勇者の過去
「ルーシー嬢ちゃんが風邪!?」
朝食の仕込みをしに来たアシルは驚きの声を上げた。
「ああ。ちょうどトルマリンが来ててな、医師を手配してくれたんだ」
「それで、容体は?」
「薬は飲ませたが、まだ熱は高い。だからアシル、ルーシーになにか作ってやってくれないか?」
「よし、任せておけ。卵粥を作ってやろう。勇者はルーシー嬢ちゃんの側に居てやんな」
「あ、ああ」
勇者はルーシーの部屋に行くと、しばらく踏み出せずに、ようやく一歩を踏み出した。
「……ルーシー」
ルーシーの呟いた名。アーヴは勇者の幼少期の愛称である。魔族が監視して報告したのを聞いたとルーシーは言っていたが、遠くから見ているだけでは決して知ることはない。
「お前はいったい、どこから俺を見ていたんだ?」
ルーシーと共に生活するようになって、勇者には違和感があった。魔王だと言うわりに以前のような圧や脅威を一切感じられなくなった。
容姿についても、魔族は基本的に自己の容姿などは気にもとめない。それは300年以上に渡る戦争や研究で証明されてきたはずである。
それらの違和感や疑問が聖属性によるものだろうか? 秘術の失敗による重大な副作用が他にあるのではないか。
勇者がそう考えるようになって間もなく、人間となんら変わらないという宮廷医の見解。
ひょっとしたらルーシーは秘術という未知の魔術による事故で、もしかしたら――。
「入るぞ」
「――あ、ああ」
考えを中断してアシルを部屋に入れる。
「様子は変わりないか?」
「まあな」
「卵粥は作っておいた。それと体力を回復するハーブティーもな。今はまだ食べれないだろうから、明日食べさせてやってくれ」
「分かった。ありがとうな」
「水くせぇ、俺はルーシー嬢ちゃんの料理人だぜ? それと、勇者の夕食も作ってある。好きな時に食いな」
「すまんな。アシルは帰るのか?」
「ああ。ルーシー嬢ちゃんが目を覚ましたら言っといてくれ、最高のフレンチトーストを用意しておくってな」
「分かった。伝えておくよ」
アシルが帰ると、勇者はまたルーシーを見つめる。月明かりがルーシーの素顔を照らすと金色の髪に乱反射して美しく煌めく。
「綺麗だ……。そういや、こうして間近で見るのは初めてだな」
キラキラと煌めく髪を指で触った瞬間、周りが真っ白になる。
「なんだ!?」
勇者はこの感覚に覚えがあった。
「これは……まさか、転移魔法!?」
眩い光を目を閉じ、しばらくして開けると、そこには信じられない光景があった。
「ここは……俺の、実家か?」
15年前に出たはずの実家が目の前にあったことで混乱する勇者は、玄関ドアが開くのを見て慌てて近くの茂みに隠れると、そこから出てきた母親を見てさらに驚く。
「母さん!?」
15年前と変わらない姿の母親がそこにはいた。
「ど、どうなってるんだ?」
母親は「アーヴ! 勉強はどうしたの!?」と叫ぶ。その視線の方向を見るとそこには――。
「え? え!?」
『もうやったよー』
『嘘おっしゃい! 勇者ごっこは勉強してからにしなさい』
『ちぇー』
「うっそだろ……」
勇者は、15年前の世界にいた。
* * *
『また魔族に殺されたそうよ』
『まったく物騒な世の中になってしまったな』
勇者は外からスキルで中の話し声を聞いていた。
あの後、慌ててルーシーを隠そうとしたが見つからず、どうやら一人だけ過去に飛ばされたらしいと結論づけた。
『アーヴは?』
『勉強させてます』
『ははは。母さんは厳しいな』
『勇者ごっこで遊んでるからですよ』
『仕方ないな、勇者は男の子の憧れだ』
『憧れで生活はできませんからね』
『これは手厳しいな』
「……こんなこと話してたのか」
勇者は知られざる両親の会話を聞いてため息を吐いた。
しかし今なら母親の言うこともよく分かった。勇者という職業は持て囃される反面、殺されれば犬死、平和になれば用無しという、なんとも因果な職業である。
