贅沢な家庭教師
――アリストリア王国 謁見の間。
「陛下、報告に参りました」
「おお、サファイア。ご苦労だったな」
サファイア・イーザス。12人の魔法使いのリーダー的存在である。黒髪から覗く青い瞳が妖しく光る。
「他の皆はどうだ?」
「はい。各所に散って魔王を観察・研究しております」
「魔王は倒せそうか?」
「はい。光明は見えました」
「はっはっは! さすがワシの見込んだ魔法使いだ。奥の手を使わずに済みそうかな?」
「どうでしょうか……。そこまではまだ分かりません」
「ふむ。して、勇者のほうは?」
「魔王との関係は良好のようです」
「そうか。例のプランが成功すれば最良なんだがな」
「国王陛下の深い策略には、総司令も12人の魔法使いの参謀も驚嘆しております」
「うむ。我ながらナイスアイデアだったな。――ところでモルガナイトはどうした?」
「さあ……。彼女は気まぐれですから」
「ふーむ。モルガナイトに頼みたい仕事があるんだが……」
「私がお伝えしましょうか?」
「いや、直接頼みたい。その旨を伝えてくれるか?」
「御意」
「では引き続き頼むぞ」
「はっ」
* * *
「魔王よ」
勇者に呼ばれた魔王は、リビングで寝転がって本を読みながら「なんだ勇者よ」と返事する。
「確かに体を休めるとは聞いたが、それはただの怠惰と言うんじゃないか?」
「なにを言う。人類の叡智を学んでいるのだ」
「それで? なにを学んでいるんだ?」
「少女に恋する少年がいけないと思いながらも寝ている少女の唇を」
「なに読んでんだああああああ!!」
「だから言っただろう、人類の叡智だと」
「叡智違いだろうが!! ていうかそれ俺の本じゃねぇか!!」
「同居人の趣味を知ることで親密度を上げるとフラグが立つのだろう?」
「お前は一体なんの話をしているんだ……」
勇者はがっくりと項垂れてリビングに座り込む。
「なあ、魔王が弱体化したことで魔族は暴れたりしないのか?」
「その心配はない。彼らは余が支配して動かしていたのではないからな」
「支配してない? じゃあなんで魔族は協力的なんだ?」
「彼らは余を――魔王を慕っているからだ。だから自ら率先して動いてくれる」
「じゃあ、今はどうしてるんだ?」
「さあ? 余がここに居ることは皆知っておるからな。どこかから様子を見て他の魔族に報告しているのかもな」
「じゃあ、べつに攻撃してくることはないんだな?」
「ああ。彼らは愚かではない。人間も自らのテリトリーを侵されなければ攻撃はしないだろう?」
「まあ、そうだな」
勇者は新事実を記憶に刻み、自分の認識のズレを修正した。
魔族は人類の敵であり残虐な生き物である。勇者のみならずアリストリアの子供はそう教わり、そう信じて育っている。だからこそ勇者は魔王討伐の道中、魔族は容赦せず全て倒してきた。
「でもそれなら、人間と魔族は共存できるんじゃないか? どうして魔王は人間を滅ぼそうとする?」
「同じだよ」
「同じ?」
「人間が魔族は滅ぼすべしと言ってるように、余も人間は滅ぼすべき種族だと幼い頃より言われたからだ」
「なにっ!?」
「しかしだ。勘違いしないよう一つ言っておくぞ。余は確かに人間は滅ぼすべきと教わり魔王となったが、余が人間を滅ぼすのは余の意思だ。自ら考え、そうすべきと結論を出したからだ」
「なぜそうなる?」
「貴様ら人間が魔力を使い果たそうとしているからだ」
「魔力を……?」
「勇者は本当に魔法関連には弱いな」
魔王はやれやれと肩をすくめる。
「よかろう、余が教示してやる」
「え?」
「今のままでは話が進まんし噛み合わん。その都度教えるのも面倒だ。基本的な部分だけでも覚えろ」
「って、そういや魔王はなんで魔法に詳しいんだ? 魔王なのに」
「愚か者! 魔王だからこそ詳しくなるのだ。――魔力をエネルギー源とする術の一つが魔法だというのは覚えておるか?」
「ああ」
「もう一つの術が魔術だ。超大雑把に言うならば、人間が使える術が魔法で、魔族が使える術が魔術だ」
「そうなのか。一体どうして?」
「ふむ。深堀りすると少々長くなるが、まあいい。ついでに説明しよう。
