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屋敷に戻ってから、簡単に体の汚れを落とし、ガシガシとタオルで頭を拭きながら執務室の机に座って、急いで返事をしたためるヴォルフラム。
執事のヘクターが行儀の悪さに表情を歪めながらも、差し迫った現状に小さくため息を着く。
「ヴォルフラム様、…ご婚姻を了承なさるのですか?」
「こちらからして見れば、願ってもない良縁だ。今までろくな縁談は来ていない。
俺ももう今年で26だし、もう後がないだろう」
「…ベルシュタイン侯爵家の末娘といえば、病弱でデビュタントも難しいほど床に臥ていると聞いたことがあります。まさか『魔力アレルギー』なんて疾患があるなんて」
貴族の男性の結婚適齢期は18〜25歳頃、遅くても30歳までには初婚するのが普通だった。
辺境伯というニッチな、しかも『魔力なし』のヴォルフラムへの婚姻募集に声をあげる令嬢は今までいなかった。
18歳と26歳は、少し年の差はあるが貴族の家同士の結婚ならおかしくもない。
『魔力アレルギー』という病名を聞いたことがなかったが、食物アレルギーや畜産などで働く平民が目の痒みやくしゃみ、鼻水が止まらないといった症状が出ることがあると、耳にしてたヴォルフラム。
ポーションを服用していれば日常生活は改善する見込みとも、添付された医師の診断書に記載されていた。
「魔力で溢れた王都で暮らすのは、確かに難しいだろうな。かと言って古臭い田舎暮らしが、王都育ちのご令嬢に合うかも分からん。…そっちの方が心配だ」
「早急に部屋の準備とメイドの采配をします」
「一人は連れてくるとあるが、人手はあった方がいいだろう。魔力の少ない平民から募集しようか」
赤裸々に自らのデメリットをさらけ出した婚姻申込書と断りの返事すら受け入れるという旨の内容に、ヴォルフラムはベルシュタイン侯爵の娘の命を救いたいという真摯な気持ちを受け取っていた。
…少しでも心安らげる環境を整えようと、急いで予算をかき集めた。
***
ベルシュタイン家に婚約承諾の返事が届くやいなや、
父ルドルフは王家に婚約報告書を提出した。
長男のアルベルトは、アイゼンベルク辺境伯領まで片道一週間ほどの長旅を乗り切れるよう、体力のないステラの為に魔道具の使われていない古い馬車を用意。スプリングの効いた寝台にもなるよう座席を改造した。
嫁入りに同行するハンナは、元々ステラ付きの同世代の侍女だった。
本来、嫁入りの為にと目星をつけていた魔道具付きの家具は持たせられない。後日改めて贈るとの手紙と衣服や身の回りの物を準備できるだけのものを用意した。
「ステラ、本当にごめんなさい。…私がアレルギー体質だったばかりに、きっと遺伝してしまったのだわ」
「お母様…そんなことありません!私自身の免疫のせいですし。それに…きっと辺境伯で暮らせば体調も良くなります」
「エリックが留学から帰ってきたら、俺も一度辺境伯領に遊びに行くよ」
「はい、アルベルトお兄様。楽しみにお待ちしております」
次男のエリックは隣国に留学していて、あと一年ほど滞在期間がある。
まさか帰還を待つ前にデビュタントからすぐ輿入れになるとは思いもよらず、ステラは手紙を書いて送っていた。
アイゼンベルク辺境伯領の冬は厳しいと聞いている。春に兄たちと会えるとなれば楽しみに待てるし、ステラはきっとその頃には容態も安定しているはず。
「ステラ…。本当に侍女はハンナだけでいいの?
