聖女覚醒には愛する人とのキスが必要?! 断罪の場で未来息子に父とのキスを迫られました
※未来息子シリーズ最新作!
各話パラレル構成のため、単独でも楽しめます。
聖女リディア。
その名を呼ばれる時は、決まって厄介ごとの前触れだ。
「聖女リディア! 貴様との婚約を――破棄する!!」
王太子アルヘイドの鋭い声が、学園の大広間に響きわたった。
その宣言に、リディアはローズピンクの髪をふわりと揺らしながら、げっそりとため息をつく。
……ああ、またか。
どうせ今日も何かと因縁をつけに来たんだろう。
リディアは男爵家の令嬢。
貴族とはいえ、庶民とほとんど変わらない質素な暮らしで育った。
幼い頃は、街の子供たちと一緒に駆け回り、森で遊び、転げ回る毎日。
その中でも、いつもそばにいたのは幼馴染のアリオスだった。
目元を覆う伸ばした黒の前髪。
おとなしくて、優しくて、少しだけ心配性の男の子。
「アリオス! こっちに来て!」
「待ってよぉ、リディアー!」
ふたりで森を駆け抜けていると、さらさらと小川の音が聞こえてきた。
リディアは川の上に並ぶ石を軽やかに跳び越え、目を輝かせる。
「ここ、川があったのね! 透き通っててきれい!」
アリオスが息を弾ませながら追いついてくる。
「リディア、落ちたら危ないよ! 戻ってきて!」
「大丈夫だよ! 心配症だなぁ、アリオスは」
軽く笑った、その瞬間——
ツルッ——。
「リディア?!」
滑った足が石を離れ、彼女の身体が勢いよく傾いた。
ばしゃーん、と盛大な水音が弾ける。
川の透明な水が、リディアのローズピンクの髪を濡らしていく。
「あーあ……やっちゃった」
「もう! だから言ったのに……」
膝下まで水に浸かるのも構わず、アリオスはリディアの前まで川の中をザブザブと歩いてきた。そっと手を差し出す。
前髪の隙間からのぞいた瞳が、川の光を受けてふわりと揺れた。
リディアをまっすぐに見つめる、優しい水色。
ずっと隠れていた彼の“表情”が見えた、その時――
ドクン。
胸の奥が、跳ねる。
——瞬間。
パァッ。
ピンク色の光が、小さな川辺に走った。
「え?! なに?!」
光はリディアの周りをふわりと照らすと、空気の中へ溶けるように消えていった。
それがーー
聖女リディアが初めて覚醒した瞬間だった。
その後、街ではときおり“ピンクの光”が目撃されるようになった。
奇妙な噂は瞬く間に広まり、
やがてリディアは――
“前代未聞のピンク光を放つ聖女” として祭り上げられ、
そのまま王太子アルヘイドの婚約者という立場に押し込まれてしまった。
「ピンクの光など、城に来てから一度も見たこともない! そんなもの戯言に決まっている!
貴様は聖女ではない!!
このカーラこそが本物の聖女だ!!」
アルヘイドの隣で、金髪をゆるく巻いた令嬢が“ふんっ”と扇子をかざし、リディアを見下ろす。
学園の魔力検査で聖魔法の適性が発覚し、一気に“本物の聖女候補”として持て囃された侯爵令嬢カーラだった。
(いやいやいや、私……
自分で一度も「聖女です」なんて言ってないからね?あなたたちが勝手に決めつけたんでしょう?
……なんでこっちが悪者みたいになってんのよ)
リディアが内心で盛大にツッコミを入れた、その瞬間――
広間に、ピンク色の光が弾けた。
「な、なんだ?!」
「ま、眩しい!!」
一斉にどよめく生徒たち。
光の中心に、人影が揺れる。
「その断罪、待ったぁ!!」
鋭い声が大広間に響き渡った。
光が静かに収束すると、そこには10歳前後の少年が立っていた。
ローズピンクの髪がふわりと揺れ、澄んだ水色の瞳が、広間を見渡す。
その途中で――
一瞬だけ、リディアと目が合った。
……だ、だれ?
でも……どこかで見たような……?
リディアが既視感に眉を寄せると、少年は胸元からキラリと光るメダルを掲げ、堂々と宣言した。
「僕は――聖女リディアの未来の息子、エーブルです!!
