ている漢語の羅列の養蜂譜を覗き見ていた空然が静かに頷きながら補う。


「内側は滑らかにせず、あえて荒く残すのがよいそうですな。蜂が掴まりやすいそうです」


貴丸は頷きもせず続ける。


「上は板を乗せて、雨が入らないように杉皮か油紙で覆う。下には出入り口――指先が入るくらいの隙間でいい」


敦丸が小さく感心したように息を漏らす一方で、希丸は素直に顔をしかめた。


「くり抜くって、それ結構きつくねえか……」


貴丸は気にも留めず、次の頁をめくる。


「次、蜂を呼ぶ」


「呼ぶって……どうやってですか?」


修平が恐る恐る問いかけると、貴丸はほんのわずかに顔を上げた。


「匂いだな。本当は蜜蝋を塗るのがいいらしいけど――」


そこで一度言葉を切り、少しだけ考えるように視線を宙に漂わせる。


「そこは後回しでいい」


あっさりと言い切った。


「この辺なら、蕎麦の花でいいだろ」


「蕎麦……ですか?」


修平が聞き返す。


「蜜を集める花なら何でもいい。蜂は餌場の近くに住みたがる。だったら、まずは呼び寄せる環境を作る方が早い」


言葉は簡素だが、筋は通っていた。


空然が小さく頷く。


「なるほど……理にかなっておりますな」


貴丸は再び冊子へと目を落としながら、気の抜けた声で続けた。


「どうせ全部は一度に揃わん。できるとこからやればいいんだ」


その言い方は相変わらず投げやりで、だが同時に、余計な力みを削ぎ落とした現実的な判断でもあった。


畳の上に、わずかな静けさが落ちる。


誰もが、それぞれのやり方で、この話の重みを飲み込み始めていた。



貴丸は再び頁をめくる。紙の擦れる乾いた音が、部屋の中に小さく響いた。


「設置は春――今の時期だな。蜂が新しい家を探す頃だ。日当たりがよくて、風通しもいい場所。大木の下とか、崖の縁みたいなところに置くらしい」


その言葉を聞きながら、修平の視線は自然と遠くを見るように揺れる。すでに頭の中では、館の周囲や畑の端、林の陰など、置けそうな場所を順に思い浮かべているのだろう。


貴丸は気にせず続ける。


「あと、群れが飛ぶことがある。分蜂ってやつだな。その時は、近くの枝に固まる」


「それを……どうするんですか?」


修平が身を乗り出す。


「下に箱を置いて、枝を揺すって落とすと書いてある」


あまりにも簡素な説明に、希丸が思わず吹き出した。


「それでいいのかよ!」


貴丸は片目だけ開けるようにして、気だるげに続ける。


「女王蜂っていう、ちょっと大きいのが一匹だけいるらしい。それが中に入れば、あとは勝手に纏まるんだとさ」


空然が静かに頷いた。


「……理にかなっておりますな。人間も動物も群れは王に従うものです」


貴丸はそこで冊子を閉じ、頭の後ろで手を組みながら天井を見上げる。


「住み着いたら、あとはあんまり触るな。敵だけ気をつけろ。スズメバチとか、熊とかだな」


「熊……」


敦丸の顔が引きつる。


「あと盗まれるな。蜂蜜は貴重だからな。俺の拳くらいで百、二百文(米二十〜三十キロ程度購入可能)くらいはするはずだぞ」


少しだけ視線を横に流し、ぼそりと付け足す。


「まぁ、この領だと盗賊でもなけりゃ、親父様のやってる事に手を出すやつもおらんだろうけどな。大きくうちの家紋でも書いとけ」


その一言に、修平の背筋がすっと伸びる。守られている土地であるという自覚が、改めて胸に落ちたのだろう。


貴丸は再び冊子を開く。


「最後、採るのは秋だ。煙を使うそうだ」


「煙……ですか?」


「ヨモギでも何でもいい。煙を入れると、蜂の動きが鈍くなるらしい。その間に上の巣だけ取る」


指先で頁を軽く叩く。


「全部取ると冬を越せない。だから下は残すそうだな」


お佳が小さく呟いた。


「……命を残すんですね」


「そうしないと続かないらしいぞ。冬は菰や藁を巻いて隙間を泥で埋めるそうだ」