貴方の体調の事をわかっている人が一人でも多い方が…」
「はい。セシリアお姉様も、しばらくすれば嫁入りですし、お姉様さまこそ心を許せる侍女をお供におつけ下さい」
姉のセシリアは隣国の侯爵に見初められ、半年後に輿入れが決まっていた。
きっとお姉様とは今日で滅多に会えなくなるだろう。
…もしかしたら顔を合わすのは最後になるかもしれなかった。
「お姉様、先に家を出ることになって嫁入り道具を分けてくださりありがとうございます」
「いいのよ…!私の方はまだ時間があるんだから。手紙も沢山書くから、どうか元気でいてね。愛してるわ」
「はい…!私も愛してます」
姉とぎゅっと抱き合っていると、アルベルトがステラの頭をグリグリと撫でる。
ルドルフがそっとステラの手を引いて馬車に乗せてくれる。
「何も世界の果てに嫁ぐわけじゃない。
一週間もあれば、いつだって会いに行ける」
「はい、お父様。それでも、…大変お世話になりました」
「あぁ…。いいか、ステラ。お前は自分の体のことだけをまずは第一に考えるんだ。
お相手のヴォルフラム様は、こちらの事情を全て分かった上で婚姻を承諾してくれた」
「…はい」
ルドルフは返信が来てからも同じようなことをステラに話してくれたが、ステラは本当に世継ぎが産めないかもしれない自分を受け入れてくれるのかと疑心暗鬼だった。
「…あと最新式の魔道具のことだが、ベルシュタイン家の意地をかけてでも何とかしてみせよう。
今直ぐにとは言わないが、いつかお前が王都に遊びに来れるような環境を、俺とアルベルトで作る」
「お、お父様…?」
「また手紙で報告しよう。…出してくれ!」
父親が別れ際に、気になることを言いかけたが、一体何をするつもりなのかと詳しく聞けないまま、ステラは出発した。
***
ガタガタ揺れる馬車の中は快適とは言いがたかった。
ステラは王都内の道に至る所にある魔道具の中を通る。そのため出発してすぐに飲めるようにポーションの時間を調整していた。
「ステラ様、横になりましょうか」
「…ありがとう、ハンナ」
…すぐに副作用の眠気がやってきた。
道行く景色をぼんやりと見ながら、目を開ける度に軽い吐き気と目眩を感じ、少し多めに休憩を入れてもらいながらも、何とかアイゼンベルク辺境伯領に辿り着いた。
ステラは、古めかしい頑丈そうな作りの屋敷に案内され、ハンナに荷物の搬入を任せて当主との顔合わせに向かう。
到着前にドレスを着て、化粧を施してもらったので、顔色の悪さも何とかなっていた。
「ようこそ、おいでくださいました。ステラ様。
執事のヘクターお申します」
「ステラ・ベルシュタインです。
どうぞ、これからよろしくお願いします」
ステラは屋敷の執事に出迎えられ、淑女の礼でしっかりと挨拶し促されるまま、何人かのメイドたちが頭を下げる間を通って、屋敷の奥の部屋に足を進める。
絨毯は精巧な刺繍などはなくシンプルな配色だが、フカフカと感触良く、品質の高いものが使われていると分かった。屋敷内の調度品も美術品やアートなどはなく、動物の角や骨、大きな鎧などが飾ってある。
シャンデリアも豪華さはないが、しっかりと部屋の中を照らし出す灯りは、ステラが産まれる前まで主流だった魔石を使ったものだった。
「到着されました」
「…通せ」
「失礼します」
ヘクターが応接間の扉をノックし、中で待つ辺境伯爵に声をかける。低い声が聞こえて、ステラも頭を下げる。
ギギッと音を立てて開いた扉に、顔をあげると中には軍服のような正装を身につけた、岩のように大きな体躯。
筋肉に覆われた身体に、赤い髪と鋭い金色の瞳をしていた。
…“ギフト”持ちとは聞いていたけれど、想像よりずっと大きくて逞しい男の人だ。
ソファにどっしりと座ったヴォルフラムは、ゆっくり立ち上がって対面のソファを指し示す。
立ち上がると余計大きく見え、平均的な女性の身長だがかなり細身のステラより頭一つ分以上高かった。
「よくこんな辺鄙な場所まで来られた。君を歓迎する。俺はヴォルフラム・アイゼンベルクだ」
「ステラです。この度は、急な輿入れにご了承下さりありがとうございます」
最初の挨拶を交わしながら、ヴォルフラムはなんとか顔に笑顔を貼り付けながらも内心ひどく驚いていた。
…細すぎる…!何だこの腕、親戚のガキンチョの方が太いんじゃないのか。
病弱で臥せりがちと聞いていたが、恐ろしく体は細く、悪く言えばガリガリで、顔色も化粧で誤魔化しているようだったが青白く、今にも儚くなってしまいそうだった。
…長旅で疲れているだろうし、早く部屋で休ませてやらねば。
「部屋は用意させている。少し早いな、後で昼食を…」
「…申し訳ありません、あまり食欲がなくて…」
「そうか。温かい飲み物だけ部屋に運ばせよう」
今後ともよろしく頼む、そう告げようとしたヴォルフラムに、ステラは食い気味で話しかけた。
「ヴォルフラム様…!
親書でもご説明があった思いますが、私はこの体質ゆえご迷惑をおかけするばかりでなく、…世継ぎも産めないかもしれません。本当に私を妻として認めていただけるのでしょうか」
必死に想いを告げるステラをじっと見つめ、真剣に話を聞くヴォルフラム。うんうん、と相槌をうちながら最後までしっかり話を聞いて、口を開く。
「元々こっちは嫁にさえ来てくれれば大助かりだ。もし子が出来なくても、腕の立つやつを養子に取るつもりだった。アイゼンベルク辺境伯は血族よりも、家系を繋ぐことの方が重きを置いている。
…王都の連中とは違う感覚かもしれないが、これで長年砦を守っているんだ」
「…そう、ですか。ありがとうございます」
ほっと目に見えて体の力を抜いたステラに、ヴォルフラムはなるべく優しく笑いかけた。
ヘクターに自室へと案内するように促した。
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