火事
――それは未明に起きた。
「……ん? なんだ?」
初めに異変に気づいたのは勇者だった。ルーシーと暮らすようになってからは朝早くに目が覚めるのだが、この日は少し違った。
「……まだ3時過ぎか」
二度寝しようとした、その時だった。
「なんだ? なにか臭うな」
ベッドでも部屋でもなく、外からのようだった。勇者はこの感覚に覚えがあった。
「これは……まさか!?」
飛び起きて窓の外を見る。勇者として各地を巡った時に何度か経験した火災。それと同じ光景が眼下にあった。
「やっぱりか!」
アリストリア王国の総司令官が建ててくれた家が燃えていたのである。
「ルーシー!!」
勇者は急いでルーシーの部屋に行くと、「おい、起きろ!!」と揺り起こす。
「……ぬぁ? なんだ……もう朝か?」
「うっさい早く起きろ!! 火事だ!!」
「かじ……火事? ――なんだと!?」
ルーシーも飛び起きて窓の外を見る。下は炎が大きくメラメラと燃えていた。
「外に出るぞ!!」
「分かった!」
逃げようとして階段へ向かうが、既に火の手が回っていた。
「ちっ!」
勇者は「トルマリン!! 聞こえてたら大至急来い!! 火事だ!!」と、盗聴器がある位置に向かって叫ぶ。しかし応答は無かった。
「仕方ない、飛び降りるぞ!」
勇者は急いで部屋に行き、装備一式を身につける。その間にも炎は広がっていた。
「ゆ……ケホッケホッ、ゆぅ……しゃ!」
「姿勢を低くして待ってろ、いいな!」
「わ……かった」
防壁魔術があるため炎は問題ない。だが煙は吸い込んでしまう。
勇者は剣を構えると窓側の壁に向かって技を放つ。
「ハウンズ・ファング!!」
剣技で壁を壊すとオーラを溜める。本来は精神集中して溜めるものだが、風邪気味で不安定な上にこの状況では長く集中できない。
少しだけ溜めるとルーシーを抱えて外に飛び出す。と、同時に溜めたオーラを解放する。
「オーラバースト!!」
勇者スキルの一つ。溜めたオーラだけを爆発させ、空砲のように風圧を発生させる。が、しかし――
「足りないかっ!」
溜めたオーラが足りなかったせいか、勢いが殺しきれていなかった。
せめてルーシーだけは。そう決意して守ろうとした時だった。
「ふぅ、なんとか間に合いましたね」
「サファイアさん!」
ふわりと地面に降ろされた勇者は、ここにいるはずのない魔法使いに驚く。
「どうしてここに?」
「勇者様が盗聴器に向かって叫んだでしょう?」
「は、はい」
「トルマリンの実像分身は環境が大きく異なる場所には直接作れないんです。そこで私に緊急事態の通知が来まして、急ぎ馳せ参じたというわけです」
「そうだったんですか! 助かりました」
「さて、次はこの火をなんとかしないと」
サファイアは漆黒の杖を取り出して「凍てつけ」と発すると、家はあっという間に凍ってしまった。
「すごい……」
ルーシーから魔法について教わった勇者は、魔法陣を展開せずに家を丸ごと凍らせてしまう事の凄さが分かった。
最高位から選りすぐられし12人の魔法使い。勇者は、その強さをまざまざと見せつけられた思いだった。
「お二方の部屋はできるだけ凍結範囲から外しました。日が昇りましたら荷物を運び出してください」
「……え? 俺たちの部屋は凍ってないんですか?」
「はい。部分的には凍ってしまったかと思いますが」
事もなげに言うサファイアに、勇者は恐怖すら覚えた。
「おお!! なんだこれは!?」
気がついたルーシーはサファイアが凍らせて鎮火した家を見て大興奮した。
「こ、これはサファイアがやったのか!?」
「ええ。ご無事でなによりです」
「しかも、俺たちの部屋は凍ってないそうだ」
「おおおお!!」
勇者以上に感動するルーシーを見て、サファイアはクスッと笑う。
「どうしました?」
「いえ、こうして見ると本当に少女そのままに見えたので」
「はは、本当そうですよね」
「ところで、なぜルーシーさんを助けたのですか?」
「え?」
「寝たまま放置しておけば、焼き殺せる可能性もあったはずですが」
鋭く見つめるサファイアの瞳は、どんな言い逃れも許さない。
「……すみません。夢中で、気づいたらルーシーを抱えて飛び降りてました」
「貴方の使命は、弱体化した魔王を間近で観察して弱点を見つけ、我々12人の魔法使いと共に魔王を倒すことです。それは分かっていますね?」
「はい」
「……今回、勇者様は不測の緊急事態に気が動転し、人命救助を優先する意識が働いてしまった。と報告しておきます」
「え? いいんですか? 処罰とかは……」