短い言葉だったが、それ以上の説明はなかった。


しばしの静寂のあと、貴丸は冊子をぱたんと閉じ、そのままごろりと横に転がる。


「以上。あとは任せた」


「えっ!」


修平が思わず声を上げる。


「いや、ここからが本番では……」


「木は木地師の八兵衛に頼め。八兵衛なら、ろくろを持ってるから、木をくりぬくのは簡単だ。じゃ、俺はもうやらん。寝る」


あまりにも潔い放棄だった。


だが、その瞬間、銀四郎が一歩前に出る。


「……修平殿、某が手伝おう。面白そうだ」


続けて空然も静かに言葉を添えた。


「私も内容をまとめましょう。修平殿は字もまだ慣れておらぬようですしな。それに、絵図があれば分かりやすいでしょう」


修平はしばし呆然としたまま二人を見つめ、それから深く頭を下げた。


「……やります」


その言葉には、決して揺るがない覚悟が感じられた。


すると、寝転がったままの貴丸が、ひょいと片手を上げる。


「成功したら、金がザックザクだぞ、修平」


修平がはっと顔を上げる。


「甘い蜜が好きなだけ手に入る。お佳も喜ぶし、女なんて甘い物でイチコロだぞ(……と思う。経験はないが…)」


「えっ……」


お佳が目を丸くするが、貴丸は構わず続ける。


「それにな、蜂蜜を取ったあとの蜜蝋。水仕事の後に塗れば手は荒れにくいしな。お佳の手も荒れずにすむぞ。それに傷や火傷にも効くらしい。薬にもなる。つまり――最強だ」


にやりと笑う。


「これがうまくいけば、修平、お前は、一生食うに困らんぞ。お佳も幸せ一直線だぞ(……ま、成功すればな)」


その一言で、修平の目の色が変わった。迷いは消え、代わりに火が灯る。


貴丸は満足げに小さく頷き、再び天井へと視線を戻した。


「よろしくー」


片手をひらひらと振るだけで、もう興味は尽きている。欠伸を噛み殺しながら、貴丸はぼんやりと梁を眺めていた。光に照らされた木目がゆっくりと視界の中で揺れ、意識もまた、それに引きずられるように緩んでいく。


だが、その足元で始まろうとしているのは、ただの遊びではない。


木をくり抜き、蜂を呼び、蜜を得る――それはやがて、この地に新たな蓄えをもたらす技となる。田と海に頼るばかりだった暮らしに、もう一つの柱を差し込む行いだ。


誰よりも無精を極めた少年が、最も肝要な仕組みだけを残し、あとはすべてを他者に委ねた。その無責任さが、不思議なほどに、確かな形をもって未来へと繋がっていく。


――と、そこまで考えたかどうかはともかく。


貴丸の意識は、ふらりと別の場所へ向いていた。


(そういえば……)


ふと、脳裏に浮かぶ。


(親父様の部屋に、相馬の殿様からもらった蜜蝋の蝋燭があったな)


蜜蝋の、あのやけに香りのいいやつだ。火を灯すと柔らかく甘い匂いがする、妙に上等な品。


(あれ、ちょうどいいじゃないか)


巣箱に塗る蜜蝋としては申し分ない。わざわざ別に用意するより、手っ取り早いはずだ。


(今日か……明日あたりでいいか)


寝転んだまま、口元だけがわずかに歪む。


(どうせ、一本くらい減っても気づかんだろ)


ほくそ笑む。


その顔は、先ほどまで大層な理屈を並べていた者と同一人物とは思えないほど、どこまでも気楽で、どこまでもいい加減だった。


そして、その“いい加減さ”のまま。


この領に、新しい営みが一つ、静かに根を下ろそうとしていた。







数日後、慶久の部屋からまた、絶叫が聞こえてきたとか、こなかったとか…。

当時の蜜蝋の蝋燭は高級品で一本五十から百文はしたらしいですね。

人足が数日汗水垂らした賃金程度。現代だと一本で数万円でしょうか。

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身内から賊出てるw
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