手渡される者
「おかえり。六十二」
ハルト・カツラギが大神殿に戻った『聖女の人形』に声をかける。
人形は少し戸惑ったような様子で、返事をしない。
「マスター、彼女は長い間『モクレン』と呼ばれていたのです」
モクレンの後ろからダミーが声をかける。
「そのあたりも含めて六十二代の話を共有しようか」
かつて地球からやって来た移民船、通称『星船』の医療棟では『聖女の人形』の製造が行われた。六十四槽あった調整槽だが、今ではほんの小さな一体がたゆたっているだけだ。
ベニニタスの訃報を受け、ダミーはクレプスクルムの『戴冠の儀』の半月前にオリジナルであるハルト・カツラギを覚醒させた。
これまでも急な継承が無い限りはこの様なサイクルで動いてきた。
『戴冠の儀』と『聖女の人形』の供与をハルト自らが行う。
ハルトとダミーは王の死後王妃から突き返される人形を交えて、その代にあった出来事を擦り合わせる。
星船のハルトの自室には、彼と同じサイクルで目覚めたソフィアが待っていた。
「お疲れ様」そう言って色違いの自分を抱きしめた。
ダミーはテーブルを囲んだ三人の為に茶を点て、甘味を添えた。
「⋯⋯抹茶?」ハルトが首を捻る。
「はい。第六十二代の王妃陛下がお好きでしたので。改良したチャノキを庭園で育てておいでです。ステファン様のご子孫でいらっしゃいます」
「⋯⋯彼は物静かかと思えば、過激なまでに科学を嫌っていたな。その子孫が人形を愛でるとは。シャハルの血が混じっているせいかな」独りごちるハルト。
「私、クラーワ様に名前をいただきました。モクレン、と」
モクレンは胸の前で何かを包み込むように、そっと手を合わせた。
ハルトとソフィアは、ダミーとモクレンに事のあらましを聞く。王妃クラーワが何故『聖女の人形』に名前を与えたのかを。
「珍しい事もあったものだ。それで今まで王城にいたのか」
「はい。次の人形が来るまでは、とクラーワ様が。私も離れ難くて」
ハルトは目を瞠った。これまでこの様な王妃と『聖女の人形』の繋がりは無かったからだ。
国王は人形を隠匿し、王妃は人形を忌み嫌った。
そのせいだろうか、モクレンは他の人形より情緒が育っている様に見えた。
「だが、今回も今まで通りの反応だった」
「ベニニタス様は頭の中で声がするとおっしゃってました。クレプスクルム陛下も同じなのかも知れません」
──なるほど。と、ハルトは思う。
今までもそんな話は出ていた。何処かから干渉を受けているのだろう、と。
それにしても何故そこまで、シャハルはソフィアに執着するのか。
ハルトはソフィアを見遣る。
「最後の私は人として育って欲しいの。子供のうちから。『聖女の人形』の役は私がやるわ。⋯⋯絶対シャハルが何かするはずよ」
ソフィアは薄紅色の茶碗に視線を向けたまま言う。
「やるだろうね。君の身が心配だが、駄目だと言っても聞かないんだろう?」ソフィアが頷く。
「僕も君を送り出して来た責任を取らないとね。一緒にやるよ」
最後の六十四人目を人として育てるにしても、タイミングが重要だ。
自分たちの覚醒に問題が生じないとも限らない。
今成長を始めさせれば最後の王、ディルクルムと年回りが合う。四歳違いで彼のもとに渡せるだろう。
通常は調整槽の中で成長を早めるなどして王に与えてきた。今回人として表に出すのなら、人と同じスピードで育成させるのがいいだろう。
「フローレスのルース家に連絡を取ろう。彼らの協力が必要だ」
一通りモクレンとダミーから聞き取りを終え、ハルトは立ち上がる。
フローレスに回線を繋ぎ、応えを待つ。
後ろでソフィアがモクレンを相手に「フローレスはここより南だから、日に焼けるわよね?」などと肌の手入れについて話し合っている。
フローレスから応答があり、概要を話し訪問の約束を取り付けた。
たまにダミーが使用している偵察機を使えば、即日の訪問が可能だ。
「ねえ、どうして人形たちはアルビノなの?」
通信を終えたハルトにソフィアが訊ねる。
「恐らく、ルシア・ロペスがやった。シャハルは君の瞳と髪の色に執着していたからね。僕は専門外だったから基本通りに設計したんだ。あの部屋に入れたのは、僕とシャハルと、ルシアだけだ。シャハルが色を変えるとは思えない」
「どうして?」ソフィアは知らない。ルシアの本質を。
「ルシアはね、シャハルが欲しくて堪らなかったんだよ」
ソフィアは嫌そうに顔を歪めるが、ハルトは続ける。
「シャハルが死んで、二代目の時に会ったんだけどね。彼女、シャハルによく似た子供を連れていたよ。あれは、シャハルの子だろうね。⋯⋯勝手に作った。夫は金髪ではあったけど、まるで似てなかった」
「勝手に⋯⋯って」
「シャハルとステファンの娘の子供、二代目の国王は人工授精だ。その時に自分用に取っておいたんじゃないかな。シャハルも元老院もどう思ってたかは、僕は知らない。けど、問題になってなかったから黙認したんだろうね」
「⋯⋯めんどくさい」ソフィアは盛大にため息をついた。
「六年後にはフローレスに養女に出す。それまではダミー、頼んだよ。最終調整は僕がやる。引き渡しはダミーにお願いするよ。いいね?」
フローレスのルース家との会合を終え、ハルトとソフィアは再び眠りについた。
ダミーとモクレンの見守る中、小さな命が育ち始めた。




