物質魔法
魔王が倒れるのを見て、勇者は動揺した。
「魔王?」
総司令も、魔法使いも、勇者ですら倒せなかった魔王が目の前で倒れた。
任務は達せられたが、宙ぶらりんになった使命と感情の行先が分からず勇者は――
「〜ったぁ、なんだいきなり!!」
「……へ?」
「まったく、散歩くらいゆっくり楽しませろ」
「魔王?」
「なんだ?」
「生きてる?」
「当たり前だ。この程度で死ぬか。余は魔王――」
ぎゅっと抱きしめられた魔王は、頭が真っ白になる。
「え……? は? な?」
「……よかった」
勇者の言葉を聞いて察した魔王は、「ええい! 離れろ鬱陶しい!」と身を捩って離れる。
「だって……死んだかと思って……」
「……お前は今、魔王ではなく少女としての余を案じたのだな?」
「え?」
「魔王が死んだのであれば、むしろお前らにとって喜ばしいことだろう。子守の真似事もせずに済む。前から気にはなっていたのだが……。勇者よ、その性癖は――」
刹那、魔王は家に戻され口を塞がれた。
「魔王よ、いいか? なにを勘違いしているのかは知らんが、憶測で語ってはいけないよ?」
いつになく狂気――もとい真剣な目の勇者を見て、魔王も気圧され何度も頷く。
この時、魔王は初めて勇者に恐怖を覚えた。
「……よし」
解放された魔王は大きく息を吸う。
「はぁ……。だが勇者よ、それでは国王の意向に背くことになるのではないか?」
「なんで?」
「勇者の使命は余を倒すための弱点を至近距離から探り、12人の魔法使いに協力することだろう。なのに余の――この体を案じていては使命を果たせぬであろう」
「……そうは言ってもな」
勇者は椅子に座るとため息を吐く。
「正直俺だって戸惑ってるんだよ。お前が撃たれた瞬間、色んな感情が溢れてきて、気がついたら……」
「勇者よ、まさかあの子のことを……」
「いや誰だよ」
「ふむ。こういったシチュエーションではよくあるだろう? 過去にあった不幸と重なるという」
「いやいや、俺が3歳の頃から監視してるんだろ。そんな友人も恋人もいないの知ってるだろ」
「ああ。勇者の年齢イコール恋人いない歴という」
「うっさいわ!!」
「しかし、余が攻撃される度にあのような行動を取るのは不味いであろう」
「……分かってる。もう大丈夫だ。ありがとう」
「ん? 礼を言われることはしておらんが」
「いいんだよ。俺が勝手に感謝してるんだ。……それよりどうして攻撃できたんだ? 今まで誰も攻撃できなかったのに」
「ああ、物質魔法による超遠距離射撃だろう」
「物質魔法? ってなんだ?」
「勇者は勇者スキル以外はポンコツだのぉ」
「悪かったな……」
仕方ない。と、魔王は紙と鉛筆で絵を描きながら説明する。
「よいか、魔法というのは魔力をエネルギー源とする術の一つだ。分類としては大きく3つ。最も一般的な属性魔法、解除系魔法などを含む特殊魔法、そして物質魔法だ。
物質魔法というのは物の性質を変えたり、物体を動かしたりするもので……そうだな、例えばこの鉛筆を」
魔王は鉛筆に魔力を込める。すると、ふわりと浮いた。
「おー」
「こうして意のままに操ることもできるが、こう――」
魔王が指を弾くと鉛筆が壁に突き刺さる。
「なっ!?」
「飛ばすことも可能だ。先程の狙撃は余が豆粒に見えるかどうかの超遠距離から、これと同じようなことをしたのだ」
「そんなことが……」
魔法に疎い勇者でもその凄さが分かった。
「でも、それが魔王を攻撃できたのとどう関係するんだ?」
「一つは魔法の性質だ」
「魔法の性質?」
「攻撃手段として主に使われるのは属性魔法だが……。これは遠くに離れれば離れるほど魔力は届きにくくなり、威力もコントロールも弱くなるという性質がある。
ところが物質魔法はコントロールが難しい代わりに威力はほとんど落ちないという性質がある。つまり超遠距離から狙撃するなら物質魔法が適しているというわけだ」