魔法と魔術には明確な違いがある。魔法は魔力を以て世界の法則を再現するというものだ。だから時間を巻き戻すとか死者を蘇らせるといった術は不可能だ。
一方で魔術は魔族言語を用いた構築式によって発動される。中には世の理を超える術もあるし、やろうと思えば時間を巻き戻すことも死者を蘇らせることもできる」
「魔術すごいじゃないか!」
「フフハハハハ、そうであろう?」
「あれ? でも魔族が魔法を使えない理由ってなんだ? 法則を再現するだけなら使えそうだけど」
「ほほう、良い質問だ」
魔王はまるで教師になったように答える。
「魔族というのは元々魔界の住人だ。今はもう魔界との連絡橋は閉じてしまっているから、この世界で暮らす他はない。そんな魔族はこの世界に馴染めていないのだ。だから世界の法則を再現する魔法は使えない」
「馴染むには何年掛かるんだ?」
「そうだな、1000年あれば馴染めるのではないか?」
「1000年か……。確か魔族は300年以上この世界にいるよな?」
「そうだな、350年は経つか」
「ということは、あと650年経たないと馴染めないのか」
「そうなるな」
「はぁ……。一体魔王は何代目になるんだよ」
「余で2代目だ」
「2代目!?」
「この世界においてはな」
「あーそういうことか。ちなみに魔王は今何歳だ?」
「あまり詳しくは覚えてはおらんが……。魔界にいたのは数十年だったはずだ。社会勉強の一環としてこちらの世界に来てすぐに連絡橋が閉じてしまったからな、それからずっとここにおる」
「ということは……400歳超えてんのか」
「年齢など魔族――特に魔王には意味を成さぬ」
「魔王って寿命あるのか?」
「もちろんある。先代は1万5830年と聞いている」
「そんな長いのか!」
謁見の時、数百年は昼寝のごときものと魔王が言っていたのを勇者は思い出した。
「話が逸れたな。つまり魔族はこの世界の法則を再現できないため魔法は使えない、ということだ。逆にお前たち人間が魔界に行けば魔法は使えない」
「そうか、魔界の法則を再現できないから」
「その通り」
「……ん? 待てよ、今はお前が魔王なんだよな」
「うむ」
「じゃあ、今魔界は魔王不在ってことか?」
「その点は心配要らぬ。魔界には統治者がおるからな」
「魔王とはまた別なのか?」
「うむ。魔王の右腕と言ったところか。魔王に次ぐ実力者だからなんの心配も要らん」
「でも魔王はいつ戻るかも分からないんだろ? それこそ1万年以上待つかも知れないのに」
「人間の感覚で言えば、そうだな……。おひさー! か?」
「いやいやそんな軽い時間感覚かよ」
魔王が「喉が渇いた」というので、勇者は自分の分と二つ水を持ってくる。
「ふぅー。まさか魔法について魔王に教わるとはな」
「贅沢な家庭教師であろう」
「魔法と魔術については分かった。それで、魔力ってなんなんだ?」
「うむ。説明しよう。魔力というのは世界に在るエネルギーだ。木々や草花、動物も、生けるもの全てに宿る」
「宿る? 魔力って生命エネルギーみたいなものなのか?」
「そうだ。それと魔力にも種類がある。生き物に宿るものと、世界に満ちるものだ」
「なんだ? 世界に満ちるものって」
「そうだな。ざっくり言えば星のエネルギーだ」
「てことは、この大地のエネルギーってことか!?」
「ほぼ正解だ。星に満ちる魔力は生き物に宿るものより質が良く量も多い。通常は尽きることはない。だが、人間は魔力を使い過ぎるのだ」
「……そうか、魔法で」
「その通り。生活に便利な魔法程度なら問題はない。だが、兵器や巨大な魔導具など魔力を大量に消費する機械を使い続ければ、いかに星の潤沢な魔力であろうと尽きてしまう」
「確かに……」
「我ら魔族は魔力が無いと生きられぬ。人間でいう酸素と同じようなものだからな」
「え? じゃあ魔力が無くなれば魔族も滅ぶのか」
「そうだな。そしてこの星も滅ぶ」
「なっ!?」
「言っただろう。魔力はエネルギーだ。枯渇すれば星も死ぬのだ。星が死んで生きていける生き物はおらん。人間も魔族も等しく滅ぶ。だから余は人間を滅ぼさねばならんと考えたのだ」
To be continued→
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