ルーシーの髪
「時間操作の魔法って、本当にあるんだな」
一旦ルーシーの部屋を出てリビングで落ち着いて話すことにした三人は、アシルが用意してくれたハーブティーを飲む。
「そういえば勇者様はルーシーから魔法について教わっていたんでしたね」
「ああ。魔法は世界の法則を再現するものだから、時間操作や死者蘇生はできない。ただし、エメラルドさんが使う古代魔法、ヒクト魔法陣であれば可能性は高い」
「ええ、その通りです。実はヒクト民族は時間操作魔法を開発していました。しかし扱いが非常に難しい上に、過去に戻った人が帰れなくなる重大事故が発生したこともあり、禁忌魔法として封印されました」
「トルマリンは知っていたんだな?」
「はい。12人の魔法使いではボクとサファイアが知っています」
「サファイアさんは分かるが……お前はなんで知ってるんだ?」
「諜報の他に情報統括もボクの仕事なんですよ」
「なるほどね。……ルーシーは時間操作魔法が完成していたら、魔界への連絡橋を破壊して魔族が侵入出来ないようにしているはずだろうと言っていたが、それは不可能なのか?」
「はい。それは私も考えたことがあります。ですが、300年以上もの時間操作はそれだけで私の魔力が尽きてしまいますし、もし成功したとしても引き戻すのは不可能です」
「そうですか……」
「では、そろそろ本題に入りましょう」
ティーカップを置き、トルマリンは勇者の目を見る。
「なにがあったんですか?」
「正直、俺にもよく分からないんだ。寝ているルーシーの顔に月明かりが差して、月の光が髪に乱反射してキラキラと光っていたから、綺麗だなーと思って指で触れた瞬間に転移魔法の光に包まれた」
「そして気づいたら過去に戻っていた?」
「ああ。俺の実家が目の前にあって」
「勇者様、実家なんてあったんですね」
「あるわ! 俺のことをなんだと思ってんだ!」
「冗談ですよー。それから?」
「ったく。……なんでもない日常ばかりだったよ。でも最後に子供の頃、川遊びしてて転んで気を失って、そこに魔王がいた」
「魔王が?」
「俺が勇者になるだろうと見抜いていたようだったよ。今のうちに潰しておくかと言っていたが、そこに俺を探しに来た近所の子がやって来て、魔王は立ち去って行った」
「ちなみに何年前のことですか?」
「もう15年前になる」
「そんな昔から、ルーシー様は勇者様に目をつけていたんですね」
勇者とトルマリンは話がこれで終わりだと思った。しかしエメラルドは聞き逃さなかった。
「勇者様、ルーシー様の髪はキラキラと輝いていたと言いましたね?」
「え? ああ」
「私たちはルーシー様の素顔を知らないので気にもしていませんでしたが、もしルーシー様の髪が光り輝く金色なのだとしたら、それは魔術が施されたものかも知れません」
「なんだって!?」
「エメラルド、詳しく話してください」
「はい。通常であれば髪は月明かりに乱反射などしません。乱反射するとすれば、それは髪に宿る魔力のせいです。例えば物質魔法で髪を自在に操る魔法使いは、色はブラウンですがキラキラと輝いて見えることがあります」
「なるほど、つまりルーシーの髪にはなんらかの魔術が施されていると」
「なんらかのってなんだ?」
「そうですねー、例えば防壁魔術とか」
「確かにそれはあるな。なら、髪の毛を切れば攻撃が通るんじゃないか?」
勇者のドヤ顔提案はトルマリンが「だめです」と却下する。
「なんでだよ!」
「もしそれで攻撃が通らなかった場合、髪に宿る魔術はなんだったのか? 検証できなくなります」
「あ、そっか……」
「まずは確証が欲しい。ルーシーの防壁魔術は髪に宿る魔術によるものだと」
「そうなると、もう本人に訊ねるしかないんじゃねえの?」
「そうですね。では勇者様にお願いしましょう」
「は?」
「そうですね、ルーシー様も勇者様には心を開いていらっしゃいますし」
「ちょ、おい?」
「では、夜も更けてきたことですし、我々は帰りますね」
「ハーブティー、ごちそうさまでした」
「おいこら待てって、お前ら!」
作戦が決まると二人はそそくさと帰ってしまった。
「……なんなんだよあいつら」
勇者はティーセットを片付けると、再びルーシーの部屋に行く。ルーシーの髪は変わらず月光に煌めいていた。
「魔術か」
さっきの時間操作魔法は髪に仕掛けられていたものだったのか、それとも別の要因だったのか。
勇者はエメラルドに救出されてからもう一度だけ触れてみたが、魔法は発動しなかった。
「ルーシーはちゃんと魔王だったんだな」
ひょっとしたら今のルーシーは魔王とは全くの別人なのではないか。勇者はその可能性も考えていたが、時間操作で過去に戻ったことでそれは無いと分かった。
「そもそも魔王の振りをする意味がないもんな」
薬が効いてきたのか、ルーシーはいつの間にかスヤスヤ寝息を立てていた。
「おやすみ、ルーシー」
小声で言うと、勇者はそっと部屋から出た。
――しばらくしてルーシーは目を開ける。
「……しまった。寝てしまったか」
重怠い身体を引きずってベッドから出ようとして床に落ちる。
「うぐっ!」
起き上がる力も無く、ルーシーは意識がボーッとする中で勇者の名を呼ぶ。
「アーヴ……」
すると部屋のドアを開けて勇者が駆け寄る。
「なにしてんだお前!?」
「あ……勇者、……明日の準備をせねば」
「明日? あー、講座のことなら心配するな。トルマリンが受講生に延期を知らせてくれてる」
「そうか……。勇者は、余がおらんでも元気にやれよ」
「うっさいわ、俺はルーシーがいない頃から自立してるっての」
「母上にもよろしくな。彼女作れよ」
「お前な、その状態で喧嘩売るのか?」
ルーシーをベッドに戻して部屋に戻ろうとした勇者を、ルーシーは引き止める。
「勇者、側にいてくれ」
「……」
心細いのか、寂しがるルーシーを見て勇者は頭を撫でる。
「ああ。側にいるよ」
「……ずっとだぞ」
「ああ、ずっとだ」
ルーシーは安心したのか、再び寝息を立てる。
「やっぱり綺麗だ」
月明かりに煌めくルーシーの髪を見て呟くと、優しく撫でてやる。
――数日後、ルーシーはすっかり回復して勇者は風邪を引いた。
To be continued→
最後まで読んで頂いてありがとうございます。
応援よろしくお願いします。