「なるほど」
「もう一つ。これはあくまで推測だが、聖属性には効果範囲があるのだろう」
「効果範囲って、この制約魔法みたいな?」
「ああ。本物の神や精霊などは分からんがな、余は秘術の失敗によるイレギュラーで属性が変わっただけだ。要は偽物なのだから効力は弱いと考えるべきだろう」
「それじゃあ、遠距離からの物質魔法なら魔王を倒せるのか」
もう答えが見つかったような気がした勇者だったが、魔王は「ふん。そう甘くはないわ」と否定する。
「なぜ余が先程の狙撃で死ななかったと思う?」
「え? 頑丈だからじゃないのか?」
「愚か者、今の体の耐久性は人間の少女と大差ないわ。余の防壁魔術が防いでいるのだ」
「そんなものあるのか」
「強力かつ省エネだからな、今の魔力でも十分に機能する」
「じゃあ聖属性関係なく無敵じゃねーか。チート魔王め」
「魔王城の雲の話でも言ったが、チート魔術など存在せぬ。遠距離からの銃弾程度だから防げたのだ。もし大岩を砕くような力で直接攻撃されたらこの防壁では防げぬよ。聖属性による畏れがあるから殺されないで済んでるだけだ」
「そうなのか」
「勇者と戦っていた時にも当然使っていたが、余は無敵ではなかったであろう?」
「言われてみれば確かに。……とりあえず物質魔法でもそう簡単には倒せないってことか」
「そういうことだ。この情報はすぐに共有されるだろうが、それならしばらく超遠距離狙撃を警戒していればいい。どうせ近距離は警戒する必要も無いからな」
* * *
「さすがに堅いわね」
魔王を狙撃した魔法使い。ルビー・レクリオは真紅の髪を手櫛で後ろに流し、煙管を燻らせる。
〈魔王は?〉
「元気よ。勇者と仲良くお散歩」
〈ちっ。物質魔法もダメか〉
「けっこう強めに撃ったんだけどねー、それもヘッドショット。それなのに痛いなーですって」
〈ちっ。バケモノがよ〉
「魔力の大半を失い、身体も少女となり、大幅な弱体化してるはずなのにね。――ま、超遠距離でブラインドでなら攻撃できるって事実が収穫ね」
〈ああ。やっぱり思った通りだぜ。奴は所詮魔王だ。いくら聖属性になったとはいえ、神にはなれねえよ〉
「でも防壁は健在よ」
〈問題ねぇ。あの程度なら壊せる〉
「直接なら、でしょ?」
〈……ああ。問題はそこだなぁ〉
通信機で話す相手の魔法使い、ジルコン・ダグダイトはシンプルを好む。ゆえに一撃必殺。叩き潰すのが得意なのだが、それが魔王相手には通用しない。
〈条件はなんだ? 距離か、目視か?〉
ルビーはフゥー……と煙を吐き出すと、「いや、認識でしょ」と答える。
〈認識か〉
「今の成功例だけを分析するなら、ブラインドショットだから魔王へ意識を向けてない。意識を向けなければ認識することもない。ま、距離も検証が必要だけどね」
〈なるほど。魔王を意識しなければいいのか〉
「ま、それが簡単にできたら苦労はしないわよ」
〈だな。勇者の坊っちゃんは使えそうか?〉
ルビーは撃った後、勇者が魔王を庇うような行動を見ていた。が、「今のところはなんとも言えないわね」と伏せる。
「ただ一つ確かなことは、あの勇者が魔王をここまで追い詰めたという事実よ」
〈俺は見ちゃいねえがな〉
自分の目で見たものしか信じない主義のジルコンは、勇者の実力を認めようとはしなかった。
「とりあえず私はしばらく様子見するわ」
〈ジジイへの報告はどうする?〉
「サファイアかモルガナイトがやってくれるでしょ」
〈相変わらず人任せだな〉
「あなたに言われたくないわ」
〈まあいい。またな〉
通信が切れるとルビーはため息を吐く。
「さて、勇者くん。キミはこの作戦の真の目的に気づけるのかしら?」
To be continued→
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