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マグノリア王国 番外編  作者: 麻生あきら
硝子の小鳥

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02 セーレナ

「これを貴女に」


 小鳥のさえずる『王妃の庭園』の木陰で彼は言った。

 今でも艷やかに長い、彼の黒髪が風に揺られている。

 彼は微かに震える両手でわたくしの手のひらを包んだ。その手を離した時には、ガラス細工の青い小鳥が置かれていた。

 不思議に思い、木漏れ日に光る小鳥を見つめた。


「貴女をずっとお慕いしております。私と結婚していただけませんか?」


 いつもの軽い口調は微塵もなく彼は言った。

 理解するのに少し時間がかかってしまった。だって、そんな素振りすらなかったはず。

 そもそも⋯⋯。


「貴方が今まで結婚なさらなかったのは、アルドー様を愛していらっしゃるからでしょう? わたくしに求婚なさるのは、わたくしが不憫だからですの? フラッハ様?」


 彼はとても驚いた顔をした。

 フラッハ様はアルドー様を過保護にお世話していた。

 それにわたくしは昨年寡婦になり、ふた月前に息子まで亡くしてしまった。

 だからきっとそう。


「私は図書館で貴女を見てからずっと惹かれているのですよ。ここで貴女が小鳥に話しかけていた時に、どうにも⋯⋯愛してしまったのです。可愛らしい貴女を」


「⋯⋯かっ、可愛らしいだなんて。そんな」

 なんて事なの。一生言われる事がないと思っていたのに。




「まあ、それは置いといてですね」いつも通りのおどけた調子で笑う。

「置いていいんですの?」

「ふふ」肩を竦めて笑うフラッハ様。


「先日、学園長が急逝されましてね。私に依頼が来ました。サピエンティア公爵家が王家預かりに戻るなら、学園長に就任しろ、と。兄のフルーメン伯爵から。そこで、考えた訳です」

 首を傾げてわたくしを覗き込み「貴女に教鞭を執っていただきたい」そう言った。


「ですが、そんな経験もございませんし⋯⋯」


「いやいや、奥様⋯⋯、いえ、王妃陛下に色々教えていた手腕を、私はよく知ってますよ?」


 言い淀んでいるわたくしに、彼は畳み掛けるように一番欲しいと思っていた提案をした。


「どうでしょう? 私と結婚して、()()()()()()()()()()()()()()()?」


「⋯⋯でも、貴方を愛せるかわかりませんわ」

「いいんですよ。ここを出る手段で。まあ、こんな年で、燃えるような恋がしたい訳じゃないですし? してもいいですけど。あー、でも、やっぱりしたいかな? はは」


「⋯⋯少し考えさせてくださいませ」

 どこまで本音なのかわからない。でも、嘘でもなさそう?


「ええ、求婚する日がやってくると思っていなかったんですから、いくらでも待ちますよ。でも、これだけは忘れないでください」


 彼はわたくしの指に口づけて、只々優しく笑う。

「貴女が、この場所から飛び立つ手伝いがしたいんです」


 ──わたくしはそこまで想われるに値するものなのかしら。

 心が締め付けられた。




「あ、あのあの、聞いて下さいませ。クリス様」

 執務中に申し訳ないと思いつつ、王妃であるクリス様に縋ってしまった。


「いかがなさいました? セーレナ様」

 相変わらず可愛らしい笑顔でわたくしを迎えるクリス様。可愛らしいというのはこういう女性の事を言うのでは無いのかしら?


 フラッハ様から求婚された事を告げると「ああ、言えたんですね」と、ホッとした様子。

「父から小鳥の置物の依頼を受けたと聞いて、決心したのだと思っておりました」


 クリス様はご存知だったようです。

 長い間、家令としてお付き合いされて感じていたのだとか。



『お綺麗ですしねー。⋯⋯知ってます? ミニュスクール公爵令嬢は、可愛いものが大好きなんですよ! 先日、王妃陛下の庭に小鳥が舞い込んでて、鳥と一緒に首を傾げながら話しかけてたんですよ! いやあ、いいもの見たなあ』



 そんな事をエミリオ様に語った、とフリア様から聞いていたそうです。


「その時の事なのかしら⋯⋯? かっ、可愛らしいと言われてっ⋯⋯」

「セーレナ様はとても可愛らしいですよ?」

 クリス様は、さも当たり前のように言った。




「幾度かフラッハはサピエンティア公爵家の為に後継を、と女性とお付き合いした事もあったようですが、上手くいきませんでした 。きっとセーレナ様を超える女性が現れなかったのでしょうね。⋯⋯いると思えませんけど」


「そんな⋯⋯。それと学園で教鞭を執って欲しいとも言われましたわ。ここから出ませんか、と」


「セーレナ様は教えるのが本当にお上手ですもの。それにフラッハはとても心配していましたわ。ああ見えて、とても優しいのですよ? お薦めですわ」


 クリス様の圧が強いのが気になりますが、優しいのは確かです。⋯⋯世話焼き気質なだけかも知れませんけど。


「わたくし、ここにいるのは辛いのです。色々ありすぎて。ですが、実家にも戻りづらいですし、とても有り難いお話なんですけれども⋯⋯。利用してしまうようで申し訳ない気がするのですわ」

 ──だって、二十八年も前から想って下さっている方。その気持ちを踏みにじるのではないのかしら?


「でしたら、結婚の話はひとまず忘れて、学園の話だけ受けても宜しいのではありませんか? 陛下も、わたくしも応援致しますわ」


「⋯⋯そ、そうですわね」




 自室に戻り、ガラス細工の青い小鳥を手に取る。

 クレプスクルム様の婚約者候補になってからの事を思い出す。

 快活なクレプスクルム様についていけるようにひたすらに努力した。結婚して子をもうけ、即位するまでは穏やかに過ごせていた。

 でも、あの方はわたくしを『愛している』と言ってくださらなかった。


 そして『聖女の人形(あれ)』が来てからは、わたくしなどいないも同然だった。

 わたくしはそれを見ないふりをして、忘れたふりをして⋯⋯、政務に携わってきた。

 クレプスクルム様が命を絶って、人形の記憶が朧気になった頃にディルクルムも命を絶った。


 王城(ここ)は嫌な思い出しかない。

 でも、彼が、この青い小鳥が、わたくしをここから連れ出してくれるのなら⋯⋯?


 いつも(おど)けながらアルドー様を心配する彼。

 そんな彼しか知らなかった。

 なのに今日の彼は、とても緊張しているように見えた。


 少しずつ心に木漏れ日の光のような、ゆらゆら揺れる温かいものが広がる。

 これは⋯⋯?


 小鳥を窓際に置いて、窓を開けた。

 初夏の心地よい風が舞い込んだ。




 二日後、王城を訪れていた彼に使いを出し、『王妃の庭園』で待つ。

 さわさわとマグノリアの木々の揺れる音がわたくしを包む。手の中には青い小鳥。


 彼は小走りでやってきた。少し不安げな顔。

 真っ直ぐに彼を見て告げる。


「わたくしをここから連れ出して下さい。求婚をお受けします」


 最後まで聞かずに、彼は私を抱きすくめた。

 強くて優しい抱擁。

 ──心地よさに目眩がしそう。

クリス、フリア、ペールにはバレバレでした。

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