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〜戦国不精で何が悪い〜米作りとか面倒なのでやめました ――神様のチート、無意味でしたよ。人口比10対1の東北なのに、なぜか天下が見えてきたかも――  作者: 犬童好嬉


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プロローグ

縁側は春のぬるい陽にやわらかく満たされ、海から上がる風がかすかな塩気を帯びて、ゆるりと頬を撫でては抜けていく。


縁側の板は昼の温もりを抱え、背に触れるたびにじんわりとした心地よさを返した。


その上に貴丸は仰向けに転がり、何をするでもなく、ただ指先で鼻の奥を探るという、この上なく不毛で、しかし妙に集中力を要する作業に没頭していた。


やがて得られた小さな成果を摘み上げ、空にかざして目を細める。


「……これが砂金であれば、世はさぞ楽でございましょうな」


誰に聞かせるでもない言葉は風にさらわれ、庭の柿の木の向こうへと消えていった。


屋敷の奥からは女中が器を扱う乾いた音が規則正しく響き、遠くでは請戸川の流れが低く唸るように続いている。


ここは陸奥の国、相馬氏の支配下にある標葉郡。請戸川の河口付近の流域、海に面した小さな領であった。


後の世で言えば東北・福島県の太平洋側の浜通り地方、双葉郡浪江町の請戸川周辺にあたるが、そんな呼び名はまだ存在しない。


地名がどう変わろうと、潮の匂いも土の重さも、変わることはなかった。


「貴丸殿、またそのような格好で……」


廊の向こうから母――琴の声が飛ぶ。


まだ若く、見目麗しく二十代も半ばを過ぎたばかりの女性だが、その声音には呆れと諦めが半ばずつ滲んでいる。貴丸は身じろぎもせず、片目だけを開けた。


「はいはい、今はですな、世の中の行く末を考えておりまするよ」


「返事は一つでよろしいのです。それに、案じている場所が違いまする。鼻の中にこの世はございませぬぞ」


切り返しは容赦がない。貴丸は小さく笑い、再び目を閉じた。


自分が大和田家の嫡男であることは知っている。


だが、その肩書きがこの小さな領の現実を何一つ変えないことも、同じくらいよく分かっていた。


人口は親戚筋を合わせても四、五百。海と山に支えられ、飢えぬ程度には回るが、天下を語るにはあまりにも軽く、遠い。


ふと、記憶の底が揺れる。



「ところで貴丸殿、あなたが生まれた折、その小さき手に……」


母の声は、いつもそこへ触れる。貴丸は目を閉じたまま、きれいに掃除された鼻先で小さく笑った。


「芋と米、でございましょう。ええ、夢のような話にございますな。世が世なら、神童とでも持て囃されておりましたでしょう」


どうやら自分は、生まれ落ちたその瞬間、両の手にサツマイモらしきものと米を握っていたらしい。


父母と親戚一同が騒ぎ立て、奇跡だ、御仏の加護だと口々に叫び、そのままそれを神棚へと丁重に祀り上げたという。


だが、祀られた奇跡は、時の前ではただの物に過ぎない。


言葉が通じるようになり、自分で動けるようになった三つの頃、ようやくそれを手に取り、土に植えようとしたときには、答えは既に出ていた。


サツマイモは乾ききり、薄茶色のミイラのような塊と化し、触れれば崩れそうな有様である。芽吹く余地など、どこにもない。


米に至っては、さらに救いがなかった。籾でも玄米でもなく、よりにもよって精米された白米だったのだから。


――何を考えてこんなものを持たせたのか。


幼い頭でそう思いながらも、一応は土に埋めた。もしかすれば、という淡い期待はあったのだ。


しかし当然のごとく、何も起きなかった。白米は白米のまま、土は土のまま。


というか白米はそのうち腐って霧散した。そこに埋めたはずの“奇跡”は、何一つ形を変えずに終わる。


それが、貴丸にとって最初の挫折だった。


それ以来、やる気というものはどこかへ消えた。


この地へ送り込んだ何者か――神だの仏だのに対しては、しばらく律儀に罵詈雑言をついてみたものの、七年も経てばそれすら面倒になる。


結局、貴丸は十歳の子供として、日がな一日縁側で転がるという生き方に落ち着いた。


幸いにも相馬氏の被官という立場ゆえ、隣領の岩城から小競り合いの火の粉は飛んでくるが、元服もしていない子供など戦の数には入らない。


父母はそれなりに気にかけているが、当の本人が関わりを嫌うのだから、結果としては放置子に近い。


――いや、放置されたのではない。


自分からそう在ることを選んだのだ。


「……これほど気楽な身分も、他にございませぬな」


誰にともなく呟き、貴丸は再び目を閉じた。風が通り抜け、川の音が遠くに響く。何も始まらず、何も変わらない一日が、ただ静かに積み重なっていく。


そしてその静けさの中で、まだ誰も知らないまま、何かがごくわずかに、動き始めていた。


母の琴は、それでも言葉を引かぬ。


「夢ではありませぬ。確かに――あの折、あなたは……」


貴丸はその先を聞かぬように、わずかに息を吐いた。


「ならば今は、夢の残骸にございます。夢幻の如く、でございましょうな」


言葉を重ねる前に、ゆるりと身を起こす。肘を縁側につき、庭へと視線を流した。


そこにあるのは、変わり映えのない草と土のある庭と、風に揺れる影ばかりである。