『あなた、今日も遅いの?』
『ああ。なんせ魔族が暴れているからな。当面は早く帰れそうにないよ』
「そういや、父さんはなんの仕事してたんだ?」
幼少期は勇者ごっこと勉学が忙しく、夜中に帰宅する父親とはすれ違いが多かったため、なんの仕事をしていたのか勇者は知らなかった。
夕方になり、アーヴは川辺で勇者ごっこをして遊んでいた。
「そうそう。ここでよく遊んだよ」
次第に懐かしいアルバム写真を見てるような気分になり、アーヴを遠くから見ていた。
その後も特筆するような出来事は起こらず、日常が流れてゆく。そんなある日の事だった。
『あなた! アーヴが帰らないの!』
『なんだって!?』
夜になってもアーヴが帰らないと大騒ぎになった事があった。もちろん当事者の勇者はどこか知っていたので先回りをする。
「確か……ここだったよな」
川辺で遊んでいた勇者は足を滑らせ転倒。そのまま川に流されてしまったのだ。
「いたいた」
下流に300メートルほど行くとアーヴが意識を失っているのを見つける。
「これって起こしても大丈夫なのか?」
その時、誰かが来る気配がして勇者は慌てて隠れる。
「確か発見されたのはもっと遅い時間だったはずだが……」
何者かがアーヴに近づくのを見て、勇者はスキルで盗聴する。
『ほう、これが勇者となる逸材か』
「――!!」
『今のうちに潰しておくか』
勇者は今すぐにでも飛び出して正体を確かめたかった。しかしそこへ誰か来たのか、何者かは察知して離れていく。
『アーヴ!!』
駆け寄ったのは、近所に住む子だった。勇者は声に聞き覚えがあった。
「そうだ。あの子が知らせてくれて助かったんだ」
だが、それよりも問題なのはさっきの人物である。あれがもし魔王であるのならば、近所の子が叫んだ名を聞いてアーヴという名であると思っても不思議はない。
「だからルーシーは知っていたのか」
謎が解けた瞬間、世界が白く光る。
「これは! また転移魔法か!?」
「ほう、貴様が未来の勇者、アーヴか」
「なっ! 魔王!? 転移魔法に干渉できるのか!?」
「フフハハハハ、余は魔王だぞ? いつの時代かは知らんが、存分に掛かって来るがいい。返り討ちにしてくれる」
「くっ、ははははは!」
「なにがおかしい?」
「いやだって、まんまルーシーだからな。あははは!」
「ルーシー?」
「お前によく似た可愛い女の子だよ」
「なっ!?」
転移魔法の光が薄れると魔王は遠のく。なにやら文句を言っていたようだが、勇者には容易に想像がついた。
――気づくとルーシーの部屋に戻っていて、そこにはエメラルドとトルマリンもいた。
「二人が助けてくれたのか」
「ご無事で……なによりです……」
ふらっと倒れるエメラルドを勇者が支える。
「おい! 大丈夫か!?」
「はい……少し疲れただけですので」
「びっくりしましたよ。まさか禁忌とされる時間操作魔法が発動されるとは。緊急事態でしたので、エメラルドに強引に引き戻してもらいました」
「まさか、エメラルドに禁忌魔法を使わせたのか!?」
「仕方ないでしょう。12人の魔法使いの中でも転移魔法を使える古代魔法継承者は彼女しかいません。魔族に協力を仰げるはずもありませんし、早くしないと勇者様が帰れなくなる」
「帰れなくなる?」
「時間操作魔法によって過去に戻った場合、その時代に居られるのは魔力が尽きるまでなんです。今回は魔力源が不明なんですが、もし尽きたら転移の道が閉じてしまいますからね。救出するのはまず不可能なんです。ですから、エメラルドに無理をお願いしました」
「そ、そうだったのか……すまない」
「いえ……勇者様が故意にやったことではないと分かっていますから」
「とにかく、お話を聞かせてもらえますか?」
To be continued→
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