01 フラッハ
「貴方が今まで結婚なさらなかったのは、アルドー様を愛していらっしゃるからでしょう?」
小鳥のさえずる『王妃の庭園』の木陰で彼女は言った。
私はその言葉に、ただ瞠目するばかりだった。
そんな風に思った事は無かったから。
「わたくしに求婚なさるのは、わたくしが不憫だからですの? フラッハ様?」
眉根に皺を寄せて彼女は言った。
なるほど状況としてはそう取られてもおかしくない。
なにしろ私は、寡婦となり、その上息子まで失ったセーレナ王太后陛下に求婚したのだから。
私は学園時代からずっとアルドー様を見守り続けていた。
当時の彼は、とても頼りなく感じたから。
アルドー様とは、マグノリア王国第六十二代ベニニタス国王陛下の第二子としてお生まれになったお方だ。
兄のクレプスクルム様が即位され、その嫡子であるディルクルム様が五歳で立太子された折に、王家から離れサピエンティア公爵となった。
その時に私はアルドー様付きの侍従から、サピエンティア公爵家の家令になった。
まだ二十四歳と年若く経験も浅い私だったが、アルドー様の信頼を得ていた。アルドー様とは学園からの付き合いとあって気心もしれ、協力しあって公爵家を切り盛りした。
それから十九年。
ディルクルム陛下が塔から身を投げられて、遺言通りにアルドー・ルカ・マグノリア様、いや、改名されてアルドー・ソル・マグノリア様が、第六十五代マグノリア国王に即位した。
「フラッハ、王城でも引き続き家令をお願いしたいんだが」
大事件からふた月ほど経って、アルドー陛下は執務室でにこやかにお話になった。
このふた月、ずっと公爵家を仕舞う作業に徹していた。領地や使用人の整理など、息をつく暇もなかった。
やっと落ち着いたところだ。
「いえ、私には荷が勝ちすぎます。王城の規模は無理です」と、お断りした。
ディルクルム様は即位後一年で逝去された。
ディルクルム様にお仕えした家令にそのままやってもらえばいいのではないだろうか。
私はサピエンティア公爵家の家令だ。公爵家と王家では管理するものに差がありすぎる。
「公爵家はまた空位になるんだよ? その後はどうするつもりだい?」
アルドー陛下は心細そうな顔をする。私に対しては学園の頃からずっとこんな感じだ。
ちょっと世話焼きが過ぎたかも知れない。何かと甘えてくる。何十年経ったと思ってるのか。
──ああ、これだから、あんな事を言われたのか。
「陛下ー、もう私がお世話しなくても充分やっていけるでしょー? 本物の神殿長とも仲良くなったようだし?」
「いや、彼らはいずれフローレスへ行くと言っているよ。国内を回りたいとも言ってるしね?」
目に見えて慌て始める陛下。変わらないなあ。
仕方ない、一発かましましょうか。
「実はですね、セーレナ様に求婚して、受け入れていただけました」
「⋯⋯うん?」今度はアルドー陛下が瞠目する番だ。
「先だって学園長が急逝されましてね。席が空いたんですよ。で、セーレナ様と学園の改革に取り組もうかと」
「いやいや、待て。そこじゃなくて」
「改革したいんでしょ? 私は『教育』主家の出ですからね。話が早いでしょう?」
「それは有り難いけど、だから、そこじゃなくてだな。セーレナ? 求婚?」
不思議に思ってますね。そりゃそうでしょう。表に出さないようにしてたんですから。
綺麗で可愛い女性ですよ。ずっと心にしまってましたよ。
だって、初めて会った時にはすでに王太子の婚約者だったんですから。
「いいじゃないですか。セーレナだって身の置き場に困ってるんですし」
夫と息子に先立たれ、即位したのは義理の弟だ。
ミニュスクール公爵家に戻るといっても、彼女の弟がすでに当主となっている。戻り辛いだろう。
クレプスクルム様との関係も良かったとは言い難いし、毎日息子の死んだ場所なんか見たくないのではないか。
そんな王城の片隅に押し込めておくなんて、私には我慢ならない。
