01 不可分【ノア】
「奥様が到着されました」
侍従長が居間のノアとクリスに告げた。
二人は立ち上がり、キアラを待つ。
玄関の扉が開くなりノアが大股で歩み、キアラを抱擁した。
一瞬驚いたキアラはノアの肩越しにクリスに微笑み、すぐにノアの頬に唇を寄せた。
離れ難いらしく、ノアはしばらくの間キアラの首元に顔を埋めていたが、キアラに促されようやく体を離した。
「ただいま、クリス」
クリスは逡巡したが、涙を浮かべキアラの開かれた両腕の中に飛び込んでいった。
そこへノアが二人を包む。
しばしそのまま感涙する。
「⋯⋯あー、ご報告とお詫びがあります」
ドアの外から声がした。
三人はギロリ、と揃って顔を向けた。
「反応が一緒⋯⋯。親子だなあ。あの、入っていいですか? もうひと方いらっしゃるんですけど」
顔を出したのはキアラのファンを自称する、軍の副隊長だ。
その後ろには何故かアルドーが帽子を目深に被ってニコニコ笑っていた。
「カリオ・ルーポ、諜報第二部隊の副隊長です」
応接室のソファに一人だけ座らず、カリオは立ったまま頭を下げた。
アンバーブロウ家の三人の視線が集まる。
「まずは長い間待たせてすまなかった。マダムはもう自由だ」
アルドーがノアに向け口を開いた。それからクリスに微笑みかけた。
ゆっくりと肘掛けに軽く凭れ足を組み、アルドーは続ける。
「事件後、私は報告を受けていたんだが、こちらにも伝えておきたくてね。ある程度の決着もついたし、マダムをお連れする時が丁度いいかと思ってね。彼を連れてきた」
「一体何を⋯⋯?」ノアが身を乗り出す。
「彼はあちらとこちら両方の内通者だったんだが、それが王家と連携が取れていなかった」
カリオ・ルーポ、『内務』のレーテ男爵家の三男。学園卒業後は兵士となり、平民の女性と結婚して自身も平民となった。
ジュールがマールム公爵領に連れ去られたと軍で情報が回った頃、カリオは自分の出自を生かして『内務』の情報が得られないかと考えた。
妻と実家に顔を出し、両親に孫を会わせる傍ら噂話でも仕入れてこようかと思っていた。
王都の酒場でも情報がないかと足を運んだ時に、学園の同窓生に声を掛けられた。
彼は『内務』の男爵で、平民相手の役所務めをしていた。妹がマールム公爵家に奉公に出ていて、彼に面倒事を持ち込んだと言うのだ。
「お前、確か兵士になったんだよな。ちょっと頼まれろ。『内務』の人間なんだしさ」
すでに平民になったのを知っている男は、居丈高にカリオに言った。
マールム公爵家の家令の兄、フォルフェクス男爵ヌンツィオ・モレッティが王家の情報に触れられる人間を探しているという。
「丁度いいよな。お前、そこそこ上まで行ったんだろ?」ニヤニヤと男は笑う。
「まあ、なあ」渡りに船だが、どうしたものかと顎髭を撫でる。
「平民が拒否出来ると思ってるのかよ? やるんだよ」
──学園では俺の方が成績も良かったのに、平民になったらこれかよ。
ため息ひとつ。
「仰せのままに」胸に手を当て頭を下げた。
「そんな訳で、ヌンツィオ・モレッティに会いました」
カリオは四人を見回す。全員が次の言葉を待っているようなので、一呼吸置いて続けた。
ジュールが連れ込まれたのは、フォルフェクス男爵が経営する高級宿だった。
カリオはその宿の裏口から通され、どう見ても物置という小部屋でヌンツィオと対面した。
「我ら『内務』は危機的状況にある」ヌンツィオは顔を合わせるなりそう言った。
確かにそうだろう。カリオは頷いた。
「ジュゼッペ様の野望は留まるところを知らない。王家を出し抜くのだ!」
何とも芝居がかっていてカリオは居心地が悪かった。お構いなしにヌンツィオは続けた。
「ジュゼッペ様は新たなコマを手に入れたのだが、それを使うには軍部の情報が必要なのだ。お前は警備の状況を探って来い」
「何を、いつ、どこでお使いになるんですか?」出来るだけへりくだった態度で訊くカリオ。
「ある子供を『部門別発表会』の『芸術』で使うのだ。それ以外は今は言えん」曖昧な事を胸を張って言うヌンツィオ。
「必要なのは『芸術』の発表会場の警備情報ですか? ⋯⋯ちなみに、コマを見せていただいても?」
この宿のどこかにいるならジュールを確認をしておきたい。駄目もとでカリオは言ってみた。
ヌンツィオは少し思案したが「ついてこい」と、廊下に出ていった。
──口が軽いなあ。
とは思ったが、見せてくれるなら、まあいいか。と後に続いた。
宿の最上階のさらに奥まった部屋に彼はいた。
ベッドで女に口移しで何かを飲まされていた。
女は耳元で何かを囁いている。
「⋯⋯す⋯⋯て。⋯⋯から解放⋯⋯。アルドー⋯⋯を手に⋯⋯!」
呆けたジュールの口にガラスの棒で液体を垂らす。そして再び耳元で繰り返す。
ジュールは恍惚とした表情で、「ああ、クリス。きっと助けるよ」そう呟いた。
カリオに緊張が走った。
──第二王子を狙っているだと?
「あ⋯れは、幻覚剤?」
「いかにも。ジュゼッペ様の命だ。キアラ・フォンターナの娘を餌に、まずは第二王子を消す」
ヌンツィオの顔から表情が消え、カリオは本気だと確信した。




