新たな名前
「魔王、明日街に行くぞ」
昼食中、パンを食べながら勇者は唐突に切り出す。
「街か。それはいいが、余の名は決めたのか?」
「あー、そういやそうだった」
弱体化して少女の姿になった魔王は孤児という設定である。そのため名前を考える必要があるのだが……。
「すっかり忘れてた」
「だろうと思ったわ」
「なら魔王が考えてくれ」
「余は人間の名は分からん。魔族でなら考えられるが、そうすると人間では発音できんからな」
「そっかぁ……」
「ところで、街にはなにをしに行くのだ?」
「ああ、食料や食材の調達にな。それと、12人の魔法使いが別の環境で観察したいんだそうだ」
「あー、なるほどな。よかろう。ならば明日までに名を考えておけ」
「うーん……」
昼食を終えると、勇者は制約魔法の範囲を広めにして外を散歩する。名前など考えた事もない勇者は本気で困っていた。
「女の子らしい名前ねぇ……」
「おや、お困りですか?」
「っ!」
勇者は反射的に構えるが、「ああ、ご心配なく。魔法使いのトルマリンです。はじめまして」と言われて戦闘態勢を解く。
「なんだ魔法使いか。こんな所で油売ってていいのか? 今魔王は一人だぞ」
「毎日観察してますし、ボク以外もいるので」
「それで、なんの用だ?」
「いえ、なにかお困りの様子でしたので」
「ああ……。魔王の名前を考えていて」
「名前?」
「なんだ、あんたは聞いてないのか? 人前で魔王とは呼べないし、見た目は普通の少女だからな。人間としての名前をつけることになったんだ」
「ああー、そういうことでしたか。でしたらエリナはいかがです?」
「エリナか」
「可愛らしい魔王にはピッタリだと思いますよ」
「そうだな、参考にするよ」
名前を提案すると、トルマリンはどこかへ消えてしまった。
「……なにがしたかったんだ?」
勇者はその後も「エリナか……」と呟きながら散歩するも、結局名前は決まらなかった。
* * *
――翌日。
「で? 名は決まったか?」
「……全然」
「はぁ。勇者は考えすぎではないか? それか魔法使いどもに相談すればよかろう」
「あー、相談っていうか、トルマリンていう魔法使いからはアドバイス貰ったな」
「ほう? なんと言っておった?」
「『エリナ』がいいんじゃないかって」
――瞬間、魔王に異変が起きた。
「ぐぅっ……!!」
「ど、どうした!?」
「……そうか、奴め……味な真似をするではないか……!!」
明らかに様子のおかしい魔王を見て一瞬パニクった勇者だったが、ハッとなり12人の魔法使いへの緊急連絡先に通信する。
「もしもし! 魔王が急に苦しみだしたぞ!」
〈あー、上手く作用したんですね〉
「トルマリン!? てめぇ、一体なにをした!」
〈なにをした? 魔王を倒すための実験ですよ〉
「実験!?」
〈先日、魔王の右側頭部を狙撃しました。もちろん防がれましたが……。その弾丸には魔法の仕掛けをしておいたんですよ〉
「仕掛けだと?」
〈魔王の聖属性が本物だとしたら、聖属性に対しては基本的に魔法は効きません。なぜなら神聖な存在である神や精霊は世界の法則の外側に在りますから。
ただ、大昔にはあったんですよ。神殺しの魔法というものがね〉
「神殺しの魔法……だと!?」
〈今回は急遽だったので仕込めたのは一つだけです。その仕掛けを発動させるキーワードが『エリナ』なんですよ〉
「――っ!」
まんまと利用された自分に怒りが湧く勇者であったが、苦しむ魔王を見て我に返る。
「……どんな魔法なんだ?」
急に落ち着いた様子の勇者に、トルマリンは若干の違和感を覚えながらも説明する。
〈簡単に言うと毒なんですよ。神経毒のような作用が働いて呼吸困難に陥る。……ですが、そろそろ時間でしょう〉
「なに?」
トルマリンがそう言ったタイミングで、魔王の様子が落ち着いた。
「っかはぁ! はぁはぁ……」
「魔王!」