──何度も言うが、綺麗で可愛い。とても真面目でまっすぐな人だ。
「ですからね、求婚したんですよ。私が学園長になるから教鞭を執ってくれないかって」
「教鞭を執るのと、求婚は別の次元の話じゃないのか?」陛下は首を捻る。
「あれですよ、ほら、口実。そうでもしないと受け入れてもらえないかなーって」茶化して言ってみたが、割と本心だ。
彼女に学生の頃からアピールした事などなかったのだし。
陛下は目を伏せ、顎を指で揉んで何やら考え込んでいる。
「今まで幾人か交際しても結婚まで至らなかったのは、まさか⋯⋯」
「ええ、セーレナ以上の女性なんて、いる訳ないじゃないですか」
その言葉に唐突にこちらを向いて「わかった」そう言って私の両肩に手を置いた。
「フラッハ、君にセーレナを任せるよ。いいね?」
何だか聞き覚えがある言葉だな。
ああ、あの時か。『部門別発表会』で学園に残れと言われた時だ。
あの時は腹が立ったが、「もちろん」当然守るに決まってる。
「お二人ともこちらにいらしたのね?」
侍従の案内でセーレナが現れた。
私はすぐさまセーレナの右手を取り口づけした後、アルドー陛下の前までエスコートした。
一部始終を見た陛下が目を丸くしている。
「フラッハ様からお聞きになりまして? わたくし、フラッハ様の妻になりますわ」
晴れやかに微笑むセーレナは美しい。まだ少しやつれた感は拭えないが、目に輝きが戻ってきたようだ。
「ああ、とても驚いているよ⋯⋯でも、そうだな。君が幸せなら、私は安心だ」
「有難うございます。アルドー様。ですので、ひと月後の夏の休暇の頃にはここを離れますわ」
とは言え婚約式はおろか、ミニュスクール公爵家に結婚の了承も取っていない。彼女から返事をもらったのは昨日の事だ。
セーレナは学園の敷地内にある学園長用の邸宅に、すぐにでも来てくれると言う。風聞が悪いので、社交シーズンの終わりまでは王城に居てもらおうと思っていたのだが。
『今更ですわ。クレプスクルム様の奇行はそれなりに知れていましたし、崩御されて一年は経っておりますわ』そう言って扇で顔を隠した。
かなり怒気の強い顔をしているんだろうな、と内心思った。そういう怒りっぽいのを見せないようにするのも可愛くて好きなんだ。
「そういう事なので、家令の件はお断り致します。今の家令は私よりしっかりしてますよ」
「残念だが、仕方あるまい」眉を下げて微笑むアルドー陛下。
「さ、フラッハ様。ロレンツォに報告いたしましょう」
「え、事後承諾なのかい?」
「お返事したのが昨日ですの。ロレンツォも嫌とは言わないでしょう。帰って来られても迷惑でしょうしね。では参りましょう」
す、と右手を上げるセーレナ。
そっと掬い取り、陛下に一礼する。
「お幸せに」
陛下の言葉を背に受けて振り返り、もう一度礼をして執務室を出た。
「これを貴女に」
ガラス細工の青い小鳥をセーレナの手のひらに乗せた。
じっと見つめて、不思議そうな顔をする。
「貴女をずっとお慕いしております。私と結婚していただけませんか?」
「貴方が今まで結婚なさらなかったのは、アルドー様を愛していらっしゃるからでしょう? わたくしに求婚なさるのは、わたくしが不憫だからですの? フラッハ様?」
「私は図書館で貴女を見てからずっと惹かれているのですよ。ここで貴女が小鳥に話しかけていた時に、どうにも⋯⋯愛してしまったのです。可愛らしい貴女を」
──墓まで持っていくだろうと思っていたこの言葉。言えるとは思ってなかったなあ。
フラッハ、アルドーより余程拗らせていました。
28年も拗らせていた男と、碌な目にあっていない御婦人なので、気を使って書きました。
いつもの三倍は時間がかかってしまいました。
次はセーレナ側です。
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