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「ステラ様、今日は少し日差しが強そうです。…お帽子をお持ちください」
「ありがとう、ハンナ。いってきます」
「はい、いってらっしゃいませ…!」
よく晴れた次の日の朝、ヴォルフラムに手を引かれて街へと出掛けるステラを感慨深く見送るハンナ。
天気が良かろうが悪かろうが、ほとんど自室から出られず床に臥せていた主人。近所に歩いて買い物にいけるなんて、数週間前までは考えられなかった回復ぶりに目を見張っていた。
まだ春からそんなに経っていないのに、ジリリと強い日差しの中、元気に歩いていったステラを眩しそうに見つめた。
***
ステラは道中、自分の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれるヴォルフラムから、謝罪を受けていた。
「…というわけで、今回の討伐は行くべきじゃなかったんだ。蔑ろにするつもりはなかったんだが、結果そうなってしまって、本当にすまない」
「はぁ…。私にはお仕事のことはよく分かりませんが、
ヴォルフラム様が気になさることはないと思います。言伝ならヘクターさんから聞いていましたし、私は療養していただけです」
ヴォルフラムはステラの顔色を伺うが、本当に何とも思っていない様子にいたたまれなくなる。
…きっとこれは、ステラが優しいとか心が広いからじゃない。一人、屋敷に置いていかれることが当たり前で、慣れているんだと思った。
痛ましい気持ちでヴォルフラムが黙っていると、ステラは凛と背筋を伸ばして正面を向く。
「今後、ヴォルフラム様が兵の出動要請があった際。
無駄に判断を迷われることがないように、私の事は考えなくて構いません」
「…言いたいことはわかった。
ただ今回は、俺が優先順位を間違えたことだけ伝えたかったんだ」
「…では、今日は罪滅ぼしのお出かけデートなのですか?」
可笑しそうに笑うステラの言葉に、完全に図星のヴォルフラム。
何なら服だの、宝石だの買い与えようとしたことすら見透かされている気がした。
ちゃんと向き合いたいのに、不慣れで不器用なヴォルフラムは、女心を汲み取ってスマートにプレゼントすら買い与えられない。
…こういう駆け引きは苦手だ。
性にあわなさすぎて、ヴォルフラムはもはやステラの機嫌を取るための小細工を考えるのを辞めた。
数分歩くと、舗装された馬車道の通りにずらっと並ぶ商店街。小さな店舗が建ち並び、一本奥の通りには催し物をする際の大広場やレストランなどがあった。
その奥に転々と、領民の住居や広大な畑、畜産の牧場などが広がっていた。
「ここが羊毛を扱う店舗だ。中心部に卸しもやっているから、…ほとんど店というより工房だな」
「わぁ、まだ毛糸になっていない羊毛がたくさん!」
ステラのご所望の羊毛を扱う店に入ると、既に職人達が仕事をしていた。ステラはその慣れた手さばきをじっと観察する。
…丸まって絡んでモコモコしていた羊毛が、職人の手にかかるとあっという間に繊維がそろってふわふわになる様子に魅入る。
「こちらでは染色はされないのですね。私はこの生成の暖かい色合いも好きです」
「いらっしゃいませ。
王都に着く頃には色んな所の羊毛とブレンドされて、作るものに合わせて強度を変え、加工を加えて製品になります。主に、ここでは原材料として出荷してます」
ヴォルフラムとステラの姿を見て、工房から店主が出てきて説明をしてくれた。
ステラがぺこりと頭を下げると、佇まいにその辺の娘との雰囲気の差に目を見張る店主。
「噂には聞いてましたけど、早速奥方様を連れてお出かけですか。…ヴォルフラム様も隅におけませんね。いつの間に王都から掻っ攫ってきたんです?」
「俺は人攫いか…!