「……ふっ、フフハハハハハハ!!」
高らかに笑うと勇者から通信機を奪い取る。
「トルマリンよ、してやられたわ。大した策士ではないか。国王の策略よりもよっぽど肝を冷やしたぞ」
〈いやー、やっぱり魔王様にはこの程度の魔法は通じませんか〉
「ふん。魔法毒がどの程度かは分からなかったがな。アブライトの毒と同じようなものだったぞ。この情報も共有しておけ」
〈あー、あの毒蛇ですか。それにしても、どうして魔王は情報共有したがるのです? 共有しなければ優位でしょうに〉
「言っただろう、国王の策略に乗ってやると。それに、こうでもしないと貴様ら人間と魔王である余とでは差があり過ぎる。こうなった今でもな」
〈さすが魔王ですね。では今後も遠慮なく仕掛けさせてもらいますよ〉
「うむ。存分に掛かって来るがいい」
通信を切ると勇者に投げる。
「おっとっと。……魔王、すまなかったな」
「なにを謝る? 国王が言っておったではないか。12人の魔法使いに協力しろとな」
「分かってる。分かってはいる。だが、俺は利用されただけだ!」
「そう嘆くな。奴ら魔法使いはそういう生き物ではないか」
「そうなのか……?」
「勇者のパーティにいた魔法使いは違ったのか?」
「え? ああ。あいつは俺がスカウトしたからな」
「もしや勇者は、生粋の魔法使いと組むのは初めてか?」
「そうだよ。だから騙し討ちみたいな、こんなやり方を知らずにやらされたのが気に食わねぇ」
「……ならば気をつけることだな」
「なにを?」
「奴らは余を観察しているだけではない。なにが起きても後悔せぬよう、準備をしておけ」
「……分かった」
勇者は出掛ける気分ではなくなったため、その旨をサファイアに伝えて計画を変更して欲しいと頼んだ。
〈――そうですか、分かりました。今回は勇者様を騙す形となってしまい大変申し訳ありませんでした〉
「いえ、私に経験が足りなかっただけです」
〈今後は作戦の概要と、必要であれば詳細をお伝え致します〉
「ありがとうございます」
〈それと一つお願いがあります〉
「お願い?」
〈今回の件では、どうかトルマリンを責めないでいただきたいのです。トルマリンは仕事柄、敵を騙すにはまず味方から。という考えが染み付いておりますので〉
「分かりました」
計画変更と意思疎通の確認を終えて通話を切ると、リビングに大の字に寝転がる。
「はぁー、……なんだか疲れたな」
「この程度で疲れていては身が持たぬぞ」
「そういや、なんで毒で死ななかったんだ?」
「余は毒を分解できる。魔法毒はほとんど経験が無かったが、すぐにできたよ」
「さすがは魔王だな」
「フフハハハハ。褒め称えろ!」
「調子に乗るな」
脳天チョップされた魔王は「なにをする!」と勇者を叩く。
「――あっ、名前思いついた」
「なに?」
「ルーシー」
「良いではないか。なぜルーシーなのだ?」
「さっきトルマリンが神殺しの魔法とか言ってたの思い出してさ、そういや堕天使ってのがいたなーと」
「ルーシー……。そうか、かの有名なルシファーからだな?」
「そう。光をもたらす者だし、魔王の綺麗な髪にもイメージぴったりだろ?」
「〜っ!!」
魔王は顔を紅潮させると勇者をポコポコ叩く。
「余の顔を見たのは勇者だけだからな! 元に戻ったら真っ先に殺してやるからな!!」
「本来の顔はどんなだったんだ?」
「ふん。本来の余はもっと大人の美しい顔だったのだ」
「へー、想像つかないな」
「とにかく名は決まった。今後は余をルーシーと呼ぶよう12人の魔法使いにも伝達しておけ」
「はいよ」
勇者の考えた名前にまんざらでもない様子の魔王――ルーシーは「腹が減った! 昼飯を作れ!」と勇者に命じたのであった。
To be continued→
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