未来の大神官様より、この場に遣わされました!
これがその証です!!」
「な……あれは?!」
「神殿の紋章だぞ!? 本物なのか……?!」
生徒達が一斉にざわめく。
突然の出来事にリディアも戸惑い、ただ息を呑むしかなかった。
だが――次の少年の言葉が、広間を更に混乱へと陥れた。
「今日この場で、聖女リディアは真に覚醒します!
その条件は――愛する者とのキス!!」
エーブルは胸を張って叫んだ。
「父上! アリオス父上! 今です! 出てきてください!!」
ビシッと指をさされたアリオスは、その場で心臓が止まりかけた。
普段は目立つことなど全くない“静かな青年”なのに、
広間中の視線が一斉に彼へ突き刺さる。
「え……ぼ、僕??」
蒼白なのか真っ赤なのか判断不能な顔で混乱するアリオス。
リディアも呆然と固まっている。
しかし、エーブルだけは空気を読まない。
ツカツカとアリオスに詰め寄り、手を伸ばす。
「そうです父上! 他に母上を心から愛してる人なんていないでしょ?!
小さい頃からずーっと見てたんですから!」
「ちょ、ちょっ……引っ張らないで!
ていうか、それなんで言っちゃうの?!」
真っ赤になりながら少年に腕を引かれるアリオス。
気づけばすでにリディアの隣へ連行されていた。
「さあ! 大神官様からの正式依頼です!!
これを達成しないと僕、未来に帰れません!
さっさとキスしてください!!」
「えっ……ちょっと待って!」
互いに混乱しながら視線を合わせる二人。
……こんな至近距離で見るのは、幼い頃以来だった。
少年の頃の面影を残しつつ、
いつの間にかリディアが見上げるほどに成長した青年。
その事実に、リディアは胸の奥がふっと熱くなる。
「いつまで見つめ合ってるつもりですか!
サッサとしちゃってください!」
エーブルがアリオスの背中をぐいぐい押す。
「ちょ、ま、待って! 心の準備が……
リディアだって了承してないのに!」
「母上! 問題ないですよね?!
未来の夫ですよ! 父上の愛は僕が保証します!!」
「え?……えっ?」
真っ赤になり、返す言葉もないリディア。
頭の中が完全に追いついていない。
「ほら! 否定してない! 大丈夫です!
いけます! ほらほら、早く、お願いします!!」
一瞬の静寂。
アリオスは、ごくりと喉を鳴らし――
ゆっくりとリディアの肩に手を添えた。
ドクン。
鼓動が早くなる。でもーー嫌じゃない。
ただ、胸が熱くて苦しいだけ。
そして――
アリオスが一瞬、ぎゅっと眉を寄せ、
彼女の額へそっと唇を近づけた、その時。
「父上! ズルはダメです!
ちゃんと口にしてください!!」
ドンっと勢いよく背中が押された。
――ちゅっ。
よろめいたアリオスは、リディアの唇に触れていた。
二人とも目を大きく見開き、動けない。
その、瞬間。
パァァァァッ!!!
眩いピンクの光が、大広間一面に弾けた。
「うわぁ!!」
「なんだ?!眩しい!!」
広がる歓声。驚愕。どよめき。
光を受けたアリオスの前髪がふわりと揺れ、
その隙間に見えたのは――
昔と変わらない、澄んだ水色。
幼い頃、川辺で彼女を見つけた時と同じ。
優しさを帯びた、柔らかい瞳。
ああ……
彼は、ずっと――昔のままなのね。
リディアの胸に、あたたかな灯がともる。
ピンク色の光はゆっくりと収まり、
きらきらと光の粒となって広間を満たした。
「あれ? 身体が軽い……?」
「俺、捻挫してたのに痛くない!」
「肌荒れが……治ってる?! なんで?!」
生徒たちのざわめきが広がる。
しかし、
リディアの耳には、もう何も入っていなかった。
彼を見つめ――
そっと両頬を包み込み、今度は自分からキスを返す。
アリオスの水色の瞳が、驚愕に大きく揺れた。
広間を満たすピンク光。
それは――
彼女の愛の色。
愛は、世界を優しく包み込む。
それが聖女の――愛の力。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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実はこのお話には、あと1話だけ続きがあります。
再来週の金曜に公開予定ですので、
よければそちらもお楽しみに✨




