アレですか
ルーシーの魔法講座が始まって早ひと月――
「なんだって? 予約でいっぱい?」
「うむ。余の魔法講座は来年まで予約が埋まっているらしい」
夕食後、ルーシーはトルマリンからの「ルーシー様の魔法講座報告書」を見みていた。
「だって最初は25人だったろ?」
「どうやら口コミとやらで広がったようだぞ」
「口コミで予約埋まるのか……」
「それと、アシルの料理が大変評判とのことだ」
「そりゃあ宮廷料理人だがらな。……アシルの料理目当てで来てるんじゃないか?」
「失礼な。余の教えも評価されておる」
「余の教えって、なんか宗教みたいだな。……しかしそうなると忙しくなるな」
「うむ。勇者を構ってやれなくなるな」
「いや俺はいいんだよ。ゆっくりのんびりできるから」
「そういえば、魔法の勉強は続けておるのか?」
「ああ。ルーシーのおかげでな」
「フフハハハハ、褒め称えろ」
「さすがは魔王様です」
「うわっ!?」
唐突に現れるトルマリンに驚いて椅子から落ちる勇者であった。
「だから! いきなり出てくるなって!」
「これは失礼しました」
「もう狙ってやってるだろ、お前……」
「それで、なんの用だ?」
「国王陛下よりの言伝を預かって参りました」
「言伝?」
「『ルーシーの魔法講座は大変評判が良いと聞いておる。ついては、ルーシーを王国立魔法学院の客員教授に任命しようと思う』」
「客員教授!? ルーシーが!?」
「『なお正式決定はまだ先のことなので、しばらくは魔法講座を続けて欲しい』とのことです」
「おいおい、魔王をそんな王国深くに入れていいのか? ていうか制約魔法はどうするんだよ? 俺も行くことになるじゃねーか!」
「そこなんですよねー、実はまだ良いアイデアがないんです」
あはは、と笑うトルマリンに勇者は「ちゃんと考えろよ?」と圧をかける。
「大丈夫ですよ。ルーシー様の魔法講座も上手くいったでしょう?」
「まあ……そうだな」
「国王陛下はルーシー様の才能を大変高く評価されておられます。魔王というリスクも現在は極めて低い。これは勇者様、あなたの功績なんですよ」
「俺の?」
「勇者様が魔王を実質的に無力化したあと、そのまま捕らえて連れ帰ったことで結果的に大きな国益がもたらされようとしている。ああ、もちろん国王陛下の策略が大きいですが。
さらにこうして今も制約魔法によって魔王を封じ、あらゆる角度から徹底的に分析できる環境を維持されている。――まあ、今のところは決定的な弱点を見つけられてはいませんが……。
国王陛下は勇者様の功績についても大変高く評価しておられます」
「なんか、ちょいちょい補足入ってるのが気になるが……。まあ国に貢献できてるのなら嬉しいよ」
「良かったな、余が秘術を失敗したおかげだ」
「そうなんだよな。俺は大技放った直後で動けなかったし、もし秘術が成功してたら俺はルーシーに消されてた」
改めて考えるとゾッとするな、と勇者は当時の事を思い出す。
「ところでルーシー様、どうして秘術は失敗したのですか?」
「分からん。あのあと何度か検証もしたが余の術式に間違いはなかった。改良点は見つかったがな」
「そうですか」
「なんだ、トルマリンは魔術の研究もしてるのか?」
「さすがに魔術は人間には早すぎます」
「そうか、12人の魔法使いでもお手上げなら誰にも分からないな」
「そうですね……。料理で言うならレシピは分かっている。なのにどうしてこの料理が出来上がるのかがさっぱり分からない。といった感じでしょうか?」
「レシピは分かるのになんで料理が出来上がるか分からない? どういうことだ」
「魔族言語でなにが書かれているのかは分かるんです。例えば『火を出す』と書かれている。なのに発動すると全く別の魔術が発動するんです」
「……おいルーシー、どういうことだ?」
「フフハハハハ、そろそろ来る頃だと思ったぞ。簡単なことだ、魔族言語を完全には理解できていないからだ」
「では、魔族言語を完全に解明すれば分かると?」
「いや、それでも難しいだろうな。魔術は確かに魔族言語で構築するが他にも要素はある。それに人間が魔術を完全に理解したとして、魔力の使い方も異なる。100年やそこらでは到底使えぬよ。大人しく魔法を研究したほうが100倍有意義だ」
