生き甲斐
「勇者よ」
「ん?」
一流レストランかと思うほどの朝食を食べながらルーシーは勇者に問う。
「そういえば余に掛かった懸賞金とやらはどうなったのか?」
「あー、取り下げたって話は聞かないから、まだ狙ってる奴いるんじゃないか?」
「しかしグーテロ以来さっぱり来ないぞ」
「戦うことが不可能だって分かったからじゃないか? 超遠距離の狙撃だの神殺しの魔法毒だの、そんなハイレベルな作戦は誰にでもできるわけじゃないからな」
「ふむ。それもそうだ」
「それに、戦いばかりじゃ疲れる」
「なんだ、勇者は戦いたくないのか?」
「できれば戦いなんてしたくないね。のんびり暮らしたいんだよ俺は」
「ではなぜ勇者になどなったのだ?」
「お前が原因だろうが!!」
「ぬ?」
「魔王との戦争が絶えないから、俺がやるしかないと思ったんだよ」
「自意識過剰?」
「うっさい! ……そういや不思議な感覚だったな。自然とそう思ったんだよ」
「やれやれ、俺がやるしかないか……みたいな感じか?」
「俺はそんなスカしてないぞ」
朝食を終えて食器を洗う。アシルに全てやらせるのは忍びないので、せめて洗い物はやろうと勇者が担当している。
「ふむ。天啓というやつか? 勇者に神が介入した形跡は無かったが……」
「そんなの分かるのか?」
「余は魔王だぞ? 神魔が動いた形跡くらいすぐ分かる」
「へー」
洗い物を終えた勇者がリビングで寛いでいると、「最近はずっとゴロゴロしておるの」とルーシーが指摘する。
「だから言ったろ? 俺は本来こんなふうにゆっくりのんびりの人生を送りたかったんだ。王様からの金品もあるしな、しばらくは怠け者生活を送るぞー」
「盗賊団をやっつけた時はあんなにカッコよかった勇者が、日曜に家でゴロゴロしてる父親のようだな」
「あの時は緊急事態だったからな」
「うーむ。それはそれで暇だな。……よし、トルマリンよ。ちょっと来い」
柱に下げた盗聴器に向かって言うと、実像分身のトルマリンが現れた。
「魔王様、お呼びですか?」
「あんたは魔族か」
勇者にツッコまれ、「いえいえ、とんでない」と否定する。
「ていうか、どうせ盗聴器で会話は聞いてたんだろ?」
「ええ。勇者様にお知らせが遅れて申し訳ありませんでした」
「あのあとサファイアから聞いたよ。急な作戦でバタバタしていたってな。まあ緊急通報代わりになるし、べつに12人の魔法使いに聞かれて困るような話はしてないからな」
「そのようですね。ところで暇を持て余しているとか」
「俺じゃなくて、ルーシーがな」
「うむ。なにか面白い話はないか?」
「そうですね……。そういえば先程、懸賞金の話をされていましたよね?」
「うむ」
「つい先日、魔王に挑みたいという男が現れまして、ルーシー様の近くで機を伺ってると言っていましたが……」
「ふむ。確かに気配は増えておる。どうせ12人の魔法使いの仲間だろうと思って放置していたわ」
「でしたら、相手になって差し上げればお互いにWin-Winになるでしょう」
「そうだな!」
ルーシーは外に出ると、「余はここだ! いつでも来い!」と叫ぶ。するとしばらくしてルーシーの頭上に矢の雨が振り注ぐ。
「ほう? ただの木の矢とは珍しい」
魔法技術が発達した現代においては、弓矢にも魔法を掛けるのは当たり前である。威力を上げたり爆発したり、より遠くに飛ばすなど付加効果は様々ある。
しかしルーシーに振り注ぐ矢にはなんの魔力も宿らず、ひたすら重力に従って落ちていた。
「避ける必要もないな」
ルーシーは動くことなく矢の雨を受ける。当然だがルーシーに当たる矢は全て防壁によって弾かれる。
「これで終わりか?」
すると、今度は丸太を削った巨大な槍が飛んでくる。
「……なるほど、そういうことか」
ルーシーは何かを察して左に避ける。と、カチッという音がして地面が爆発した。
「うちの前にあんなものを……」
「ルーシー様なら大丈夫ですよ」
「なにも言ってないだろ」
「心配そうでしたので」
「……ふん」
トルマリンの言う通り、爆煙がはれると無傷のルーシーが立っていた。
「今さら言うまでもないですが、我ら12人の魔法使いはアリストリア王国最高位の中から選ばれた国王陛下直属の魔法使いです。その12人が未だに倒せていないのに、一市民が倒せるはずないでしょう」
「なら、どうしてけしかけるような真似を?」
「とんでもない。ボクはけしかけてなんていませんよ。挑戦者である彼は魔王――ルーシー様を倒す強い意思、理由があるんです」
「理由?」
矢の雨、巨大な槍、地雷、投石……あらゆる攻撃が行われたが、ルーシーを傷つけることすらできなかった。
「ふむ。出し尽くしたか? 遠距離からなら攻撃できる。密接した起爆式なら攻撃できる。12人の魔法使いから得た情報をもとによく構築された戦術であったな」
ルーシーの言うように攻撃を全て終えたのか、髭を蓄えた大柄な男が現れる。
「……」
「お主はどうして余に挑んだのだ?」
「……俺の娘が、魔族に殺されたからだ」
「そうか……」
2人の間に沈黙が流れる。しばし対峙した後、男は「また来る」と言って背を向けて立ち去った。
「……そういうことか」
「肉親が魔族に殺されたという話は世界中どこにでもある、ありふれたものです。アリストリアにも遺族は多くいます。ですが、遺族の多くは力無く泣くことしかできない。そんな中で彼は闘志をその眼に宿した挑戦者です」
「つまり、彼に生き甲斐を与えたんだな?」
「……さあ、どうでしょうか。ボクは彼の望みを叶えただけですよ。魔王と戦うこの限られた戦場を」
「戻ったぞ!」
元気よく帰ってきたルーシーの頭を勇者は撫でてやる。
「む? どうした?」
「いや、なんでも」
ルーシーに自覚があるのかは不明だが、魔王として一人の人間の生きる目的になった。それは小さな、ほんの些細な出来事ではあったが、初めて魔族が人間に寄り添った日であった。
To be continued→
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