少し縁があっただけだ。日頃の行いがいいから神様からのプレゼントかもな」
「言いますねぇ」
ポンポンと領民と砕けた会話をするヴォルフラムに、辺境伯と領民の距離の近さに驚くステラ。
人柄の良さと、持ち合わせた武力で危険と隣り合わせの地域に住む領民から信頼を得ているのだろうと思った。
切望していた妻という立場のステラの存在を、サラッと“神からのプレゼント”なんて言い表したヴォルフラム。
…ステラの体質のことなど一切触れなかった。
噂が回っている領民に向けた言葉だと分かっていても、心の奥がキュッと締め付けられる気がした。
恋を知らないステラはまだそれが、ときめきだとは気付かない。
久しぶりの外出で心が高ぶっているのだろうと、落ち着けるために軽く深呼吸をする。
…領民とも今日が顔を見せる初日となる。ステラは気を引き締めた。
一人の職人に声をかける。彼は糸を紡いでいた。
「糸も紡ぐのですね」
「ここで捌ける量だけ、糸に、します!
…もし製品を買うなら、時間のかかるものは裏の工房で予約できるっすよ」
敬語になれていない若い男性だったようだが、女性のステラが工房にきたのは何か商品を求めに来たのだと思ったらしい。
その言葉に、店主が慌てる。
「あぁ、気にしないでください。
ここで作らせているのは、手先が器用な平民の編み子に仕事を与えるためのもので、上等な刺繍や生地ではないですから…」
噂で侯爵家の令嬢だと聞いていた店主は、そんなステラが好むような流行りの品はないと否定する。
店頭に飾られた上等なウールのブランケットは確かに簡易的な模様ではあるが充分暖かそうだった。
一つ頼もうかと口を開こうとしたステラに、ヴォルフラムが先に口を開く。
「今年の羊毛は出来がいいんだろう。あのブランケットを一つ拵えてくれ」
「ヴォルフラム様…、私自分で…」
「罪滅ぼしの買い物デートに付き合ってくれるんだろ?…アイゼンベルクの冬は厳しい。いくつかあっても足りないくらいだ」
「ありがとうございます…!」
出来上がり次第、屋敷にお届けしますと店主に見送られて、二人は寄り添って次の店に向かった。
***
ヴォルフラムは田舎田舎と下げる言葉が多いが、街は人通りが多く活気づいていたし、清掃もよく行き届いて清潔感があった。
王都で主流の魔法具ではなく、街灯や施設などが古臭いデザインになっているのは否めない。しかし、そもそもステラはアレルギーを起こさないからこそ、こうして外出できていた。
道行く人々に、笑顔で声をかけられる慕われるヴォルフラムが小さな頃からこの街で生まれ育ったと見て取れた。
昼時になると、屋台でテイクアウトのサンドイッチや串打ちされた肉などを販売する声が上がる。店の店主に手招きされて覗くと、年配の顔に大きな傷のある厳しい顔つきの男がヴォルフラムを呼ぶ。
「よぉ!ヴォルフラム様…!女連れとは珍しいですな!」
「なんだまた朝から飲んでたのか?奥さんに叱らるぞ」
「なんせうちの領主の結婚ですから!お祝いお祝い…!」
輿入れ自体は4日ほど前なので、きっと理由をつけていつも飲酒しているのだろう。
「いやぁ、細っこいが美人な嫁さんもらいましたね…!」
「こ、こんにちは。ステラと申します…わっ」
「いい、いい。きっと明日には名前なんて忘れる」
ステラが酔っぱらいの領民にどう関わるべきか困っていると、庇うように肩を抱いて店主に串を注文したヴォルフラム。
「ちょっと小腹空いたし、買い食いして帰るか。
…こんな酔っぱらいだが味は確かだぞ」
「はい、いただきます!実はちょっと気になってました」
広場のベンチに座って噴水を眺めながら、チキンの串焼きを食べる二人。
ステラは買い食いなんてした記憶は、お菓子を買い与えられていた子どもの時ぶりだった。
…流行病にかかる前の5、6歳の頃の遠い記憶が蘇る。
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