だが琴は引かぬ。


「齢一つにもならず言葉を発し、二つで詩歌と兵法を(そらん)じ、数を数え、文字を記したのです。あの時は御仏が神童を授けてくださったのだと……それが今では…」


言葉は途切れぬまま、少しずつ色を変える。


「日がな一日、縁側に寝そべり……鼻をほじり……それが金になればなどと……」


やがて嘆きへと沈み、声はかすかに震え、最後には涙へと変わる。


いつもの流れであった。貴丸は横目でそれを眺め、肩をわずかにすくめる。


「神とやらの仕事は、どうにも杜撰にございますな。せめて(もみ)でよこせばよいものを」


吐き捨てるように言い、再び背を板へ預ける。春の風が通り抜け、どこか遠くで水の音が低く響いた。


何も変わらぬ日常が、ただ静かに続いている。


「罰当たりなことを申すでない」


「罰はすでに当たっておりまする。ほれ、この通り」


貴丸は自らの胸を、とんと軽く叩いた。十歳の身体。


鍛えもせず、剣も振らず、好き放題に怠けた末の肉付きである。丸みを帯びた頬と腹。だがその目だけが、どうにも年相応ではない。


中身は五十年余を生きた記憶を持つ。とはいえ、その記憶も万能ではない。


歴史の知識は穴だらけで、名を挙げられる人物もわずか。畿内の政争など、霞の向こうの出来事でしかなく、将軍の名を聞いても首を傾げるばかりであった。


――この状況で天下を狙うとか、普通に無理だろ。


内心でそう切り捨てる。人口差、経済力、情報量。何を取っても桁が違う。


「この地より京へ号令――などと申すは、笑い話にもなりませぬな。民の数が違いすぎまする。五倍か十倍か……いずれにせよ、無理は無理にございます」


琴は首を横に振った。


「そのような大それたことは望みませぬ。父祖の代より続くこの地を守れれば、それでよいのです。……あなたは、この先どうなさるのです?」


静かな問いであったが、逃げ場はどこにもない。春の空は淡く、雲はゆるやかに流れている。


貴丸はその流れをしばし眺め、やがて息をひとつ吐くと、力を抜いたまま再び縁側の板の上へと身を沈めた。


「どうもこうも、ございませぬな。まずは鼻くそを掘り、次に昼寝をいたし、気が向けば川や海を眺める。それで一日が終わる――実に平和でよろしいではありませぬか」


琴の眉がわずかに寄る。


「何を爺のようなことを……あなたの未来はこれからではありませぬか。近隣からはおろか、領民からすら、”怠け者”だの、”物臭(ものぐさ)”だのと申されておりまするよ」


「称号が増えるのは結構なことにございます。この頃は“(たわ)け”に“不精者(ぶしょうもの)”も加わりました」


貴丸は目を閉じたまま、どこか楽しげに言葉を継ぐ。


「いずれ朝廷に届き、官位にでもなれば面白い。“天下一の怠け者”など、なかなか響きがよろしいではないですか」


そして、ふと声を落とした。


「……官位が叶わねば、自ら名乗るも一興にございますな。戦国武将ならぬ――“戦国不精”など、ちょうど身の丈に合いましょう」


その一言に、琴はぽかんとした顔をした。


「……戦国、とは何にございます? いまは永正の御代でしょうに。あなたは、ほんにもう……」


呆れと困惑が入り混じった声は、やがてため息へと変わる。


言葉は続かず、琴は首を振って背を向けた。廊を去る足音が次第に遠ざかり、やがて屋敷には静けさが戻る。


貴丸はしばし目を閉じたまま、何も言わずにいた。


――ああ、そうか。


この時代を“戦国”などと呼ぶのは、まだ先の話だ。


そんな当たり前のことに、今さらのように思い至る。だが、それもほんの一瞬で、興味はすぐに薄れた。


――まあ、どうでもいいか。


誰に聞かせるでもない思考を流し、そのまま身体をわずかに転がす。板の温もりが背に心地よい。


結局、貴丸はまた、何もせずにごろりと横になったままだった。


そして、しばらく後、貴丸は小さく息を吐いた。


「――さて」


誰にともなく呟き、鼻から取り出した、指先の小さな欠片を庭へ弾く。


――でもまあ、食えなきゃ終わりなんだよな。


思考は淡々としている。感情ではなく、ただの事実として。


「砂金でなくとも、腹が満ちればそれでよい。米でなくとも、稗でも粟でも蕎麦でも……食えれば勝ち、にございまするな」


言葉は軽い。だがその奥にだけ、わずかな重みが残る。


半ば閉じた瞼の下で、視線は遠くへ向けられていた。


海である。太平洋の波は、規則正しく寄せては返し、何も変わらぬようでいて、確かに何かを運び続けている。


――やりよう自体は、あるんだよな。


その考えだけが、静かに沈む。


大和田貴丸、十歳。


鼻くそを砂金に変える術は持たぬ。だが、腹を満たす術ならば、いずれ見つけるかもしれない。


縁側の陽は、まだ高い。


そして、物語はようやく――わずかに、動き始めていた。……わずかにね。


どうしましょ。

あまり歴史にも地理にも詳しくはないんですが、書いてみました。。

歴史小説は大好きなんです。

でも、はじめての挑戦なので、優しい目で読んでください。。

打たれ弱いので、あまりに手厳しいと、、、


ちなみに、貴丸の会話や独り言は、わざと前世とこの時代のちゃんぽんの会話になってます。

読みづらいかな。。

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