02 不可分【アルドー】
「その日はそれで帰されました」
カリオから当時の状況を聞かされ、アンバーブロウ家の三人は愕然とした。
「⋯⋯あ、貴方が見たんですね?」クリスが一度はおさまっていた気持ちがぶり返す。スカートを握りしめ、カリオを睨む。
「クリス」アルドーが立ち上がり、そっと包み込み髪を撫でる。
「⋯⋯アルドー様。有難うございます。大丈夫」
「⋯⋯ええと」カリオは頭を掻いた。
「クリスはジュールがすぐに保護されなかった事に心を痛めているのだよ」
アルドーはカリオに恨みがましい目を向けた。
すい、とクリスの隣に座っていたキアラが席を空けた。アルドーがいた席に腰を下ろす。アルドーはキアラに目礼し、空いた席に着いた。
「軍庁舎に戻り、隊長に包み隠さず報告しました」
「そう、この話は王家にも⋯⋯、国王陛下に報告があった。私の命が狙われているから、と」
カリオの言葉をアルドーは引き継いだ。
「だが、ここから先が問題だった」アルドーはカリオに目を向ける。
「陛下は軍の責任者は王太子殿下にある。と、それ以降の作戦を王太子殿下に引き渡したのです。私と隊長は王太子殿下のもとへ参りましたが⋯⋯」
「王太子は春から続くこの件について、まったく関心を持っていなかった。自分には関係のない話だと思っていた節がある。話は聞き流され、隊長とカリオの二人で遂行する事になり、情報も共有されなかった。そのせいで、王太子を除く王家と軍で双方に不信感が生まれた」
「ペール様がはっきりおっしゃってましたね⋯⋯」クリスがため息をついた。
「何て?」カリオの興味を引いてしまった。
クリスはチラリとアルドーを見る。アルドーは、ふ、と苦笑した。
「うちの国の軍隊って役立たずですかー?」感情を込めずにクリスは言葉を発した。
「実際、夏の休暇でブジェフに訪れた際に、クリスとフォンス候爵令嬢が暴漢に襲われそうになったんだから、あながち間違いではないがね。まあ、それはともかく、軍は『部門別発表会』の情報を流しつつ、あちらからの手出しを防いでいた。という訳だ」
「⋯⋯あの。ひとつ質問があるのですが」クリスがカリオに向き直る。「何故、お母様のファンを自称なさったんですか?」
「う、あっ。最初に会った、聴き取りの時は本当に偶然で。フォルフェクス男爵と会った後は、他の隊員への牽制です。『内務』の人間はそれなりにいますから。⋯⋯いや、その、ファンなのはその通りです。学園で『内務』の貴族なら誰でも狙ってました⋯⋯よ」
しどろもどろで説明するカリオを、ノアが眉間に皺を寄せながら見る。
「いや、だって。綺麗で成績優秀な『内務』の下位貴族の女性ですよ? 他部門に渡すなんて、そんな勿体ない」
「そのへんでやめておきなさい。貴族の結婚など利益が最優先だが、そういう物扱いは如何なものかな? 単に君たちに魅力が無かっただけだ。物の本によると、君たちの始祖はかなり女性に情熱的だったそうだが、千年も経つと変わってしまうのだね」
睨み続けるノアと言い訳するカリオの険悪な雰囲気をアルドーが両断する。
「うう。申し訳ございません」
「そうやってクリスの身を守りながら、あちらの情報を上げていたのだろう? 不信はあったが、王太子のいい加減な対応で連携が取れずその日を迎えた、という訳だ。王家は聖堂での防衛に重点を置き、軍はジュゼッペとジュールの誘導に徹した。結果的に彼らは取り押さえられ、ベニニタス王の即位からずっと続いた懸案事項は消えた」
アルドーは少し思案した後、再び口を開く。
「何故王太子が事を軽く見ていたのかはわからない。いくら私が未成年で発言権がないとしても、流石にこれは看過できない。成人後はこの様な事がないように取り計ろう。今の私では言葉が軽いだろうが、本当にすまなかった」
「殿下、頭をお上げください。私たちに謝罪など!」頭を下げるアルドーに、四人が慌てる。
「アルドー様はジュール様を取り押さえ、ジュゼッペ様に足を撃たれてまでみんなを守って下さいました。わたくし達からは感謝の気持ちしかありませんわ。ね?」
クリスはアルドーの手を取り、屈み込んで顔を覗き見た。
「ん、ありがとう、クリス。⋯⋯可愛い」
「⋯⋯殿下、漏れてます。ダダ漏れです」ノアが呆れて言う。
「あらぁ。いつもこうなの? クリス、愛されているのね」キアラがくすくすと笑う。
「先程までの殿下はどこへ⋯⋯」あまりアルドーと行動を共にしたことのないカリオは仰天する。
「出発は明日?」
クリスとアルドーは応接室から居間へと移動し、しばしの別れを惜しむ。
カリオは軍の馬車の誘導の為にすでに外に出ている。
「はい。母に一晩休息を、と」アルドーに握られた右手に左手を添える。
「護衛がいないのは心配なんだが⋯⋯」
「⋯⋯? 王妃陛下からお聞き及びではありませんの?」クリスの問いにアルドーが首を傾げる。
クリスは居間の隅の侍女に手を振った。
「チェルニー⋯⋯?」
「先日、王妃陛下から召喚要請がございまして、王城に参じました。『婚約者として護衛を派遣します』と引き続きチェルニーを寄越して下さったのです。要請を受けた翌日でしたので、少し慌ててしまいましたが、王妃陛下に自領のランプと⋯⋯チョーカーを贈らせていただきました。気に入っていただけると良いのですが」
「チョーカーは君が作ったんだね?」恥ずかしげな顔に気付いたアルドーに、クリスは頷く。
「そうか、チェルニーがいるなら安心だ。いってらっしゃい。手紙を待っているよ。私も必ず手紙を書くから」
いつも通りふわりとクリスの頬にくちづける。
クリスは寂寥感からアルドーに抱きついた。
「珍しいね。離れがたくなってしまう。叱られるから我慢していたけど、これには抗えないよ。フラッハ」
そんな二人を階段から見下ろす陰が二つ。
「⋯⋯思っていたより親密なんだけど」キアラが囁く。
「殿下は私がいてもお構いなしだが、クリスはそうでもなかったんだけどな」複雑な親心のノア。
「あ、でも。殿下は親譲りなのかも知れないわね。国王陛下はいつも王妃陛下にべったりだもの」
「うぅん、環境か。それにしても、クリス。離れなさい」小声で叱る。
「仕方ないわ。しばらく会えないのだもの。私も学園の頃は寂しかったわ。貴方は?」
「そうだな。冬は長かった」
長く離れていた二人と、少しの間離れる二人。
唇の温かさを確かめ合い、それぞれの居場所に戻っていく。