魔法と魔術は別物だとルーシーから教わった勇者は、魔法についても初心者レベルには分かるようになった。だからこそ、魔術が本当に魔族の領域なのだと理解できた。
「そうですか……。しかし有益な情報感謝致します。魔術を研究したがる奇特な魔法使いもいますので、そちらに情報共有したいと思います」
「うむ。謝礼はフレンチトーストでよいぞ!」
「ちゃっかり食い物要求すんな」
勇者チョップを受けてルーシーは「痛いではないか!」とポコポコ叩く。
「……勇者様のチョップは防壁を貫通するのですね?」
「ああ、この防壁は弱い攻撃は防がぬよ。だからこそ貴様の毒は通じたのだ」
「どういうことだ? だってあれは神殺しの毒なんだろ?」
「神を殺せる力であろうと、毒が含まれる液体やガス自体には攻撃力がない。例えば経皮吸収される神経毒をゼリーに混ぜて勇者の顔に投げたとする。ゼリーが当たって痛いか?」
「いや、全然」
「だろう? ゼリー自体に攻撃力はない。だから余にも当たる。そして皮膚に直接張り付いたゼリーから本命である神経毒が経皮吸収され余を苦しめる」
「なるほど。ではいかに弱い攻撃と強い本命を組み合わせるか、ですね」
「これはかなり大きいヒントなんじゃないか?」
「そうだな。余を守るのはこの防壁だけだ。中身はうら若き乙女だからな」
「ルーシーが乙女ねぇ」
「でも、毒は分解されてましたよね?」
「うむ。それだけは余の固有スキルだ。弱体化されても変わらん」
「他に固有スキルは?」
「……普通に質問して情報集められるなら、俺要らねえんじゃね?」
勇者はぽつりと呟く。
「心配するな。答えても支障ない情報だけだ」
「え? だって今、思いっきり防壁の弱点言ってなかったか?」
「その程度は弱点にもならんということだ」
「でも弱い攻撃には弱いんだろ?」
「なんとも矛盾感のある言い方だが、その通りだ。しかし余は気にしておらん」
「なんで?」
「勇者がいるからな」
マスク越しでも分かる笑顔は、勇者の心に強く残った。
「……うっせえ」
「ああー、好きな子に対して悪態をついてしまう男子特有のアレですか」
「アレですかじゃねえー!! なに冷静に分析してやがるんだてめえは!!」
「まあまあ、恋に種族も年齢も関係ありませんから」
「関係あるわ! 魔王だぞ! 400歳超えてんだぞ!」
「しかし見た目はうら若き乙女ですが」
「なお悪いわ!! 手ぇ出したら国に貢献した勇者から一転して犯罪者じゃねえか!!」
勇者はひとしきり文句を言うと「もう寝る!」と言って二階へ上がって行った。
「やれやれ、からかい甲斐のあるやつだのぉ」
「そういえば、ルーシー様の素顔を見たのは勇者様だけでしたか」
「うむ。だから復活したら真っ先に勇者を殺す」
「はは、勇者様も大変ですね。ところで先程の質問ですが、固有スキルは一つだけですか?」
「ほう、食らいつくではないか」
「これがボクの仕事なもので」
「固有スキルは他にもある。が、今はまだ伏せておこう」
「珍しいですね、ルーシー様が情報を伏せるとは」
「心配するな。国を滅ぼしたりするようなスキルではない」
「分かりました。最後に一つ確認したいのですが……」
「――ふむ。それは分からぬ。試したことがないからな」
「そうですか、分かりました。今夜は貴重な情報をありがとうございました。それではまた」
トルマリンの実像分身が消えると、ルーシーは勇者の部屋を訪れる。
「もう寝たのか?」
「……」
「まあいい、そのまま聞け。勇者の想い、気持ちは余にはよく分からぬが、少なくとも今の生活は気に入っておる。それと、勇者が嫌ならば客員教授の件は断っておく。正直今は魔法講座で手一杯だからな。
……一つだけ言えることは、勇者の隣が心地良いということだ」
ルーシーは最後に小さく「おやすみ、アーヴ」と言ってドアを閉めた――。
To be continued→
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