「大丈夫です。勇者様には反省の色が見られますし、それに、魔王がこの程度で死ぬとは思えませんし」
「まぁ……そうですね」
ルーシーは煙を吸って一瞬気を失ってしまった。しかし髪や服が綺麗なままということは、意識のない間も防壁魔術は機能していたという証拠である。
火事で死ぬ場合のほとんどは一酸化炭素中毒か、煙を吸った事による窒息だが、ルーシーには毒素を分解できる固有スキルがあるので煙で死ぬことはない。それに防壁魔術があるため火傷によるショック死もしない。
つまり、もし勇者がルーシーに声を掛けずに脱出していたとしても、無傷で生還していただろう。というのがサファイアの考えである。
「不審火について心当たりはありませんか?」
「え? これって不審火なんですか?」
「はい。詳しい調査は必要ですが、まず間違いなく」
「てっきりアシルの不始末だとばかり……」
「とんでもない! それはありません」
強く断言するサファイアに勇者は呆気にとられた。
「え、どうして言い切れるんですか?」
「あっ、……失礼しました。アシルさんは私が推薦した方なんですよ」
「はあ。……えええええええ!!?」
「そ、そんなに意外でしたか?」
「意外ですよ! 俺は国王陛下から直々にとしか聞いてませんし」
「その、国王陛下に進言したのが私なんです」
「え? どうしてまた」
「ねこねこ食堂はご存知ですよね?」
「ええ、まあ」
「私はそこの常連なんです」
「そうなんですか!?」
「大将の味に惚れ込んでしまいまして……」
「あー、まあそれは分かりますけど」
「そこでアシルさんにお会いしまして、アシルさんも大将に負けず劣らず良い腕をお持ちでした。ですので、宮廷料理人に推薦したんです」
「え!? だってアシルの話じゃ大将の口利きだって……」
「そういうことにしてもらったんです。私の推薦では角が立つ恐れがあったもので」
「そういうことだったんですか」
しかしその事でアシルが宮廷料理人として認められていないと悩んでいる……とは、さすがに勇者も言えるわけがなく。
「なるほど、つまり信頼してるアシルに限って火の不始末などあり得ないと」
「はい。しかしあくまで私見です。調査はしっかり依頼しておきますのでご心配なく」
「ありがとうございます」
「それで、不審火の心当たりは?」
勇者には心当たりがあった。例の私塾に関する私怨である。だがしかし、この場にはルーシーがいるため配慮しよう――とした時だった。
「余の魔法講座に対する私怨であろうな」
「ルーシー!?」
「余は魔王だぞ? それくらい知らないとでも思ったか」
いや、魔王関係あるか? とツッコんだら負けなのだろうか。勇者は軽く葛藤した末に言葉を飲み込んだ。
「私怨ですか?」
「はい。どうやら上級魔法使いが無料で魔法講座をやってるのが気に食わないという連中がいるみたいで、今日トルマリンに相談しようと思っていたんです」
「なるほど。ルーシーさんの魔法講座については私も聞いています。大変評判が良いと」
「フフハハハハ」
「しかしまあ、これじゃあ講座は中止するしかないな」
「なにを言う。講座はやるぞ」
「家燃えたのにどこでやるんだよ」
「外で構わん」
「外で!?」
「うむ。黒板と椅子はトルマリンに調達させれば良い。幸いここら一帯は気候が安定しておるし、今日も晴れだろう。ただしアシルのご飯だけは残念だがな」
それでも外でやるのはどうなんだと、ルーシーに反論しようとした勇者だったが、その前にサファイアが「素晴らしいです!」と感動していた。
「学びの心さえあればいい。ルーシーさんは教師の鑑ですね!」
「フフハハハハ、褒め称えろ」
「では、僭越ながら私も協力させてください」
「協力?」
「黒板は今すぐには難しいですが、机と椅子であれば……」
サファイアは適当に木を一本選ぶと魔法で加工していく。すると、あっという間に机と椅子が完成した。
「なっ……」
「ほほう」
同じように適当に木を加工して追加で作ると、40人分の机と椅子が量産された。
「これで足りるでしょうか」
「余の講座は30人前後だからな、予備含めちょうど良い!」
「なんという……最高位魔法使いの無駄遣い……」
こうして私怨と思われる放火事件は、大惨事となるどころか家はほぼ焼け残り、魔法講座も予定通り行われ、むしろルーシーの評価をより一層高める結果に終わったのだった。
To be continued→
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